158.夜会-4 突然の惨状
何曲かおどり、ダルタスとルミアーナが席に着くとダルタスは飲み物を取りに席をたった。
するとわらわらと数人の令嬢がルミアーナのもとに集まってきた。
「あ、あのルミアーナ様?」おずおずとこの侯爵家令嬢ポーリンが話しかける。
「はい?ああ、先ほど王太子と踊っていらした…」
ルミアーナが振り向くと亜麻色の髪、琥珀色の瞳の癒し系の美人さんがいた。
「は、はい、ロッドリア侯爵が娘ポーリンと申します。ルミアーナ様」
「将軍ダルタス公爵が妻、ルミアーナ・ラフィリアードですわ。宜しくね」と極上の笑顔をみせた。
にっこりとほほ笑むとポーリンはぽっと赤くなった。
ルミアーナはその顔を見て、おお、美少女の笑顔って同性にもいけるのね?あれ?でも、美羽の時もそういえば女子にモテて…つうか女子にしかモテてなかったっていうか…と、ほのかな黒歴史を思いだす。
ルミアーナが、優しく微笑むのを見て、側にいた令嬢達がぱっと表情を明るくして話しかける。
「あ、あの、私、バロルレア伯爵が娘、リリアと申します。ルミアーナ様」
「私は、ソロン子爵が娘シーナと申します」
「まぁ、リリア様にシーナ様、お声をかけて下さって嬉しいわ!宜しくね」
「ほ、本当ですか?光栄です」
「あ、あのっルミアーナ様っ?少しお話とか宜しいですか?」と子爵家のシーナが言いかけた時ダルタスが飲み物を持ってもどってきた。
令嬢達はびくっと身を震わせて一歩あとずさる。
「ルミアーナ」飲み物を持ったダルタスがルミアーナにカクテルを手渡す。
「はい、あ、ダルタス様、ありがとうございます」ルミアーナは愛しいダルタスから嬉しそうに飲み物を受け取った。
「ダルタス様、ご紹介いたしますわ!ロッドリア侯爵令嬢ポーリン様、バロルレア伯爵家令嬢リリア様、ソロン子爵家令嬢シーナ様ですわ」
令嬢達はいきなり紹介され、驚いたが、ダルタス相手に怯えながらも礼をとり頭をたれる。
「ああ、楽にしてくれ」と令嬢達に頭こうべをあげるよううながし、ルミアーナの頭にぽんと手をのせる。
「おお、友人ができたのか?よかったなルミアーナ」
「うふふ、初めてのお友達ですわ」
そう、いいながらルミアーナはダルタスの持ってきてくれたカクテルを口に含んだ。
口当たりのよいそのカクテルは、ほどよい甘さでルミアーナの乾いたのどを潤し、ご機嫌にさせた。
「そうか…では、もう少しおしゃべりを楽しむと良い。私は向こうでアクルス達と語らってこよう」と、ルミアーナの為に気をきかせて、その場から少しだけ離れた。
ダルタスがその場を離れると令嬢たちは内心、ほっとしたが、先ほどのルミアーナのダルタスへ向けた蕩けるような笑顔に驚いていた。
一緒に踊っていた様子もそうだったが、とても嫌々嫁いだようには見えなかった。
「あ、あの、ルミアーナ様はダルタス様とは、その確かお見合いでお知り合いになられたとか?」
伯爵令嬢のリリアがおそるおそるルミアーナに尋ねる。
「まぁ、うふふ、そうなの。王太子アクルス様の悪戯心からね。ダルタス様は本当は、私となど結婚したいとは思っていなかったというのに」カクテルのお酒のせいもあってか、ルミアーナはニコニコと上機嫌のまま令嬢達になれそめを話し出した。
「えええっ?まさか」令嬢たちは一斉に驚きの声をあげた。
「あ、あの、将軍閣下はお見合いしたくなかったと?」リリアがさらに尋ねる。
「そうよ、すごく嫌だったみたい。うふふ」
「え?あの、ルミアーナ様がじゃなくてですか?」
「私は、ダルタス様についてはお見合いの話があがってから色々調べていたから…思えばその頃から憧れを抱いていたわ」
「ええっ?ダルタス将軍にですか?」さらにさらにリリアが聞く。
ダルタスに大分、失礼な伯爵令嬢である。
「そうよ、すごく強くて逞しくて!国外からは勇猛果敢で恐れられるラフィリル王国護りの三将軍の一人!でも女子供には手出ししない!男の中の男だと感じましたもの」と、ルミアーナが誇らしげにいう。
「えええ!でも噂では…」リリアはさすがにその後の言葉を差し控え口ごもった。
「ああ、あの鬼畜将軍とか、私を無理やり?とかいう根も葉もない噂ですね?」
「そ、そうなのですか?根も葉もない…」
「そ、そうですよね?私、ずっと思っておりましたの。結婚式の時も披露宴の時も、そしてさっきも…ダルタス将軍のルミアーナさまを見つめるまなざしが優しくて愛おしげで…」とポーリンが言った。
「そ、そうですよね、私も思いましたわ!私は結婚式にも披露宴にも参加できませんでしたが、先ほどからの様子だけでもダルタス将軍がどれほどルミアーナ様を愛しんでおられるかは一目瞭然!先ほどダンスが終わってからルミアーナ様を抱きかかえてここまではこんでこられたご様子を見た時には、何か、こう胸がきゅうんと締め付けられるようでしたわ!」と子爵家のシーナも言わずにはおれない様子で口をはさんだ。
「そ、それ!私も思いましたわ!」とリリアが向き帰りポーリンやシーナに振り返り大きく頷く。
「たおやかで上品な殿方も素敵ですが、強くて逞しいタイプの男性が自分だけにかしづいてくれるというのも、何か…ちょっと憧れてしまいますわね?」
「そうそう!それなのですわ!」
「うふふ!そうでしょう?うちの旦那様は、男らしくて強くてしかも、ものすごぉく優しいのですもの!あっダメよ!でも、好きにならないでね?私からダルタス様をとってはダメよ?」と可愛く釘をさす。
その言い様にさらに令嬢たちは胸がきゅううんとした。
『『『とりませんとも』』』
『っつか、とれませんって…!』
と、心の中で三人とも叫んだ。
そして思った。
『『『な、なんという美しくも可愛らしい!姫君なのか!』』』と!
公爵令嬢(今は公爵夫人)、噂の人物!もとは皇太子の妃候補筆頭!
この国で王妃に継ぐほどの高位の姫君、どれほど気位が高かろうと覚悟していたのに…。
この国の高位の貴族令嬢達は皆、王太子の妃の座を狙っている。
この姫がライバルじゃなくて本当に本当にほんっと~によかったと三人は頷き合った。
そんな時である。
ダルタスにからむ男の姿がった。
「おかしい!おかしすぎる!あり得ないだろ!」
「一体、姫君に一体何をしたというのだ」と何か言いがかりをつけられている。
お酒で気が大きくなった数人の命知らずの若者にルミアーナをどうやってだまくらかして手に入れたのかと言いがかられているようだった。
その大きな声に、ルミアーナ達も驚いて振り返る。
「馬鹿な事を言うな。妻をだまくらかしてなどいない」ダルタスが静かに答える。
なんと言いがかりをつけていたのは披露宴の時にルミアーナの手に口づけしようとした、ダルタスの旧友クンテである。
ルミアーナは驚いてその場を立ち上がる!
「なっ!」
何をいってるのあの男は!
いくらダルタス様の旧友でも許さないわ!
そう思った時である。
クンテが何か懐から出そうとした。
ダルタス様に何かしようとしている!その何かが瞬間、とても悪いものだと感じたルミアーナは、そのまま二人の間に駆け寄った。
クンテは懐から取り出した小袋のようなものをダルタスの顔めがけて投げつけた。
普通に考えれば、それぐらいダルタスなら簡単に避けられたはずなのにルミアーナはわずか一杯のカクテルに酔っていたのだろうか、ルミアーナは慌ててダルタスをつきとばし、間に割って入った。
小袋はルミアーナの顔にあたり弾けた。
「っ!」ルミアーナは、激しい痛みが顔に走りうづくまり顔をおさえた!
「きゃぁあああああ!」令嬢達から絹を裂くような悲鳴があがる!
「ルミアーナ様が!ルミアーナ様がぁっっ!」令嬢たちは咄嗟に目を伏せ泣き叫んだ。
「ルミアーナ!大丈夫か!ルミアーナ!」ダルタスが慌ててルミアーナを助け起こす。
そして何と小袋に入った砂粒は黒魔石を砕いた粉だった。
ルミアーナの顔には火傷のような大きな跡がつきしゅうしゅうと煙をあげてどんどん広がろうとしていた。
「ルミアーナ!大丈夫かっ!」ルーク王子も駆け寄る。
即座にクンテは周りにいる男達に取り押さえられ、ルーク王子が慌てて癒しの魔法を施すが、黒魔石によって出来た傷はルークの魔法ごときでは癒えなかった。
ルークははっとして、すぐさま月の石をルミアーナの顔に押し当てた。
すると何とか傷は塞がり、かろうじて広がっていくのは止まった。
しかし、その痣のような痕は消えなかったのである。
ルミアーナの顔には頬から首元の方まで広範囲にまだらの痣がくっきりと残ったのだった。
夜会は怒号とびかう混沌の坩堝と化して終わりをつげ、皆ルミアーナを心配しながらも帰らされ、その夜の出来事はまた”眠り姫の悲劇”として噂に上るのだった。




