100.公爵令嬢ルミアーナ、美羽になる。
結局、カフェからお茶も飲まずに直ぐさま静に手を引かれて出たが、美羽は腑に落ちない。
なぜ、姉の静はあれほど拓也を怒ったのか?
なぜ、自分が眠りについたのが彼のせいなのか???
自分の内にある美羽の記憶をたどってみたが体調が悪くて吐きそうになったから走って転んで階段から落ちたのである。
突き飛ばされた訳でもなければ傷つけられた記憶もなかった。
なんだか、よくわからないが誤解があるようだと思った。
拓也が少し気の毒になってきたルミアーナ…いや美羽は自分のせいで階段から落ちたと告げなければと思った。
(この世界なら大丈夫…私を殺そうとするものはいないと思えるから…美羽は殺されそうになった私とは全然ちがう…)
そう心の中でつぶやき目覚めてから初めて口を開いてみた。
「お、おねぇさ…お姉ちゃん?」
お姉様と呼びそうになったが、ルミアーナは美羽の記憶にある呼び方で言い直した。
「た…拓也さ…拓也君は…悪く…ない」
「わ…わたしは勝手に転んで頭から落ちたの」
「美羽?」はっと静は美羽を見る。
「あんた、声が…!喋れるようになったのね!」
もう、声も出せないのかと不憫に思っていたので姉は涙を滲ませて喜んだ。
拓也の事なんぞ知ったこっちゃない。
「ごめ…ごめんなさい。し…心配…か…けて…」
まだ美羽の庶民的なしゃべり方になれないルミアーナはたどたどしく伝えた。
そう言うと姉の静はぎゅっと美羽を抱き締めた。
「何言ってるの、そんなの当たり前じゃない!私は美羽のお姉ちゃんなんだから!母さんたちにも教えたげなきゃ!」
そう言って静は慌ててスマホをとりだし、父母と北海道に転勤中の兄に通信アプリで「美羽がしゃべった!」と送信した。
(ルミアーナの気遣いも空しく?拓也のことなんぞ、ほったらかしである)
凄い勢いで返信が返ってきた。家族からの歓喜の返信を確認すると静は涙ぐみながらも満面の笑みである。
「美羽!今日はお祝いよ!母さんがごちそう作って待ってるって!父さんも今日は道場おわったら直ぐ母屋に帰ってくるって!あ!兄さんからも返信来た!今からすぐ、飛行機に乗って帰ってくるって!」姉は本当嬉しそうに叫んだ。
ああ、優しい。
何て優しい世界。
ルミアーナは思った。
ここには自分の命を狙う陰謀や暗殺などここには無いのだ…。
ずっと感じていた絡みつくような黒い邪気のような気配など全く感じられない。
ルミアーナはいつの間にか美羽としての人生を第二の人生としてありがたく受け入れていた。
私の中に美羽の記憶はある。
私は美羽なのだ…と。
そしてルミアーナの記憶は未だ不完全ながらも美羽と同化し公爵令嬢ルミアーナは”神崎美羽”であることを喜んで受け入れたのだった。




