99.美羽が眠りについたホントの理由
高校柔道の全国大会の帰り道。
団体と個人で優勝した拓也や男子部員達は、すっかり舞い上がっていた。
くしくも優勝を逃した美羽はずっと下をむいている。
それでも全国で二位なのだから立派なものなのだが。
女子部員達は、落ち込んだ様子の美羽によほど優勝できなかったのがくやしかったのだろうと慰めの声をかけた。
「美羽がいなきゃここまでこれなかったよ。二位なんて、うちの高校始まって以来の快挙なんだし!」
歩道橋の上でたちどまり数人の女子が美羽の肩や背に手をかけてはげます。
しかしながら美羽は落ち込んでいたのは別の事である。
数日前から体調がすぐれず、万全の体調で試合に挑めなかった自分の管理の甘さに腹がたったからである。
皆に申し訳なかった。
じつは今現在も絶不調で、気持ち悪いやら苦しいやらで熱もでてきたのか顔も赤い。
その様子を負けた事を憤慨して赤くなっているのだと勘違いしたデリカシー欠落気味の高校生男子たちは、美羽をからかった。
「おー、怖い怖い!神崎はほんっと負けず嫌いなんだな~負けたんだからちっとは女らしくしてみりゃいんじゃねーの?」
数人の男子が笑いながら言った。
「そうそう!そんなんじゃ嫁にいけないぜー」
拓也は二年で部長だった。
美羽とは幼なじみだったので軽口をいう部員達をたしなめようとした。
「ばか、何言ってんだ!お前ら!準優勝だって十分に凄い事だろうが!」
すると同じ二年の男子が面白がって更に無神経な事を言った。
「ひゅーひゅー!旦那が怒ったぞぉ!そーかそーか!二人はできてたのかあー」
周りはどっと笑いながらはやしたてた。
美羽はこの時、どうしょうもなく気分が悪く、吐きそうだったので、そんなどうでもいい事は何も聞いてはいなかったのだが体調不良も、いよいよピークで、真っ青になっていた。
その様子をみた他の女子部員や「美羽様親衛隊」(←美羽は一部女子から王子様扱いで崇拝されていた)は、男どものあほ発言に傷ついているのだと勘違いした。
女子達は背中に庇う様に美羽を囲み、男子達に言葉で応戦した。
「うるさいわね!男子なんて殆ど拓也部長の一人勝ちじゃないのよ!拓也部長がいなきゃ三位にだって入れるかどうかわかんないくせに!」
拓也はこの後、女子を庇うつもりではいたが、自分と美羽の事をはやしたてられて焦って余計に女子全員の怒りを買うような一言をはいてしまった。
そう、一生後悔する羽目になる言葉を…
「そうだぞ!おまえら一人も美羽に勝てないくせに」←ここまでは良かった。
「俺と美羽が…なんて、あり得んだろうが!」←ここまでもセーフ。
「あ、あんな男女!」←はい、アウト!
「「「なんですってぇー」」」きぃーっと一斉に美羽を取り囲む女子たちが拓也に批判の目を向けた。
その時である!
美羽が真っ青な顔で目にいっぱいの涙をためて走り去ったのである。
「「「え?」」」と皆が固まる。
拓也も、
はやしたてたお馬鹿な男子たちも、
女子部員や美海さま親衛隊も…、
美羽が!美羽さまが泣くなんて!と焦り、驚愕した!
ふだんから凛々しく男前な?一年生ながら、王子様タイプ?の美羽が泣くなんて!
拓也も自分の失言でまさかとは思ったもののうっかり出てしまった言葉は取り消せない。
それが、たとえ照れ隠しのうっかり発言だったとしても…。
慌てて追いかけようとしたが、美羽の涙に動転して足がもつれた。
それでもなんとか追いついて歩道橋の階段の降り口で腕を掴もうとした時に、美羽の体は前のめりに傾き状態を崩して倒れた。
受け身を取ることもなくコンクリートと鉄板で、できた階段からまっ逆さまに転げ落ちたのである。
それから、美羽は救急車で運ばれ昏睡状態になり一年もの間、病院で眠り続ける事となった。
…なっちゃったという事なのである。
お分かりだろうか…
本当に可哀想なのは拓也なのである。
何といっても美羽は男子どもの、からかいも、ましてや拓也の「男女発言」も何にも聞こえていなかったのである。
今にも吐きそうだったので思わず走り出しただけである。
出来るだけ皆から離れた所でドバッと吐いてスッキリしたかっただけなのである。
運悪く足をすべらせたのも別段、拓也のせいではない!
断じて拓也のせいでは、ないったらないのだが…。
だがしかし…しかしながら、第三者が、その時の目撃状況だけを垣間見れば…。
拓也の言葉に乙女心を傷つけられた美羽が涙をながしながら階段を降りようとし、おいついた拓也の手を振りほどこうとして体勢を崩して階段から転げ落ちた…という事になってしまったのである。
手を振りほどこうとしようとした訳でもなく噴水のように吐きそうなのを堪えようと上体を前に倒したらバランスが崩れちゃって前のめりに転げちゃったのが真実で誰も悪くない。
強いていうなら、大会前の体調管理が出来てなかった美羽の…本人の自業自得というものだった。




