104.拓也、謝られる
「おい、拓也!神崎美羽が今日から学校来てるって聞いてるか?」柔道部の副主将の大悟が主将の拓也に話しかけた。
「え?美羽が?」
「あ~、やっぱ、聞いてなかったんじゃん?昨日、うちの母ちゃんが神崎のおばさんとスーパーで会って何か今日から学校へ来るって聞いたって言ってたぜ?」
「…俺、美羽にも美羽の家族にも嫌われちまったからな…道場にも何となく通えなくなっちまったし」と、拓也は暗い顔になる。
「あ~、それなんだけどな…。俺もあの時、悪乗りしちゃって…お前らの事冷やかしちゃって…神崎はあんな事になっちゃったしさ…本当に後悔してるんだよな…」
「ああ、俺もだ…。あんな…心にもないセリフであいつが泣くなんて…」
「お前の事…好きだったんだろうな?」
「…お前も…そう思うか?」
「ああ…でなきゃ、あんな真っ青な顔して泣きながら走り去ったりしないだろ?俺、あの時の表情が忘れられないよ…あれから何度も夢に見たさ」
「大悟…お前もか…」
大悟はあの時、ホントに何の気なしに言っただけだった。
正直、神崎美羽があんな言葉くらいで泣くなんて夢にも思っていなかったし、正直なところ、あんなに男らしくて強い奴はいないと一目置いてもいたのだ。
「それで…お前は神崎の事、どう思ってるんだよ?」
「え…?正直言って…美羽の事は、あの時までただの幼馴染としか…」
「今は?」
「…っ。今も…申し訳ないとは、思うけど…」
「そっか…そうだよな…女って意識なかったもんな…」と、遠い目をする。
「とにかく!だ、それはそれとして俺たちは謝らなきゃな!あいつに…」
「ああ、そうだな…」
と、あの時、たまたま不幸な事故に居合わせただけの『勘違い』にまみれ『誤解』という渦に巻き込まれた可哀想な二人は後悔と罪悪感に苛まれながら、昼休みをまって一年の教室に美羽に会いに行こうと決めていた。
四時間目の授業が終わり、二人は亮子に美羽の教室を教えてもらい直ぐ様向かう事にした。
すると意外なことに美羽の従妹、同じく拓也の幼馴染の亮子が美羽の転落事故の事で自分に腹を立てていた筈なのに、すんなり美羽のクラスを教えてくれて休み時間会いに行くのも付き添ってくれるというのだ。
なぜか満面の笑みで…不気味だが…。
拓也にとっては正直ありがたかった。
そして思った。
先日、バイト先のカフェで偶然、会ったときには何か怯えられている風にみえた。
彼女の姉の静には、当然だが罵られ二度と美羽に近づくなとさえ言われた。
自分はそれほどまでに美羽を傷つけてしまっていたのだろう…。
一年もの時間は彼女は眠り続け、学年も一年をもう一度初めからやり直さなければならないのである…。
胸が痛む。
彼女の想いには応えられないかもしれないが、彼女が元気になるまで何でもいう事を聞こうと拓也は考えていた。
大悟も同じである。
あの時の自分達を許してもらえるなら何でもしようと思っている。
頑張って好きになれるものならなろうとさえ思うくらいである。
あの男前な美羽を女として見れるように…なれるかどうかは…ちょっと想像はできないが…見た目だけは美少女だし頑張れば何とかなるかも…とまで覚悟を決めている。
(そんな覚悟は全くいらない事を拓也はまだ知らない)
以前の美羽はそれぐらい女を意識させない程男らしくて恰好いい…そして、やっぱり残念な女の子だったようである。
「美羽!ちょっと話があるから外でお弁当一緒に食べよ!」と亮子が一年の美羽のクラスに来て、声をかける。
「亮子ちゃん?ちょっと待ってね?」とお弁当の包みを鞄から取り出しクラスの女子達に振り返る。
「せっかく誘ってくれたのにごめんね?従姉が用事があるみたいだから…明日また誘っていただける?」と数人の女の子たちに言うと女の子たちはコクコクと頷いて手を振ってくれた。
う~ん、美羽、記憶があやふやでもやっぱり女子にモテてる!と思う亮子だが、男子達までがっかりしている表情なのがふと目に入った。
ああ、そうか!一年生は以前の美羽の事を知らないから…?
今の美羽はまるで深窓のお嬢様って感じだもんね?ふむふむ…と納得した。
以前の逞しい美羽を知っている男子達ならば、自分より強い美羽に恐れや嫉妬こそ持っても、あんな憧れ恋い慕うような目は向けはしなかった筈だ。
まるで以前とは違う目で美羽をみる周りの様子が可笑しくて亮子はちょっと苦笑いしながら美羽のクラスメート達を見た。
「ごめんなさいね、今日だけ美羽を借りてくね?」と一年達に言葉をかけて外に連れ出す。
1-Bのすぐ外で待っていた大悟と拓也が美羽の目に入る。
「え?拓也…君?と…?」大悟の方が今一思い出せずにちょっと首をかしげる。
「あ~、美羽。とにかく外に行こう?」と拓也が言い、亮子が手をひいて校庭の大きな木の下のベンチのところまで移動した。
そして二人は同時に
「「申し訳ありませんでしたぁ!」」と直角に腰を折り頭を下げた。
びっくりする美羽である。
「まぁ、何がですの?」と美羽がいうと
「「えっ?」」と二人は驚いた。
「美羽、そうか記憶が…」と拓也が悲しそうにいう。
「そ、そうなのか?神崎…あの、俺の事は?俺の事は、わかるか?」と大悟が美羽の肩をがっと掴んだ!
「き、きゃああ!」と叫び声をあげて美羽は、大悟から逃げて亮子の後ろに隠れる。
「な、何ですの?いきなり」と美羽が怯えるように大悟と拓也をみる。
美羽は思った。
そう言えば、拓也も以前、自分につかみかかってきた。
どうもこの世界では男性が気軽に女性に触れすぎではないかと怖くなり小刻みに震える美羽である。
公爵令嬢の時にこんな無礼を働くものはいなかった。
平和なこの国だけれど、これには直ぐには慣れそうもないと思う美羽だった。
「ちょっと、気を付けてよ!事故の後遺症で美羽はまだ記憶が戻りきってないのよ?これから先も戻るとは限らないし!性格もすっかり大人しくなっちゃったんだから気をつけてよね!」と亮子が男二人に怒鳴った。
「お、おおぅ、ごめん」
「そ、そうなんだよな?この間会ったときも俺に怯えてたみたいだけど、俺の事も忘れちゃったのか?」と拓也が聞いた。
「あ、ごめん…なさい。拓也…君が、幼馴染だった事は思い出しましたし認識したのですが…」と美羽が亮子の後ろに庇われながらおずおずと答える。
「あの…それで、私が階段から落ちた時の事ですが…私も拓也君に言わなければならないことが…」
「あ、ああ」と拓也が身構える。
大悟も拓也も、いよいよ美羽が拓也に告白でもするのかとちょっと身構える。
想いに応える覚悟はしているのである。
「あの…大変申し上げにくいのですが…私が、階段から落ちたあの事故は、拓也君や他の男子達のせいではありませんのでお気になさらず…」
「「は?」」と大悟と拓也が、しばし固まる。
亮子はその様子をにまにまと眺めている。
(結構いい性格をしているのは、神崎一族の血筋だろうか?)
「拓也君は、ご自分のせいと思われていらっしゃると姉から聞きましたが、全くそんな事はございません。だってあの時は体調不良で吐きそうだったから、とにかく皆から離れて吐こうと思って走り出して、うっかりバランスを崩して自分で転がり落ちてしまっただけなのですから」
「「え?」」
「正直、あの時は気持ち悪くて周りの声など全く何も聞こえていませんでした」
「「・・・?」」」
「お伝えするのが遅くなり申し訳ありませんでした。自分の体調管理が出来ていなかったせいでしたのに…まさか、拓也君や他の男子達が自分たちのせいだと思ってらっしゃるなんて私…知らなくて…」と、本当に申し訳なさそうに言う美羽に拓也と大悟は困惑した。
「え…と?」
「あ、あの、じゃあ、…えっと?それって?」
「ああ、何か親衛隊?とかいう皆さまがおっしゃっていたような事も全くございませんのでご安心くださいませ?」
「えと、それは、その…つまり」
「はい、拓也君のことは、全く何とも微塵も思ってないので安心してくださいね?本当にいらぬ気遣いをさせてしまって申し訳ありませんでした」と亮子の後ろから顔をだしぺこりと頭をさげた。
「あ、ああ、そうか…うん、分かった」
思っていた事の真逆の言葉をかけられ、思いがけなさ過ぎて言葉もたどたどしくなる拓也だった。
額には汗がにじむ。
「さあ、じゃあ、あんた達の用事は終わったわね?もう、行ったら?」と亮子が顎をくいっと上げてサッサと行け!という態度をとる。
「さぁ、美羽!男共は追い払ったし、お弁当食べましょう?」とにっこりする。
亮子の態度を随分だとは思ったけれど、先ほどの二人はすぐに肩をつかんできたりして怖かったので、さっさと追い払ってくれて助かった美羽だった。
「亮子ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして~、まだ、何か言ってくるようなら私に言いなさい。追い払ってあげるから」
「はい、亮子ちゃん。助かります」と美羽がいう。
「うんうん、今日は仁兄ぃに良い報告ができそうね」と、にまにま笑っていた。
呆気に取られてトボトボと帰る二人に『ざまぁみろ!』と思う亮子だった。
(美羽の事故自体があんた達のせいじゃなかったとしても、あんた達が美羽に言った言葉は美羽が許しても、あたしが許さないんだからね!いい気味だ。ば~か!)と心の中で”あっかんべ”をする亮子であった。
そして美羽が拓也なんかを好きとかじゃなくて本当に良かったと思う亮子だった。




