124.美羽、大悟に告白される
亮子が美羽を迎えに行くと何故か大悟が先に美羽のクラスに来ていた。
何やら大悟に話しかけられて困っているようにも見える。
「あっ亮子ちゃん」
何やらほっとしたように美羽が振り返る。
「どうしたの?大悟?」
「ああ、その、何だ。ちょっと神崎に話があって…さ」と何やら大悟が赤くなりながら口籠っている。
「はぁ?悪いけど美羽は今から家に帰るのよ。仁兄ぃも、もう校門の外に迎えに来てるだろうし」
「ちょっとだけだって…亮子。お前、馬に蹴られて死ぬぞ」と大悟が言うと亮子が呆れた。
「はぁ?何言ってんの?美羽が記憶を失う前のアンタの態度はどんなだったかしらねぇ」
「ちゃかすなよ!本気なんだから!」と大悟が真面目に亮子にむきあった。
大悟の至極真剣な表情に亮子は、ふぅっと溜息をつき仕方ないなあという顔をした。
(こいつも私と一緒か~可哀想に…完全なる片思い)と少しだけ同情した。
「もうっ、五分だけよ。美羽、五分だけこの馬鹿の話聞いてあげられるかしら?」
「え?」と美羽が意外そうな声をあげた。
さんざん過保護にしてきた亮子がいきなりそんな事を言い出したのに美羽は少しだけ驚いたのだ。
「とにかくここじゃ何だから外にでましょ」と、美羽と大悟の手を引っ張って校舎の外にでた。
美羽は兄を待たせている事も気掛かりだったが、亮子が頭を下げた事で何事かと身構え、美羽はとにかく話は聞かなければと覚悟した。
そして三人は校舎から出て校門の直ぐ側にある桜の木の側で一旦、足を止めた。
「いい?五分だけよ?私は仁兄ぃに少しだけ待ってって言ってくるから。美羽、ここからなら普通に呼んでくれたら私にも校門のすぐ外に車を止めている仁兄ぃにも聞こえるから大丈夫よね?少しだけこいつの話聞いてやって」
「亮子、サンキューな」と大悟が亮子に片手をあげて礼を言う。
「ふん、玉砕しても逆恨みなんてするんじゃないわよ」と言い残すと亮子は仁の車の方に行った。
美羽には、亮子の言っている意味も大悟の話の内容もとんと見当もつかなかったが何やら大事な話なのだろうと大悟に向き直る。
「あの…話って」
「好きですっ!俺と付き合って下さい!」といきなり大悟は言った。
「え?ええっ!」と美羽は本当に驚いた。
「あ、あの…ごめんなさい…私…」
「ま!待ってくれ!返事は今すぐじゃ無くてもいいんだ!取りあえず俺の気持ち伝えたかっただけだから!」と、告白を断ろうとした美羽に大悟は待ったをかけて美羽の言葉を遮った。
美羽にしてみたら、自分の好きなのは仁なのだから大悟の事など全くの問題外。
アウトオブ眼中!である。
断りの言葉を断られた美羽は当惑していた。
すると直ぐ2mほどの校門の側に止まっている黒のヴェゼルのドアがバンッと開き、美羽の兄、仁が降りてきた。
「美羽!五分過ぎたぞ!早く車に乗れ!」
不機嫌そうな仁の呼び声に美羽はびくんとして振り返る。
今の告白を聞かれたのではと焦りながら。
「あ、あの、大悟先輩?…ごめんなさい。やっぱり無理です」と言いながら美羽は仁の方に駆け寄った。
「あ!神崎…」と大悟は手を伸ばし美羽を引き留めようとしたが、仁のまるで射るような眼差しで睨まれて「ひっ」と小さい悲鳴をあげた。
大悟も曲がりなりにも柔道部副主将、決して弱くはなかったが、仁と比べれば大人と子供の実力差がある。
仁は「妹は帰る時間でね!」と言い放つと美羽の手を引っ張り車に乗せてとっとと帰って行った。
後部座席にのっていた亮子が大悟に同情の視線を向けたが、仁の絶対零度の眼差しにあてられた大悟は暫くそこから動くことが出来なかった。
***
そして車の中、仁は特に怒っている様子こそなかったものの、押し黙ったままで美羽はまるで自分が責められているような気分でいたたまれなかった。
美羽にしてみれば、大悟など記憶のはじっこにすらなかった相手である。
しかも向こうだって記憶を失う前の自分には何の興味も持っていた筈も無いのに、いきなり何の冗談なのかと戸惑いしかない。
無論、お付き合いする気も全くない。
それでも、仁のあの不機嫌そうな大悟への対応に美羽は驚いたし怖かった。
あんな告白をされてしまった自分の事を慎みのない娘だと思われただろうかと不安になった。
無論、そんな事は絶対ありえなかったのだが…。
一方、亮子は、変な汗をダラダラ垂れ流し中である。
(うっわぁ~仁兄ぃ、あからさまに何か考え込んでる?やっぱし、まずかったかしら…たった五分とはいえ、美羽に懸想している奴と二人きりにさせて、しかも告白させるために…だもんね)と心の中で反省する。
だけど、亮子は大悟がふざけている訳ではなく真面目に美羽を思っていると感じたので、少しだけ同情してしまったのである。
決して叶わないであろう片思い…。
自分は伝えることも出来ずに終わった…大悟の恋も敵わないだろう。
せめて伝えた上で振られた方が大悟も踏ん切りがつき、後を引かずに済むだろうと思ったのである。
亮子から見れば美羽と仁が想いを通わせあうのはもう時間の問題だと思っていたのである。
しかし、そのまた一方で仁は悩んでいた。
別に美羽の事は微塵も怒ってなどいない。
むしろ美羽の身を心配しているだけである。
昔の美羽なら、並みの男子など、その存在感だけで蹴散らしていたので、何も心配はなかったが、昔の記憶もおぼろげな美羽は本当に儚げで、その様子は誰もが守ってあげたくなるような庇護欲をそそられる。
この先、言い寄ってくる命知らずな者もふえるだろうと予測される。
そして、今の美羽は、そんな男どもをちぎっては投げするどころか振り払うことすら出来なさそうである。
まさか学校に行っている間も張り付いている訳には行かない。
美羽に本当の事を告げて、さっさと世間的にも自分の婚約者だと知らしめて美羽を守りたいが、美羽が実は養女である事実をまず伝えなければ話は進まないしと頭を抱えるのだった。
仁はたとえ、ほんの少しだけでも美羽に傷ついてほしくないのである。
そして、その想いは神崎家の皆の想いでもあった。




