177.ダルタス夫妻の友人
会場にダルタスとルミアーナ達がつく頃には、もう皆が集まっていた。
護衛としてリゼラもルミアーナの後ろについてくる。
最後に入ったせいか、三人が会場に入ると皆が一斉に振り向いた。
少しだけ、驚いたルミアーナがダルタスの腕にきゅっとしがみつくとダルタスは、周りの皆が目を疑うほどの優しい眼差しをルミアーナに向けた。
「どうした?」
「いいえ、皆様が一斉に振り向かれたので少し驚いてしまっただけですわ」とルミアーナはダルタスをみあげ頬をそめる。
そして皆に、向き直り綺麗な礼を実に上品にゆっくりととる。
そして、周りは毎度おなじみの反応である。
まず、その一分の隙もない優雅な所作に皆がみとれた。
そしてルミアーナが顔をあげ正面を向き、にっこりと微笑むと周りの皆は固まった。
そして、くどいようだが、いつもの反応が返ってくる。
まさに、『女神?天使?妖精?…人とは思えぬ美しさ!』と!いう反応である。
柔らかそうな淡い金色の髪は艶やかで、白い肌は透き通るよう…頬は、うっすらと桜色にそまり恥じらうような笑顔は汚れなき乙女のようだ。
双碧の瞳は輝く水面に澄み渡る空を映したかのような輝きをはなっている。
皆が固まっている中、一人の女性がにこやかな表情で二人に近寄ってきた。
それにルミアーナが気づき素の笑顔になる。
「あら!まぁ、貴女は確か先日の夜会で…確か…バロルレア伯爵令嬢の、リリア様?」
「まぁ、ルミアーナ様、私の事…しかも家名までも覚えて下さっていたなんて感動です。先日の夜会では大変でしたね?もう、私、びっくりして!とても心配しておりましたの」
「まぁ、ありがとうございます。幸いすぐにルーク王子が癒しの魔法をかけて下さったのが良かったのでしょう。数日で綺麗に治りましたわ」
月の石の精霊うんぬんの話は出さない方がよかろうと判断して痣はルークが治してくれた事にする。
それでなくとも目立ちまくっているので月の石の主である事などは伏せておいた方が良いと思ったのだ。
「まぁ、ルーク王子様は、素晴らしい才能をお持ちですのね?」
「ええ、本当に心強い友達ですわ。親友ですのよ」
「まぁ、王子様が親友だなんて素晴らしいですわ!さすがはルミアーナ様」
「あら?私達も、もうお友達でしょう?どうぞ、呼び捨てになさって下さいな」
「まぁ、そんな!恐れ多いですわ。公爵夫人のルミアーナ様を呼び捨てにだなんて…」
「あら、それでは私もリリアとお呼びしたいのにできなくなりますわ…そうだわ!では、ルミィとお呼びになって!より仲良しみたいで素敵じゃありません?私のお願い…聞いていただけないかしら?」とルミアーナは、ちょっと上目遣いにリリアの手をとりおねだりした。
リリアは、ばっと後ろを振り向き口と鼻を抑える。
(る!ルミアーナ様っ!なんて…なんて、かっ…かわっ…お可愛らしいのかしらっ!)
もう、鼻血が出そうな勢いで真っ赤になり心臓をバクバクさせながらリリアは身悶えした。
呼吸を整え振り返り、ルミアーナの方に向き直る。
「そっ…それでは、わっ…私の事もリリィ…とお呼びくださいませ。し…親しい友人や兄は私の事をリリィと呼びますの」と息も絶え絶えに言った。
「まぁ!嬉しいっ!ありがとう、リリィ!これで私達、ほんとのお友達ね?」とルミアーナは満面の笑みをみせた。
「はっ…はい、私も嬉しいですわ…ル…ルミィ…?」ぽっと顔を赤らめながらリリアが言うとルミアーナはそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。
「はい、リリィ!これからも宜しくね」満足そうに笑うルミアーナの笑顔はすでに核兵器並みの破壊力である。
(はぅぅっ!何コレ、何コレ、何コレーっ!あり得ないくらいドキドキきゅんきゅんですわ!ああっ!可愛らしぃぃぃぃぃ~っ)とリリアは感動で倒れる寸前である。
「うふふ、嬉しいっ」
「よかったな、ルミアーナ」と、ダルタスがこれ以上ないくらい優しい声をかけ微笑む。
「はいっ、ダルタス様」とダルタスに微笑み返す。
そんな微笑ましい二人をみて、またもキュンキュンするリリアだった。
「それで、リリィは、どうして今日ここに?」
「ああ、じつは、先日の夜会では私だけが夜会に出席しましたが、まだ独身の兄がおりまして…兄はルミィの旦那様ダルタス様と同期なのですわ。今日ダルタス将軍ご夫妻が来ると聞いてルミア…ルミィに会えるかもと兄についてきてしまいましたの」
「まぁ」
「ああ、やっぱりか?じゃあ、リリア嬢はトーマ・バロルレアの妹君か…なるほど…家名に聞き覚えがあるなと思っていたんだ」とダルタスが珍しく会話に割って入った。
「まぁ、ダルタス様。兄の事を覚えて下さってますの?確かクラスが同じになった事はなかったと言っておりましたのに」
「いや、確かに同じクラスになった事はないが、野営の訓練の時には全クラス合同でグループを作っての行動で兄上とは何回か同じグループだったからな…うん。私にしては、けっこう親しいほうの友人だったと思う」
「まぁ、兄も喜びますわ。兄はダルタス様の大ファンですから」
「まぁ、そうなんですの?」
「ええ、もう崇拝していると言っても過言ではありませんわ!先日の夜会にダルタス様夫妻がいらっしゃると聞いて兄も行きたがったのですが運悪く当直の日でいけませんでしたの…それはもう悔しそうで…」
「まぁあ、うちの父と同じですわね?では今度ぜひ王都の我が家へもお二人で遊びにいらして下さいな」
「まあ、本当ですか?嬉しいですわ!兄もきっと卒倒せんばかりに喜びますわ」
「リリア嬢。それで?トーマは、どこに?」
「兄は今日の幹事なのですわ、もうすぐ幹事の挨拶が…あっ、出てまいりましたわ」
リリアの視線の先には、緊張しした面持ちの美丈夫が壇上にあがり汗をかきかき、幹事の挨拶を述べ始めた。
「え~、騎士学科五十八期生の諸君!そして、ご同伴の皆さま。今日はお集まり頂きありがとうございます。昔を懐かしむも良し近況を語り合うも良し、このひと時を存分にお楽しみください。本日は立食パーティ形式となっております。食事の後は、軽く乗馬大会も行う予定です。ご同伴の方々からの飛び入りも受付ておりますのでどうぞ幹事のわたくしトーマ・バロルレアまでお申し付け下さい。それでは皆さま只今より開宴となります!」とトーマが挨拶を終え、次に「我らが五十八期生に栄光あれ!」と高らかに宣言した。
すると、それに応えるように五十八期生の皆が「栄光あれ!」と拳をにぎり胸に腕をあて、声をあげた。
騎士の号令の時のポーズのようである。
そしてそのあと、わっと皆が懐かしい顔に話しかけ出し、がやがやと騒がしく語り合いだす。
「ダルタス!ダルタス将軍っ!」
はじまりの挨拶を終えたトーマが、ダルタス達の所へと真っすぐに駆け寄ってきた。
まるで人懐っこい犬の子のようである。
「まぁ、お兄様ったら」とリリアが恥ずかしそうに顔をしかめる。
「やぁ、久しぶりだな!トーマ・バロルレア」
「ダルタス将軍!わたしの事、覚えて下さってたんですね?下の名前まで!感激です!」とトーマが言うとダルタスの横でルミアーナが、くすくすと笑いだした。
「ん?どうした?」とダルタスが聞くとルミアーナが楽しそうに答える。
「だって、さすがは兄妹よね?トーマ様ったらリリィが私に言ったのと同じようなこと言ってるんですもの」
「ま、そう言えばそうですわね?」
二人の淑女はうふふおほほと笑い合う。
「はははっ」と、ダルタスも大声で笑った。
するとトーマは何か驚いたような顔をしている。
「驚いたな…ダルタスが…ダルタス将軍がこんな大声で笑ったのは初めて見たよ」と感慨深げに言った。
「なんだ?公式の場じゃあるまいし、将軍などと…俺の事も呼び捨てでいいぞ?トーマ。同期じゃないか」とダルタスが、トーマに言った。
「えっ!い、いいのかな?えっと、嬉しいな…じゃあ、お言葉に甘えて…本当に会えて嬉しいよダルタス、君の活躍は噂で聞いて、とても誇らしく思っていたんだ。その若さで将軍なんて本当に凄いよ!君は僕ら同期の希望の星だよ!守りの将軍は血筋だけでなれるものじゃないからね」と興奮気味にトーマが言う。
「ありがとう、トーマも伯爵領では全軍を任されているんだろう?」
「まぁ、それはね?でも自分ちの領地だし義務みたいなもんだしね?それより君たちの結婚式にも行きたかったのに最近ちょいちょい山賊が出てね。討伐に出ていて行けなくて悔しかったよ。こないだの夜会も当直でさ…ありえないよ。でも領主の息子が自分の都合で職務をおろそかにはできないからね…それこそ断腸の思いだったよ…」とため息をついた。
「生真面目なとこは相変わらずだ。でもお前のいいところだしな」とダルタスがトーマをほめるとトーマはちょっと照れたように笑った。
そして、ルミアーナがダルタスの袖をちょんちょんとひっぱり(私の事紹介して~)と、目で訴える。
「あ、ああ、すまん。こほん、トーマ、妻のルミアーナだ。お前の妹君と妻がすっかり仲良くなったようだ。妻も誘っていたが今度、ぜひうちに一緒に遊びに来るといい」
「本当に?ああ、ありがとう。本当に嬉しいよ。ああ、ルミアーナ様、ダルタスの友人でリリアの兄のトーマです。お目にかかれて光栄です。」と跪いて礼をとった。
「ルミアーナですわ。主人共々、宜しくお願いいたします」と、心からの笑顔をみせた。
そのルミアーナの美しくも可愛らしい笑顔に一瞬、息が止まりそうになるトーマである。
「うわっ!ああ、ダルタス、すごく綺麗な奥さんだね。精霊のお姫様をさらってきたのかと思っちゃったよ」とさらっとすごい褒め言葉をいうトーマにぶっと吹き出しそうになるルミアーナだった。(けど、こらえた。)
この兄妹とは今後も仲良くできそうである。
これだけでも自分もダルタスに着いて来て良かったと思える収穫だとルミアーナはご機嫌である。
リリア兄妹のおかげで初めて同窓会に参加するダルタス夫妻も浮くこと無くその場で楽しめていた。
もちろん、遠巻きに二人は注目の的である。
ダルタスの功績を褒め称えるものもいれば、やっかむ者もいる。
またルミアーナの美しさに感動して呆けているものも居れば、二人の側で控えている『紅い髪の女騎士リゼラ』の噂をするものもいた。
三人とも結構な有名人である。
会場は、この三人の話題でもちきりだ。
しかし、少し距離をおきつつ自分たちをまるで執拗に監視するような視線があることも、ルミアーナと側に控えるリゼラは気づいていた。
むろんダルタスもざらっとした視線に気づいてはいたが、特に危険なもの(殺意のような)ではないと感じたせいか全く気にせず無視しているようだった。
これは女性特有の視線である。
これが、どんなにタチの悪い感情を含んでいるものなのかなど女にしか分からないだろう…。
そう、ロレッタ・ルーティとゆかいな?…もとい黒い仲間たちである。
その視線は獲物を狙いルミアーナを排除しようとするとても挑戦的でとてもとても身の程知らずな視線だった。
(うふふ、笑わせてくれるわね…どうしてくれようかしら?)などとルミアーナが思っている事など誰も知らない。
気づいているとすれば、月の石の精霊リュートくらいだろう。
そして、ルミアーナはふっと意味ありげな笑みをこぼすのだった。




