03. 世の中には変なやつがいるんだよねー
「どうもー。呼び出してごめんねー」
演劇部の部室。きいなは入ってきた2人のお嬢様に向けて、愛想よく挨拶をして席を勧めた。
「まあ…きいなちゃん先輩って本当に小さくてかわいらしいわ…」
「ええ、噂どおりですわね…小等部の私の妹よりも小さくていらしてよ…」
2人はこそこそとないしょ話しをして笑いあってから、きいなとテーブルを挟んで向かい合う形でパイプ椅子に腰掛けた。
「はは…。結局『みなさん』っつっても2人だけだったんだねー…」苦笑いするきいな。用意してあったティーカップに紅茶を注いで2人の前に差し出す。「なんかー、うちのお嬢様が世話になったみたいでー?」
2人はきょとんとした顔になる。お互いに顔を見合わせて首をかしげた後、片方の、比較的活発そうなお嬢様が薄ら笑いを浮かべながら聞き返した。
「んんんー?なんのことですかー?ちょっと分からないですねー」
大人が子供に話しかけるような小馬鹿にした態度に、きいなは眉をピクッとさせる。笑顔を引きつらせながらも話しを続ける。
「…君たちがお嬢様に障害物走を薦めたんでしょー?。それ自体はもー分かってるんだー。だから別に答えなくっていーや。……呼び出したのはねー、ちょーっとその件でお願いを聞ーてもらいたくってさー」
もう一方の、ちょっと臆病そうなお嬢様が何かに気づいたかのようにはっとした顔になり、活発そうな方に耳打ちをする。
「もしかして…鳳さんの事をおっしゃってるんじゃなくって…?ほら、あの方も演劇部だから……」
それを聞いた活発そうな方も、一瞬びくっとしてちょっと困ったような顔を作る。それからすぐにわざとらしい作り笑顔になる。
「ま、まあ、そうだったかしら?…いえ、障害物走の事でしたら確か鳳さんの方から進んで立候補されたんですわ。ええ、確かそうでしたわ。私たちは反対しましたのよ?だって…この学園の障害物走って、ほら、ちょっと変わってますでしょう?でも、鳳さんには聞きいれてもらえませんでしたの。どうもご自分に相当自信がおありだったみたいで…」
きいなからは苦笑いすらも消えている。どこか明後日の方向を向きながら、興味無さそうに言う。
「だからもー分かってるからいーんだってー。いーわけもー、こーかいもー。ただ、お願いを聞ーてくれればそれでいーんだよー」面倒くさそうに部室に備え付けられた時計を見る。「んー、まだあと5分かー……そー言えば、君らお嬢様になんて言ったの?あの転校生君の事ー」
「?」
「…きっと黒星さんの事ですわ…」
臆病そうな方がまた耳打ちする。
「そーそーその転校生君の事ー。なんか言ったんでしょー?あいつヒドイやつだよーみたいな事をさー」
隣の活発そうな方にだけ聞こえるように言ったはずなのに、当然のように返事を返すきいなに驚き、臆病そうなお嬢様は小さく悲鳴をあげる。活発そうなお嬢様も少しあせってはいるが、それでもまだ平気そうで、ぎこちなくも嫌味な笑みを浮かべた。
「あ、ああ…、それでしたら大した事ではありませんわ。ただ、鳳さんがどうしても黒星さんと一緒に借り物競争に出たいというものですから。ちょっと軽い冗談を…」
「お、鳳さんは笑って否定されていましたわ!『沙夜がそんな人間なはずがありませんわ』って!だ、だから特に気にされて無いのかと思いましたし、私たちもそれ以上黒星さんの事は何も言わないで、私たちがどうしても鳳さんが障害物走に出るところが見てみたい、と言って…」
臆病そうな方は若干きいなに怯えてきているようで、活発そうな方を急いでフォローする。きいなは軽蔑するように小さく鼻で笑う。
「ふんっ。でも全然気にして無いよーに見えて、実際にはなーんかひっかかってたんだろーね、お嬢様の中でさー。んでー?なんて言ったのー?」
言いづらそうに口ごもっていた臆病そうな方が、しばらくして観念したようにつぶやく。
「…『黒星さんはお家が貧しくていらっしゃるから、みなさんに引け目を感じていて、それでいつも鳳さんと付き合っている』、と…、『鳳さんの事だけは見下していて、鳳さんを馬鹿にしているから、鳳さんといる時だけは引け目を感じないですむ』と……」
活発そうな方も、開き直ったようにそれに続いた。
「私も言いましたわ。『黒星さんはきっと鳳さんのことを自分専用の玩具か何かのように思っているから、鳳さんを独占していないと気に入らない』、だから『鳳さんに黒星さん以外の友達が出来そうになったら、きっと邪魔するでしょう』って」
「ふん、なるほどね…。さっきの部室の事が、それを証明するみたくなっちゃったわけか…」
きいなは、特に面白くも無いといった風で、感情を見せずに小さくうなづく。
ま、あのお嬢様にしたらきついだろーねー。唯一信頼してた人に裏切られたと思っちゃったんだからねー。
活発そうな方が、ふてぶてしい顔できいなをにらみつける。
「先輩の言う『お願い』というのは、謝罪ですか?私たちに、鳳さんに謝れ、とおっしゃるのかしら?でも先輩?お言葉を返すようですけれど、鳳さんが全く悪くないという事はないんじゃありませんこと?だって、あの方はそれだけの事をしているのですわよ。あんな不埒な事を…!皆さんお優しいから放っておいてあげてるようですけれど、本来ならば相応のペナルティがあってしかるべきじゃないかしら?私たちはあの方に正しい制裁を…」
きいなは思わず、くくっと吹き出してしまう。
「うーん、それ言われちゃうとアレなんだけどねー…。でもその辺のペナルティ云々は、その内、なるよーになると思うからさー、君らも広い心で放っておいてやってよー」可愛らしくお願いするようなポーズをとるきいな。「てゆーか、むしろ絶対謝ったりなんかしないでね?お嬢様には、君らが『嫌がらせで障害物走押し付けようとした』ってことは、絶対秘密にしといてほしーのね」
「?」
意味が分からずに呆然とするお嬢様2人。きいなはそんな2人を置いてけぼりで、独り言を言って笑っている。
「くくくっ、あたしは別にどーでもいーんだけどさー……世の中には変なやつがいるんだよねー。……クラスメイトから『嫌がらせ』されてたって知ったらお嬢様が悲しむ。……『嫌がらせ』してた方もきっと罰を受ける。もしかしたら今度はあんたたちがみんなから嫌がらせされちゃうかもね。…だったら自分だけが悪者になって、全部秘密にしちゃえばいー、そんな事を考えちゃう変なやつがさー…」
「あ、あの…じゃあ、先輩のお願いって…」
きいなの言う事が理解できずに、混乱し始めていた臆病なお嬢様がそう言ったとき、2人の携帯電話が同時に振動した。それに気づいたきいなはもう一度部室の時計を見て、満足そうにうなづく。
「あっ、きたきた。時間ぴったり。うーんと、君達勘違いしてるよー。確かにさっきお願いを聞ーて欲しいって言ったけど、それはあたしのお願いじゃなくって『君達のお父さんからのお願い』なんだよー。あっ、電話どうぞ!でちゃってでちゃって!」
可愛らしい笑顔で電話をすすめるきいなを不審に感じながらも、2人は「…失礼しますわ」と言ってきいなに背を向け、バイブレーションを続ける携帯電話の通話ボタンを押した。
「あ、あらお父様?どうしましたの?えっ、あ、あの、一体何を………そ、それは…そうですけれど……で、でも!……はい………はい…」
お嬢様達の電話の応対は、徐々に深刻なトーンになっていく。きいなは2人のそんな様子を見ながら誰ともなく話しだした。
「うちの親って結構手広くいろんな業種と提携してるもんでねー、気づいたらこの学園の生徒の家、みーんなうちの関係企業、みたくなっちゃってたりして…。で、さっき君らのお父さんに電話して聞いてみたのねー。今うちが一方的に契約解消したら困りますかー、ってー。ははー」
きいなは無邪気に笑っている。
「あ、あー!別に脅迫とかじゃないよー?だってー、これでもうちらって一応これからの将来を背負って立つ淑女な訳じゃん?君らももうちょっとしたら、自分らの親の会社を任されたりするわけじゃん?」お嬢様たちの電話からは男性の怒号が漏れ聞こえる。お嬢様たちはその電話ときいなの台詞を、肩を落として黙って聞いている。もはや完全にグロッキー状態のようだった。「…でも君らがクラスメイトを陥れるような、そんな淑女失格の器の小さい人間だとしたら、君らの会社と今のうちに手を切っておくのって、充分妥当な経営戦略だと思わない?だってそんなろくでもない人間が舵を取ることになる会社なんて、やっぱりろくでもないって事だもんねー。将来性なんかあるわけないもんねー」
「…はい…わかりました」
2人のお嬢様はそう言って、ほぼ同時くらいに電話を切った。もうきいなと目を合わせる元気すらない。
「今の電話は、君らのお父さんにあげた最後のチャンス、ってわけ。6時ちょうどに電話かけてきて、ちゃんと自分ちの娘を再教育できたら考えなおすよーってねー。お父さんになんか言われたー?」
活発そうな、いや、活発そうだったお嬢様が、うつろな目で答えた。
「……全て、先輩の言うとおりにしなさい、と……鳳さんに障害物走を出場させてはいけない、かわりに私たちが出場しなさい、と……」
「うん、最後のはやんなくていーや。それより、君ら明日からほとぼりがさめるまで、1週間くらいガッコー休みなよ。今君らがお嬢様に会っちゃうと色々とややこしくなりそーだからさー」
「…はい…」
「用ってゆーのは、そんだけ。もー帰っていーよー。じゃーねー」
無邪気で、それゆえに残酷なきいなの笑顔。2人のお嬢様はゆっくりと立ち上がると、ふらふらと部室の扉へと向かった。部室を出る直前、2人はきいなの方を振り返って深々と頭を下げた。
「私たちが間違っていました。もうこんな事はしません。……それに、さっきは先輩に失礼な口をきいてしまってすいませんでした……」
「うん、いー謝罪だ。それならきっと、立派な経営者になれるよー」
そう言って、きいなは優しく2人を見送った。




