119.教室で…
美羽は困惑していた。
何だか、家族に凄く気を遣われている気がするのだ。
以前の私…。
神崎美羽(入れ替わる前の美羽)は、よほど元気で逞しかったのだろう。
今はラフィリルのルミアーナとしてしっかり生きている異世界の自分に思いを馳せる。
美羽は思った。
ああ、同じ魂を分かつ二人の筈なのに、どうしてこんなにも違うのかしら。
あちらにいるルミアーナは、月の石を生み出し、世界を浄化する礎となり、結婚までして幸せそうである。
あちらの世界、ラフィリルの両親もさぞかし、安心し喜んだ事だろう。
それに引き換え、自分ときたら、皆に心配をかけるばかりなのだ。
それでも周りの自分を慈しむその想いは嬉しかった。
そして苦しくもあった。
前とはすっかり変わり気弱な自分をも、美羽は美羽だから…と受け入れてくれている。
そんな愛情深い家族を自分は裏切っているのだと思いこんで、悩む。
今日の授業も終わり際、もう少ししたら、兄の仁が迎えに来るだろう…。
そう思って教室の窓から外に目をやった。
校門の直ぐ側の道沿いに兄の車が停まる。
黒のヴェゼル…。
え?もう?
まだ、帰りのホームルームが、残っている。
急いでも三十分は待たなくてはいけないのに?
ふと、思う。
そう言えば学校へ行きはじめてから、今まで一度も待たされたことがなかった。
いつも、こんなに早く来てずっと待っていてくれたのだろうか?これまでずっと毎日?
そんな事を思うと、万感の重いが込み上げてきて堪えようと思うのに堪えようとすると肩は小刻みに震え涙が浮かんできた。
すると隣の席の木崎さんが美羽の様子に気がつき声をあげた。
「先生、神崎さんが、気分が悪そうです!」
そう先生に告げると先生は、直ぐさま席をたち私の側にきて肩に手をかけて優しく声をかけてくれた。
「神崎さん、大丈夫?どこか苦しいの?」
「あ、私ったら…また周りに迷惑をかけてしまって…だ、大丈夫です」と、慌てて言う。
まったくもうっ…私ときたら心配をかけたくないと思っている側からこれなのだ。
自分が本当に嫌になると美羽は泣きそうになる。
「何言ってるの。神崎さんはまだ退院してからこっち、本調子じゃないんだから気にする事はないのよ?」と担任の須崎先生も優しい。
「そうよ、そうよ。神崎さん!私たちクラスメートなんだから、もっと頼ってくれていいのよ?」と木崎さんが言ってくれた。
先生や木崎さんが優しい言葉をかけてくれて、思わず貯めていた涙が溢れだした。
情けないやら嬉しいやらで、自分の中の不安が涙となって出てきてしまった感じで止めようと思うのに止まらない。
すると、ほかのクラスメート達もガタガタと席をたち、よってきた。
「大丈夫?保健室にいく?」
「悩み事があるなら、聞くだけでも聞くよ?」
「しんどいのなら送ってくし」
と、かわるがわるに声をかけてくれ、その声は真剣そのものだ。
女子ばかりか男子まで心配そうにこちらを見ている。
「ほらね、神崎さん、みんな神崎さんの事は心配はしても迷惑なんてひとつも思っていやしないんだから…何かあるなら頼ってくれていいのよ?いや、むしろ頼るべきなのよ」と、先生が私に諭すように言ってくれた。
「皆さん、ありがとうございます。ごめんなさい。私、なかなか今の自分に馴染めなくて…ちょっと情緒不安定なんですわ…ほんとうに…ご、ごめんなさい」と言いながらまた泣いてしまう。
先生は軽く、ため息をついて優しく微笑む。
「謝らなくって大丈夫だって言ってるのに…しょうがないなぁ」
「あっ、ほら、先生、校門のところ神崎さんのお兄さん!いつものお迎え、もう来てるみたいですよ!」
「ほんとだ!黒のヴェゼル!」
窓の外を指差して他の生徒達が言った。
みんな、兄の車まで覚えているんだ。
黒のヴェゼル。
そうか、お兄ちゃんは目立つものね。
そうよね、誰が見ても素敵だものね。
そんな事をふと、思ってしまいまた泣きそうになるのをぐっとこらえていると先生が困ったような顔をして言った。
「神崎さん、あなた今日は、もう帰りなさい。どうせ授業は、このあとホームルームだけよ」
「え…でも…」
「でも…じゃない。幸いお兄さんも来られてるみたいだし…」
先生の言葉の中の"お兄さん"と言う単語に私はついビクッと反応してしまった。
「どうしたの?神崎さん…あなた…ひょっとしてお兄さんが迎えに来たのが…?」
先生は私の様子に何か感じとってしまったようだった。
私は、自分の不埒な想いが見透かされそうに思い不安になった。
「みんな、ちょっと自習ね!神崎をお兄さんのところに連れていってくるから」と、先生が言う。
「あ、そんな…一人で行けます」
「バカ言わないの、そんな今にも消え入りそうな泣きそうな生徒を放置できるほど無責任な教師じゃないわよ…私!」
「そうよ、神崎さん一人でなんて帰らせらんないわよ!」と木崎さんも言った。
周りのクラスメート達もうんうんと頷く。
「先生が怖いなら私が、一緒に行くけど?」と委員長の藤堂さんが手をあげた。
「こらこらっ!怖いって何よ?保護者にも一応教師として報告の義務があるのよ。あなた達の熱い友情には感じ入るけど大人しく自習しときなさい!」と先生が皆にびしっと言う。
「「「ええ~っ」」」
「さぁさぁ、神崎さん、行くわよ!」と先生が鞄を持って美羽の手を引いた。
これ以上、大丈夫だと言っても聞き入れてもらえそうにもないと悟り私は慌ててついて行った。
そして、校門前まで行くと先生に付き添われた私を見つけた兄が慌てて車から降りてきた。
「美羽!どうした?具合でも悪いのか?」
「ああ、神崎美羽さんのお兄さんですね?担任の須崎です。丁度、私の授業中、気分が悪くなったようで…他の生徒が校門前にお兄様がもうみえている、と言っていたので今日はもう早退させた方が良いかと思いまして連れてきました」
「そ、そうですか、ありがとうございます。じゃあ美羽、早く車に乗って楽にしてろ。後ろに乗って横になるか?」と心配そうに私の肩を引き寄せようとして兄の手がふれた。
そして、私が一瞬、体を強ばらせたのを兄も先生も気づいたようだった。
しまった!と思ったがもう遅い。
「あっ!ご、ごめんなさい。えと…うん、そうね、後ろで横にならせてもらうね?」と車に乗り込む。
兄は車のドアを閉めると少しの間、何やら先生と話仕込んでいた。
先生が私の授業中、泣き出してしまった様子を伝えているのかもしれない。
ああ、また余計な心配をかけてしまったと憂鬱な気持ちで、ぼんやりと異世界にいるもう一人の自分に思いを馳せた。




