パーティーの終焉と始まり
「人目につく場所でジャケットを羽織らずにうろつくな!」
ケルシュ達と入れ替わるようにして、ダイテンの前に息を切らしたケルトが現れた。
彼が行きそうなところに片っ端から足を運んでおり、漸くこの場にたどり着いたらしい。
立ちすくんでいるようにも見える無反応のダイテンの胸に、持参した彼のジャケットを押し付ける。
「早くこれ着ろ。」
ダイテンは遠くを見つめたまま無言でジャケットを手に取り、羽織った。
「もう時間だ。お前のことを早く連れて行かないと俺が先代にドヤされる。」
苛立ちと焦りを含んだ口調でダイテンのことを急かしてきた。
会場に向かうべく踵を返すキルトだったが、肝心のダイテンが付いてくる気配はない。
「お前な、本当にもう行かないとアルシュベルテ家に泥を塗ることになりかねないんだぞ。我儘もいい加減にしろよ。」
「…見つけた。」
「は?何を見つけたって?」
「俺はあの三つ編みの女性に決めた。今お前もすれ違っていただろう。彼女の名前を至急調べてくれ。」
「おいおいおいおい…本気か?あんなに選り好みしていたお前がまさかの一目惚れかよ。世の中一体どうなってんだ…」
「お前が仲を取り持ったということにしてやる。先代はお前に褒美を使わすだろうよ。」
ダイテンの口から紡がれた魅惑の言葉に、ケルトが耳をぴくつかせる。
「そうだな。昔馴染みのお前の頼みだ。叶えてやらないわけにはいかないよな。」
褒美の一言に目の眩んだケルトは態度を一変させた。不気味なほどににこやかな微笑みを向けてくる。
「ああ。それと、今回のパーティーは中止だ。俺にはもう必要ない。」
「なっ!お前、そんな身勝手なことが許されるかよ!適当にその辺の女と一曲二曲踊れば丸く収まるってのに…」
「決定事項だ。」
「…へいへい。」
こうなったら最後、絶対に意志を曲げない主にケルトはさっさと諦めた。
今回は、「ダイテンが結婚相手を決めた」という超特大の手土産があるため、パーティーの中止も快諾してもらえるはずだと予想を付ける。
ケルトはダイテンとともにドルトがいる控えの間へと向かう道すがら、何からどう話すべきか、ダイテンが求める相手をどうやって割り出すか、今後の動きについて素早く考えをまとめていた。
一方のダイテンは、見かけによらずこういった頭脳労働が得意なケルトに全てを一任し、自分はケルシュに対してどう想いを伝えるべきか頭を悩ませていた。
そして何より、彼女のことを抱えて連れ帰った年若い男のことが気になって仕方なかった。
今宵のパーティーに参加している時点で決まった相手がいないことは明白である。
それでもあの二人の関係は親密以外の何物でも無かった。
それが親愛なのか友愛なのか、あの一瞬で読み取ることは出来なかったが、少なくとも男の方には彼女への特別な想いがあるように思えたのだ。
「まぁ、ライバルがいようがいまいが、俺の彼女に対する確固たる想いに変わりはないが。」
自身の抱く想いを確信したダイテンは、決意表明をするかの如く一人呟いた。
「何か言ったか?」
ダイテンの独り言に反応したケルトが足を止めて後ろを振り向く。
非公式の場ではダイテンに対して粗雑な言動を繰り返すケルトだが、根は繊細で些細なことにもよく気がつく人間だ。
その資質と器用さが相まって、20代半ばという若さで辺境伯の側近という地位の高さまで上り詰めたという実績がある。
そんな彼だからこそ、ダイテンも全幅の信頼を置いていた。
そして信頼しているからこそ、他人には言わない余計なこともつい口にしてしまう。
「お前も早く相手を見つけろ。」
笑みを堪えたようなダイテンの一言に、ケルトの顔が引き攣り、こめかみに青スジが浮き出てくる。
光を失った代わりに激しい怒りの炎を宿した瞳をダイテンに向けた。
「おい、誰のせいで俺の婚期が遅れてると思ってんだ。全てはお前の我儘のせいだろ。そもそも、まだ相手の名前すら知らないってのに、女に惚れたくらいでいい気になりやがって…」
拳を握りしめ、カチカチと奥歯を鳴らしながら恨めしさを募らせるケルト。
八つ当たりも良いところであったが、止める気は無いようだ。ありったけの負の感情をぶつけてくる。
「ああ。お前の言う通り、まだ彼女と俺の間には何の関係もない。だが俺は彼女以外認めない。もう決めたのだ。」
迷いなく自信に溢れた口調で言い切ったダイテン。
その瞳には僅かに翳りがあり、仄暗さを覗かせる彼を目にしたケルトからは一気に怒りの色が引いていく。
「こっわ……」
冷静になったケルトは、ダイテンの身勝手且つ強気な発言に完全に引いていた。
これまで女に対して一切の興味を持たなかった彼の入れ込みように恐怖を感じている。
『相手を特定するのはダイテンに贄を差し出すようで、気が引けるな…』
心の中でぼやいていたのだった。




