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何もかもが合わないこの世界で  作者: いか人参


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告白①


邸の中で食事をする時でさえ正装を崩さないダイテンがケルシュの目の前で上着を脱ぎ、近くにあるソファーにそれを投げ捨てる。

そして、その下に着ていた黒地のベストのボタンを開け始めた。



「え、ちょっといきなり何して…」


動揺したケルシュはダイテンから目を逸らす。

彼の真意が全く読めず、自分の勘違いだと思いながらも心臓はバクバクと大きな音を立てた。


煩いほどに聞こえる自分の心音のせいで、ケルシュの動揺は更に増した。



「ケルシュに話さなければいけないことがある。」


「は、話ならこのまま聞くから!早く上着を着てちょうだい。」


「それでは駄目なんだ。」


苦しそうな声音で伝えてくるダイテン。

見たことのない薄手のシャツ姿と切羽詰まった声音が相まって、ダイテンからは並々ならぬ色香が漂っている。


顔を赤くしたケルシュが逃げ場を探すかのように部屋の中に目を向けた。

ぐるりと見渡した視線の先に数人は並べそうなほど広々とした寝台が映った。途端にケルシュの顔の赤みが増す。


これまで意識しないようにしていたのに、ここが二人きりの空間であり寝るための部屋であることを思い出してしまったのだ。



「着替えなら私は一度外に出るわ!」


視界の外からシャツを脱ぐ衣擦れの音が聞こえたケルシュは、堪らず後ろを振り向き、ドアの方へ逃げようとする。



「待て」


手首を掴まれたケルシュがそのままの姿勢で足を止める。

力強く握られた手を振り払うことが出来ず、足に力を入れて身を固くした。



「こっちを向いて欲しい。」


縋るように懇願してくるダイテン。

彼女の手首を掴む彼の手は微かに震えていた。


あまりの切迫感に、ケルシュは片目を閉じたままゆっくりと後ろを振り返る。



「え?」


そこには、シャツを脱いだ姿のダイテンがいたのだが、彼の胴体には晒しが幾重にも巻かれ、両肩には肩当てのようなものがついていた。


想像と異なる姿に驚くケルシュだが、ダイテンは構わずに身に付けていた最後の二つを取り払っていく。



「これまで騙していて本当にすまなかった。俺の立場上こうするしかほかなく…いや言い訳がましいな。俺は君に嫌われたくなかった。君に好まれる自分でありたかった。こんな奴で失望しただろう。もっと早くに言うべきだった…本当に情けない…」


昂る感情を必死に抑え込みながら、重罪を告白するかのように低い声で言ったダイテン。


上半身裸になった彼は、普段の正装姿からは想像もつかないほど華奢であった。

鍛え抜かれた腹筋だが胸板は薄い。生まれ持った骨格が小さく、肩幅が狭くて腕が細いのだ。


体格がものを言うこの国では、それは紛れもなく見下される側の見た目であった。



辺境伯の息子として生を受けた以上、臣下に対して絶対的な力を見せつけて秩序を守り、領民を先導しなければならない。

それを見た目のせいで阻まれてはならないと、第二成長期を迎える直前に彼の父親が取り繕うことを指南したのだ。


彼の姿が虚構であると知るのは、父親とキルトそして乳母であったアイドリのみであった。

元々後継者には養子を取るつもりで、世継ぎには関心のなかったダイテン。この秘密は墓場まで持っていくつもりであった。


そうしてこの年齢まで何一つ心に負担を感じることなく、嘘を貫き通してきたのだ。



「そんな…」


ダイテンからの告白を受けたケルシュは、両手で顔を覆い床に膝をついた。


彼は抱き止めようとしたが、不意に己の手が穢れているように感じられて一瞬躊躇した。その結果、床にへたり込むケルシュのことを上から見下ろす形となる。



「…君の反応は当然だ。姿を偽って虚勢で周囲を従わせていたのだ。北の英雄が聞いて呆れる。」


前髪を雑に掴み、耐え難い心痛を堪える。

今まで積み上げてきたものが一気に崩れ落ちる音がした。

それは自分のせいだと分かっているのに、何かのせいにせずにはいられない。



「だから俺は…この国が嫌いなんだ…」


生まれた瞬間に男女の価値を押し付けられ、同じ物差しでしか評価してもらえない。

いくら戦果を上げたところで、結局はこの国の価値観の中でしか価値を与えてもらえない。


だから俺はこれまで嘘を貫いてきたというのに、そのせいで唯一の愛する人を悲しませるなど…なんて馬鹿げた話なんだ。


昔から変わらぬ価値を押しつけるこの国も、結局はその価値を求める俺自身も、何もかもが嫌いだ。


俺に、人を愛する資格なんて無かったんだ…



頭痛と酷い吐き気に襲われたダイテンは、目頭を指で押さえた。

床に崩れ落ちたケルシュの思いは明らかであり、彼女の言葉を聞く勇気が持てなかった。



ー 今夜はもう部屋に戻ってもらおう。返事は明日手紙をもらえばいい。


軽く息を吸い意を決したダイテンは、爪が食い込みそうなほど拳を握りしめケルシュがいる足元に視線を落とした。



「ケルシュ、今夜はもう…」

「そんなことある…?」


ダイテンが声を発すると同時に、どこか惚けた顔のケルシュが床から立ち上がった。



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