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何もかもが合わないこの世界で  作者: いか人参


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【番外編】結婚式前の一波乱


雲ひとつない晴れた日の昼下がり、午前の予定を終えて休憩中のケルシュは、クリエの目がないのをいいことに、自室のベッドに寝転がり怠惰に過ごしていた。


王都から取り寄せた雑誌と茶菓子もベットの上に持ってこようと起き上がったその時、ノックもなくドアが開かれた。



「一体何をされてるのですか!」


「………はい?」


休憩をしていただけなのに、クリエに開口一番怒鳴られ困惑顔で見返したケルシュ。

いつもだいたい心当たりがあるのだが、今日に限っては全く思い浮かばない。


きっとクリエは疲れてるのね…


そう思ってたまには甘い物でも…と茶菓子を用意しようとした時、二発目の怒号が飛んできた。



「すぐにトーレン家の皆様のお出迎えのご準備を!!」

「あ」


結婚式に合わせて家族がアルシュベルテ領に前乗りすることになっており、朝の連絡で本日正午到着予定と聞いていたことをすっかり忘れていた。



「い ま す ぐ !!」

「はいいいっ!!」


クリエの迫力に圧倒され、ケルシュは死ぬ気で早着替えを行い正面玄関に走り込んだ。




「ちょっ!エイトル何してるのよっ!!」


玄関に到着した瞬間目に入ったのは、ダイテンの胸ぐらを引っ掴み固く握りしめた拳を振りかぶったエイトルの姿てあった。


暴力をふるおうとしているのに父ランロットにそれを止めさせる気配はなく、それどころか、険しい目つきでダイテンのことを見ている。何か理由があるのだと思ったが、考えるより先に身体が動いた。



「やめてっ」


とにかく止めようと、ケルシュは自分の身体を盾にしてエイトルの拳からダイテンを守るように割って入った。



「エイトル、貴方何やってるのよ!」

「コイツがお前のことを蔑ろにするからだ!」

「そのようなことは断じて…」

「うるせぇっ!嘘をつくなっ。この軽薄野郎!」

「ちょっと!一回ちゃんと話を聞かせなさい!」


ケルシュにキツく睨まれながら怒鳴られ、エイトルは歯を食いしばりながら渋々振り上げた拳を下ろした。



「で、何があったのよ?」


幼な子に言い聞かせるように、ケルシュはエイトルの両手首を掴んで自分の方に顔を向けさせる。真剣な顔でエイトルのことを見上げた。



「あいつが…あいつがお前のことをキズモノにしやがったから…」

「はい!??」「なっ…」


ケルシュとダイテンの素っ頓狂な叫び声が被った。まだ一線を越えてない純真無垢な二人は、エイトルの言葉に何を想像したのか、耳を真っ赤にしている。



「な、ななな、なにを言ってるのよ!そんなことしてないわよっ」

「まだしておらん!」

「ちょっと!!『まだ』って言わないでよっ」


二人の初々しいけれど生々しい会話に、騒ぎを聞きつけて集まった使用人達が生暖かい目を向けている。



「じゃあなんなんだよ、これはっ」


顔を赤くする二人にエイトルが突きつけたのは、ジャケットの内ポケットから取り出した結婚式の招待状であった。


何を言わんとしているのか分からず、それをじーっと見つめるダイテンとケルシュの二人。痺れを切らしたエイトルが更に声を荒げる。



「新婦の名前が書かれてないんだよ!こんなの婚約破棄と同義だろうが!」

「あ…」「なんだと?」


エイトルが指差した先、招待状の署名欄には確かにダイテンの名前しか記されていない。本来であれば夫婦となる二人の名が連なるはずだ。


思い当たる節しかないケルシュは頭を抱えてひどく狼狽えた顔を、事情を知らぬダイテンは誰かの仕業と疑わず今にも人を殺しそうなほど凶悪な顔をしている。



「ケルシュ様…早く白状なさってください。」


ケルシュの表情から素早く状況を読み取ったクリエは、彼女の背後から小声で進言した。



「それをやったのはその…わたし…です」

「「はぁ!??」」


ダイテンとエイトルの声が見事に重なる。なんなら、周囲にいた使用人達の声も何人か被っていた。



「どういうことだよ…」

「ごめんなさいっ!」


ケルシュはエイトルに向かって思い切り頭を下げた。



「えっとその…すぐに婚約解消されると思ってて…書き直すのも面倒よねって。だから空欄のままにしてて…それを忘れてそのまま出しちゃいました。本当にごめんなさい。」


潔く謝りもう一度深く頭を下げた。

玄関ホール一体になんとも言えない空気が漂う。


手を抜こうとしていたケルシュが悪いのか、それとも婚約解消をチラつかせていたダイテンのせいか、はたまた、早とちりして大事にしたエイトルが悪いのか…



「此度は申し訳なかった。」


頭を下げるケルシュの隣でダイテンも同じように頭を下げた。


公衆の面前で男が頭を下げるなどあり得ない。ましてやそれが辺境伯ともなれば尚更だ。さすがにこれはまずいわ…とケルシュがやめさせようとしたがそれを片手を上げて制す。



「すべては彼女に不安を抱かせてしまった俺の責任だ。ケルシュ以外と結婚するなど絶対にあり得ない。俺は彼女のことを心から愛している。」


「それなら私だって!ダイテン様の気持ちを決めつけて知ろうともしなかった。逃げていたんだわ。こんなにも深く想ってくれていたのに…」


「ケルシュ、君はそんなふうに俺のことを…」


顔を上げたダイテンがケルシュの頬に優しく触れる。

その大きくて暖かな手のひらを愛おしそうに両手で包み込むケルシュ。


互いに愛しく見つめる視線が交差した瞬間、吸い寄せられるように二人の顔が近づく。



「ケルシュ」

「ダイテン様」


ゆっくりと、互いの鼻先がくっつきそうなほど近づき、ダイテンが僅かに顔を傾ける。それを合図に少し上を向いたケルシュが瞳を閉じた。



「コホンッ」「おい、てめえっ」

「きゃあっ」「チッ」


その瞬間、父ランロットのわざとらしい咳払いとエイトルの怒鳴り声で遮られ、ケルシュの悲鳴とダイテンの舌打ちが聞こえた。



「この俺の目の前でワザとやりやがったな!」

「失礼した。俺の婚約者が可愛すぎてつい我を忘れてしまった。」

「よくもぬけぬけと…」

「続きは寝室で行うこととしよう。」

「ああ゛!?」「つ、つづ、続きって…えぇ!?」


ブチ切れるエイトルに弁明しつつ、横目でケルシュの反応を見て楽しんでいるダイテン。


そんな3人を生暖かい笑顔で見守る使用人一同。



「トーレン伯、ご婦人、長旅お疲れ様でございました。お部屋のご用意が出来ております。どうぞこちらへ。」


「ああ、世話になるよ。」


収拾のつかない3人を無視してクリエが前に出た。彼女に続き、他の使用人達も各持ち場へと戻って行った。


その晩、ケルシュはダイテンに揶揄われたとも知らず、一晩中緊張しっばなしで眠れずに過ごしたのだった。



お読みいただきありがとうございます!

いずれ結婚式当日の話も書けたらいいなって思っています。

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