01. あなたがそんな人だとは思わなかったわ
…倉庫前…
--倉庫の扉の前に立っている平良と美浦。
--扉には外から大きな錠前が掛かっている。
美浦「君は下がっていたまえ。
扉を開けた瞬間に飛び出してくるかもしれない…」
--平良はうなづき、1歩後ろに下がる。扉を叩きながら美浦が叫ぶ。
美浦「おい!中にいるのか!返事をしろ!」
--返事はない。
--美浦はポケットから取り出したキーで扉を開錠し、慎重に扉を開ける。
--舞台が暗転する。美浦の持つ懐中電灯を意味するスポットライトが、舞台をランダムに照らす。
--やがてそのライトが舞台の中央で静止する。
--ライトの中心には、自分のナイフを胸につき立てられたメイドが、ぐったりと座り込んでいる。
--ライトの中に美浦が入ってくる。美浦はメイドの死体を見ていらだつ。
美浦「くそっ!こいつもかっ!一体誰がこんな事を!
……いや…待てよ…
もう俺以外にこの屋敷に残っているのは……」
………………
「ただいまよりー、第9回ー、セントレミア学園ー、体育祭をー…」
快晴の空に上がった1発の大きな花火と共に、体育祭の開始を告げる間の抜けた放送が流れた。メインの会場となるのは、いつも陸上部が使用している陸上競技場。今は競技場の中央で軽音部が演奏を始め、その周りでダンス部の創作ダンスが繰り広げられている。
ジャージ姿で競技場の客席に座っている沙夜にとっては少し肌寒いくらいの気温だったが、きっと動いていれば丁度いいくらいだろう。絶好の体育祭日和といえそうだった。
「はぁー…」
沙夜は大きくため息をついた。
学園の全生徒数よりもずっと多い競技場の客席。沙夜が周囲を見渡すと、広大な客席に点々と散らばるようにお嬢様たちの集団が出来ている。彼女達は気のあう友達同士談笑しながら、自分が出場する競技まで時間をつぶしているようだった。だが、沙夜は他のお嬢様たちとは距離をおいて、退屈そうに頬に両手を当てて1人ぽつんと座っていた。
これまでならば沙夜の隣にはいつも蘭子がいた。放っておいても、「だって友人というものは、他愛の無い話をして友情を深めたりするのでしょう?」なんて言って蘭子の方から沙夜の近くにやってきていた。
「沙夜はお好み焼とすき焼きの違いが分かりますかしら?」
いつも本当にどうでもいい話しをしてくる蘭子、それはうっとおしく思うことも多かったが、この学園に未だ馴染みきれていない沙夜にとっては救いでもあった。蘭子といる時は、沙夜がこの学園で不安や孤独を感じることはなかったからだ。
だから沙夜は、特に自分のクラスメイト達と仲良くする必要なんて無いと思っていた。むしろ蘭子を放って他の人と親しくするなんて蘭子に悪い、くらいに思っていた。
これがそのツケなのかなぁ…。
確かに、あの『部則』が出来てしまってからは、蘭子と沙夜の間には距離ができた。だが、それも文化祭が終わるまでという期限付きであり、正直沙夜はそれほど気にしてはいなかったのだ。
だって、あれよりもっと悪くなるなんて…思わなかったから…。
沙夜が座っている位置からそう遠くない距離に、蘭子が、やはり1人ぽつんと孤立して座っていた。沙夜の様に落ち込んでいる様子もなく、背筋をぴんと伸ばして凛とした様子で競技場を見下ろしている蘭子。手に持った白いレースの日傘が優しく影を作っている彼女の顔が、沙夜の方に向く事は一度として無かった。
お互いに、お互いの存在には気づいている。だが、蘭子は沙夜の事を完全に無視していたし、沙夜はそんな蘭子に話しかけることが出来ずにいた。
沙夜、あなたがそんな人だとは思わなかったわ。もう顔も見たくない。絶交しましょう。
沙夜が蘭子にそう言われたのは、体育祭前日の事だった。




