143.ティムンのこれから-2
王城の中庭に設けられた王都正規軍の訓練場に執務を終えたダルタス将軍が姿をみせ兵たちを指導していた。
あらかじめルミアーナが月の石での通信で、来訪を告げていたルーク王子も現れ、訓練場は賑わっていた。
「まぁ、皆さまお揃いですわね?そろそろ休憩になさいませんか?お茶とお菓子をお持ちいたしましたわ」とルミアーナが皆に休憩を促す。
「ああ!奥様!ありがたい!」とダルタスの右腕であり腹心であるジョナがお菓子の入ったバスケットを受け取る。
「おおい!野郎ども、休憩だぜ!」
「「「おおっ!」」」
「ああ、ありがてぇ!ダルタス将軍が戻ってきたのは嬉しいけど、もうきつくて~」と兵たちが悲鳴をあげる。
「何言ってんだ!お前ら、俺がいない間にどんだけサボってたんだ?まだ、大したことしてないのに音をあげるのが早すぎだろうが!」とダルタスが喝を入れる。
「いやぁ~、奥様!奥様が午後からいらっしゃるせいかもう、はりきっちゃって、はりきっちゃって~」
「こら!ジョナ!馬鹿な事言ってるなよ!」とダルタスがジョナの頭を軽く頭をこづく。
その様子にルミアーナとティムンがくすくすと笑い合う。
「ダルタス様!ルーク王子も来てくれた事ですし、ティムンの学校の事で少し相談いたしましょう?」
「くっ、しょうがないな」とダルタスが言うと周りの兵士やジョナがにっと笑った。
「じゃあ、フォーリー、ジョナと一緒に皆に菓子とお茶を配ってあげてくれる?」
「かしこまりました。皆さま、このお菓子はルミアーナ様がお手ずからお作りになられたクッキーというお菓子ですのよ!」と言いながらひとつづつバスケットから取り出して皆に配った。
「ええっ?奥様が?」と皆が感嘆する一方、貴族の奥方が作ったものなんて本当に食べられるものなのかと心配になる。
何しろ世の中の貴族のお姫様方が『私、最近、お菓子作りに凝ってますの!』なんていってつくったもので食べれる代物は、まずないと断言できる!
そんな中、勇者ジョナがおそるおそるその”クッキー”というものを口に運んでみた。
サクッとした食感のあとにほろほろと崩れ、そして香ばしい甘みが口いっぱいに広がる。
「うっわ!うっっまっっ!」
「「「「「えっ!?マジで?」」」」」
「おおっ!本当だ!初めて食べるな!こりゃ、美味い!」となかなかの大好評だ。
「はいはい、じゃあ、皆さまもどうぞ~」とフォーリーがバスケットから取り出すのを、皆、我も我もと受け取りはじめる。
フォーリーに皆の相手を任せ、ダルタスやルーク王子、アークフィル公爵とルミアーナは、休憩所で相談し始めた。
「ルーク王子、このティムンですが、どうでしょう?魔法の素養はありますか?」アークフィル公爵がルーク王子に尋ねた。
「ん~、ティムン、僕に手を…」とルークがティムンの手を取る。
「ああ…うん、そうだね…あるね、温かくて穏やかな安定した魔法力をもってるね…」
「おお、そうですか、ではティムンは、魔法学科でもいけるってことですか?」
「そうだね…暴走するような力ではないけど、豊富。でも僕みたいに神殿預けになるような不安定な力でもないし…魔法学科でも充分やっていけると思うよ。魔法学科の教師たちはもろ手を挙げて喜びそうだ。魔法学科でも入学試験には…ああ、もう新学期は始まってるから編入試験か?素養の試験にも余裕で通ると思うけど」
「そうですか、でもティムンは今のところ、どれがいいかまだ決めあぐねてまして…頭も悪くなさそうだし学士学科でもいいが騎士も悪くないだろうと悩むところでして…」
「アークフィル公爵は、ティムン本人の希望をできるだけ叶えたいのですね?」とルーク王子が微笑む。
アークフィル公爵は、武人である。
当然、自分の後を継がせたいというならば迷わず騎士学校へ行けと言えばよいものを…。
おしつけにならぬよう言葉を選んでいるのが皆にも分かった。
ルークは目を閉じる。
ああ、公爵からもティムンと似た温かい力を感じる。
優しい”気”だ。
彼もまた、魔法学科に入れるだけの魔法力をもちながら騎士の道を選んだのだろう。
月の石の主ではなくても、アークフィル公爵もまた血族である。
多少の魔力は持ち合わせていてもおかしくはない。
「ティムン、この石を持ってみてくれるかい?」とルークが月の石をティムンにもたせた。
「これって…姉さまのと同じ?」
「そう、月の石だよ」
ティムンは石を受け取った。
石は微かに輝きを増したように見える。
光った訳ではないけど…。
「気分が悪くなるとか何ともない?」
「はい?何ともありませんけど?」
「う~ん?どういうことかなぁ?」
「どうしたの?ルーク?」
「ああ、ルミアーナ…ティムンンは確かに魔法力の素養があるけれどジャニカ皇国の出身だろう?それなのに月の石に魔力を吸い取られていないようなんだよね?」
「ああ、私の弟になったからじゃない?」
「またまた、そんなの月の石に分かる訳ないだろ?」
「ええ?なんで?」
「なんでって…石だし?」
「石っていっても精霊はふつうに考えるし、ふつうに喋るし…わかるでしょ?」
「え?」
「だって、ほらジャニカ皇国のお抱え魔法使いのダーナ・ハースノアの魔法力を吸い取ろうとしたときがあったけど、やめてくれっていったら、魔力吸い取るのやめてくれたし、そのへんはケースバイケースじゃないの?」
「えええ?そうなの?」
「ちょっとまってよ、石に聞いてみるから」とルミアーナがルークの持つ月の石に触れて頭の中で念じる。
魔法力が豊富なルークが持っているとはいえ、主はルミアーナである。
ルミアーナのように気軽にほいほい喋れるものではない。
高位の神官ですら、御言葉をきくのは御告げめいた一方通行なのだから…。
「うんうん、そうだよね…ちょっと姿を現してくれない?姿を現したら、声も皆に聞こえるんだよね?」と何やら石に向かって話している。
すると石から柔らかい光が人型に伸びた。




