123.生徒指導室に呼ばれた二人
担任の須崎京子は神崎美羽と兄の関係を調べていた。
そして、神崎美羽が神崎家の養女であり兄の仁とは血のつながりがない事を知り一つの結論に至っていた。
兄の仁が妹の美羽に懸想しているのでは?と…。
美羽が仁の執拗な執着に耐え兼ね怯えているにも関わらず養女である事で家族に気兼ねし、両親にも姉にも仁の無体を相談できずにいるのでは?という仮説に至った。
あの怯えるような様子…。
確かに神崎美羽は、昨今、稀にみる美少女である。
今どきの茶髪女子と違い真っ直ぐな黒髪は本当に輝夜姫と言う呼び名に相応しいほどの清楚で可憐な美少女である。
同じ女の自分から見ても保護欲をそそられる存在である。
まぁ、実際は…。
仁は確かに美羽に懸想→【正解】 (たしかに惚れている。)
執拗な執着→【半分正解?】 (執着はあるが、美羽を気遣い気持ちは伝えていない)
無体→【不正解】 (する筈も無い!)
…である。
基本、美羽ファーストで動く仁が無体など働く訳もないのだが須崎は思い込んでいた。
そして仁ほどの男前が『なんて残念な!』とも!
もはや『大人の愛』で自分が救ってやらねばとさえ思っていた。
そう、仁と美羽二人を救うのだと!
熱血須崎は、仁を自分に振り向かせ更生させようとまで思いつめていた。
そして、美羽と特に親しいと思われる神崎美羽の従姉、亮子と幼馴染だという拓也を生徒指導室に呼び、美羽の事で内緒で教えてほしい事があると話をもちかけた。
そして、ここでの話は他言無用という事も…。
まずは亮子が先に指導室に呼ばれ時間を空けて拓也は呼ばれた。
そして美羽の事でということで聞かれる内容が気になった拓也は早めに来てしまい廊下で待っていた。
廊下には、早く着てしまったようにか壁際に椅子が置かれていた。
そして生徒指導室の中で、亮子は須崎のとんでもない仮説を聞き、その思いこみに呆れながらも憤慨し否定した。
「仁兄ぃは、美羽の事を大切に想ってます!美羽を怯えさせるような事する訳がないです!」
その言葉に須崎は確信し亮子に言った。
「お兄さんが美羽さんを異性として好きかもしれないという事は否定しないのね?」
「そ、それは!…でも仁兄ぃが、美羽に無体を働くなんてあり得ないし、美羽が仁兄ぃを怖がるなんて事もあり得ません!」と亮子がいう。
その失礼な須崎の仮説に(半分はあたってはいるもいるものの)腹が立ち、つい声を荒げてしまった。
外にいた拓也は中での話が気になって指導室のドアの外に張り付いて聞き耳を立てていた。
お行儀が悪かったが、美羽の事でと呼び出されての話が気になって仕方なかったのである。
そして、その内容に驚いた。
(っ!何だよそれ!仁さんと美羽が血がつながってないとか嘘だろ?まじかよ?無体な事って何だよ)
そして、美羽がどうも仁さんに怯えているという…。
何てことだと拓也は青ざめた。
拓也は幼稚園の頃から神崎道場に通い、美羽とは幼馴染で仁にも可愛がってっ貰っていた。
道場では仁の指導を受けたことも数知れない。
仁の事は師匠とも兄とも慕い尊敬もしていた。
あの仁さんが、まさか!いや、でも血がつながっていないのなら仁が美羽に惚れてしまっても仕方がないのではないかと同じ男としては思う。
ましてや仁はもともと美羽よりも強いのだから、自分のように自分より強い女なんてと卑屈に思う要素もなかっただろう。
だが、しかし!記憶もおぼろげな美羽に、一体どんな無体を働いているというのだ。
拓也は美羽が怯えているという須崎の言葉にイケナイ妄想も手伝って、仁への怒りが沸々と湧き出してきた。
(仁さん!見損なった!記憶もあいまいな美羽に怯えるようなどんな事をしたと言うんだ!)と思いこんでしまった。
もちろん実際は、仁はひたすら美羽を気遣い優しく紳士的に兄の立場をつらぬいているのだから誰にも後ろ指さされる謂れなどない。
それに、何だかややこしい事になっているが、はっきり言って両想いである。
それどころか家族全員が、美羽を気遣い美羽が傷つかないようにと大事に大事にしているのに、熱血須崎の暴走により新たなる暴走者、拓也をつくりだしてしまった。
数分して、話が終わったようで生徒指導室が静かになったので拓也はそっとドアの側から離れて廊下の壁側に置かれた椅子に、さもずっと座っていたかのような気を抜いた格好で座り直した。
生徒指導室のドアが開き亮子が出てきた。
「失礼します」と亮子がお辞儀をして出てきた。
不機嫌そうな顔で拓也の方を見た。
「何?あんたも呼ばれたの?」と言う。
「あ、ああ、何だろうな?神崎の事を聞きたいってさ」
「っ!拓也、余計なこと喋るんじゃないわよ!須崎先生おかしいわよ。何か勘違いしてる。まともにとりあったら馬鹿みるからね」と須崎に聞こえないような小声で言った。
その忠告は既に仁が美羽になにかやらかしたと思いこんでいる拓也には全く届かなかったが、拓也は立ち聞きした事を悟られない為にも何も分からないようなふりをしてわざときょとんとした表情を作った。
「はぁ?ああ、まぁ何かしらんが、気をつけるよ」と小声で返す。
「私は今から美羽を送ってかないとだから、すぐ帰るけど、とにかく須崎先生の言う事は適当に流して本気にしないのよ」と、こそこそと言いながら美羽の教室に走り去った。
そして中にいる須崎に呼ばれ拓也も生徒指導室に入り美羽の事を色々と聞かれた。
さすがに親戚でもない拓也には美羽が養女である事などは聞かれたり謂れたりはしなかったものの、仁の美羽に対する態度や道場での様子を聞かれ、それとなく仁さんの様子を気にかけて家族間の事で悩んでいるようなので幼馴染である君が相談にのってあげたり美羽を守ってあげたりしてほしいと頼まれた。
そして自分に報告してほしいと。
須崎は、悩める神崎さんを助けたいのだと切々と訴え、自分のクラスの生徒を必死で心配するその様子は拓也にはとても良い先生に見えた。
(実際に誠実で真面目な熱血教師である。ただちょっと勘違いしているだけで…)
そして拓也もまた思った!任せてくれと!
『自分こそが美羽を救うのだ!』と!




