103.美羽、登校する
美羽であることにも随分慣れてきたルミアーナは、一年遅れたが、学校に復学することになった。
…と、言っても一年も眠り続けていた為、もう一度一年生からである。
正直、美羽の記憶はあるものの何か混沌としていて、全てを思い出すのにはまだ時間がかかりそうである。
勉強にも友人関係にも不安は感じるが、ルミアーナはこの優しい世界が好きになっていた。
早く慣れる為にも頑張ろうと健気にも思っているのだ。
美羽は事故以前、文武両道で武道のみならず、学校での成績は常に学年でも三以内に入るという才媛だった。
つまり、頭も良くて強くて並みの男達では到底太刀打ちできないパワフル女子高生であったのだ。
そんな感じなので気も強いし、男子達には遠巻きに「すげ~な、あいつ!女じゃね~よ!いくら綺麗でもあれはナシだな!」等と負け惜しみを含みながらも囁かれていたのである。
出来すぎるが故に残念な美羽だった。
色々とお姫様育ちでの記憶の方がまだ強い現在の美羽にとっては、何かと不安が残るものの『事故の後遺症』の一言で何とか乗り越えようと心に誓い学校へと向かう。
…と言ってもやはり、まだ何か不安で家族の勧めもあり、しばらく一つ年上の従妹、月七宮亮子(今は、美羽が眠りについていた間に三年生になっている)に一緒に登下校してもらうことにした。
しかも(過保護にも)仁が車で送り迎えである。
「ご、ごめんなさいね?亮子ちゃん」と美羽が申し訳なさそうに言うと亮子はぶんぶんと首を振った。
「何言ってるの?私まで車で送り迎えしてもらってかえって嬉しいくらいよ?得しちゃったわ」とウィンクする。
「それより、美羽!もっと頼ってよ!美羽がこんな目にあって柔道部に無理やり誘ったことホントに後悔したんだから!あのクソ男子部員達がぁ~っ!」と拳を握りしめぎりぎりと歯噛みする亮子の迫力は凄かった。
「あ、あの…だから、それは柔道部とか男子達とか…ましてや拓也君…とか、全く関係なくて…」と、美羽は昨晩、夕飯の時に家族にした説明を亮子にもした。
親衛隊の子達から聞いた話と、あまりにも違う内容に亮子はぱっくりと口を開け呆けた顔になる。
そして、大爆笑!
「あっはっはっは!おっかしいと思ったのよね~!美羽からそんな色恋沙汰な話聞いたこともなかったし!いくら柔道では男子高校生優勝者っつったって、そもそも段位は美羽より下だし!仁兄ぃと比べたらひよっこのヘタレじゃん?いつも、最強の神崎家の男達を見てる美羽が何で~?って不審に思ってたのよね!」と亮子が容赦なく拓也をこきおろした。
運転していた仁もくっくっと笑い出す。
「ほんとにな?美羽が自分の事を好きだったなんて…とか自惚れた勘違いしてたんだったらウケるぜ!まあ、気の毒なこった」と仁が上機嫌で言う。
昨日、美羽から実は何とも思ってない事を聞くまで拓也の事を絞めてやろうかと思っていたクセに本当にゲンキンな兄である。
「何か…拓也君、濡れ衣なのに申し訳なくて…私…ちゃんと謝ろうと思って…階段から落ちたのは体調不良だったからで拓也君の言う事も男子たちの言う事も何にも耳に入ってなかったから全く関係無いんだって事…」
「そうだなぁ~、うんうん。美羽は優しいな~!是非、そうしてやりなさい」と仁が嬉しそうに言う。
「はい」と兄に何やら褒められた事を嬉しく感じて、はにかんだ笑顔で答える美羽だった。
以前の男勝り?な美羽を知る亮子は驚きを隠せない。
美羽ったら、きっとしこたま頭打ったのね?そうなのね?なんか、凄く”女の子”になっちゃって…別人よ、まるで!と思う亮子だったが、ホントに別人だとは流石に思わなかった。
(いやまぁ、同一人物っちゃあ同一人物なのだが別人格がはいっちゃっているのだからややこしい話である)
学校の門の前まで着くと美羽と亮子は車をおりた。
「じゃあ、亮子!美羽を頼むな!」運転席から窓越しに仁は亮子に念を押す。
「まかせて!休み時間も様子を見に行くから!」
「お兄ちゃん。ありがとう!行ってきます」
「おう!また帰りに迎えに来るからな?終わったら連絡入れろ」
仁は手を振る美羽と亮子にそうと言うと手を振って帰って行った。
***
校門をくぐるとひそひそと女子たちがしゃべっているのが聞こえた。
「みた?今の神崎道場の仁様じゃない?格好いい~!」
「美羽様、やっと復学されたのね?良かった!美羽様もだけど仁様も男らしくて素敵よね~!」等々
そんな内容が遠巻きにもひそひそ声でちらりほらと聞こえてきた。
どうやら兄は女子から非常に人気があるらしい。(何故だか自分もみたいだが)
一年に編入しなおした美羽は一年の教室に行き、亮子は以前と様子が違い過ぎる美羽の事を心配しながらも三年の教室に向かった。
家からも美羽の新しい担任に、まだ記憶もあやふやなので多少以前と違うところも多いので勉強は遅れていても構わないので学校生活に馴染ませる事を優先させてやってほしいと連絡している。
美羽としては、友人関係もまだ全体には把握できていないので『以前の自分』を知らない、新一年生のクラスに編入できたのは幸いだった。
担任から転校生がきたかのような紹介がクラスの皆にされる。
「一年前の事故から奇跡的に目覚めて今回またこの学校に通えることになった神崎美羽さんよ。神崎さんは事故の後遺症で以前の記憶があやふやな事もあるらしいので無理はあまりできないから皆、温かい目で支えてあげてね」と紹介した。
「神崎美羽です。宜しくお願いいたします」と美羽は小さな声で挨拶し静かに頭を下げる。
その少し不安そうな様子はとても儚げである。
一年間の入院で美羽の肌は抜けるように白くなった。
もとも整った顔立ちだったのでその綺麗さはがますます際立って見える。頭を垂れるとさらりと癖のない真っすぐな黒髪が肩からこぼれおちる様はまるでかぐや姫の様だ。
そのたたずまいは上品で…以前の(逞しい)美羽を知らない同級生達は、ほうっとため息をもらした。
(なにせ、もともとは異世界の公爵令嬢である。上品さはまごうこと無き本物で無意識でも零れ出てしまうようである)
そして瞬く間に美羽は一年のクラスの間で「1-Bの輝夜姫」と噂されるようになっていた。




