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何もかもが合わないこの世界で  作者: いか人参


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お呼び出し


階段を降りてすぐ、絨毯の敷かれた廊下を邸の奥へと向かって歩いていく。


いつもならダイニングルームまで使用人に送ってもらうのだが、この姿でダイテンと顔を合わせるのを見られるのが気恥ずかしく、自分のことは良いから仕事に戻るようにと指示をした。


両脇にいくつもの部屋が並ぶ廊下は幅が広く、行き交う使用人の数も多い。

皆ケルシュの姿を視認すると端に寄って立ち止まり恭しく頭を下げてくれる。

大袈裟に扱われることを苦手とするケルシュは足を速めた。


ダイニングルームへと続く両扉の前、ケルシュは胸に手を当て呼吸と体温を整える。

嫌でも脳内にチラつく、「逢瀬」という単語を消し去るためだ。



「よし」


心を決めたケルシュが重みのあるドアに手を付き、静かに体重を掛ける。



「あれ」


いつもはゆっくりと重い動きで動くドアがなぜか手応えのないまますんなりと開いた。

驚いて後ろを振り向くと、にこにこと微笑む人物がケルシュの頭越しにドアを支えていた。



「随分とおめかししてんじゃん。」


「なんで貴方がここにいるのよっ」


にこにこを通り越してにやにやと笑っているのはキルトであった。

普段彼がここに来ることはなく、想定外の人物の登場にケルシュは動揺を隠せない。ましてや相手が揶揄ってくるのだから尚更だ。



「冗談はさておき、ダイテンから言付け。『緊急の仕事で夕飯には顔を出せない。手紙で伝えた内容は変わらずで頼む』とのことだ。」


「はぁ」


ケルシュは中途半端な声で返事をした。

気恥ずかしさから解放されてホッとする気持ちと、なんだいないのかと残念に思う気持ちが同時に沸き起こる。



「せっかくダイテン色に染めてきたのに残念だな。」


「…そんなんじゃないわよ。」


せっかく落ち着いた精神がまた波打ってきた。

ケルシュは、恨めしい顔でキルトのことを振り返る。



「ああでも、この後アイツと密会するんだろ?その時に見てもらえるからいいじゃんか。二人きりの時の方が効果抜群かもな。」


「!!」


うんうんそうだなと真面目な顔で口元に手を当てひとり頷くキルト。

いよいよ耐えきれなくなったケルシュがキルトのことを無視して部屋の中へと入ろうとする。



「なぁ。」


不意に弱々しい声で後ろから呼び止められ、ケルシュは前を向いたまま足を止めた。



「何をどう思うかはケルシュ嬢次第だが、アイツの話はどうか最後まで聞いてやってほしい。こんなこと俺が言える立場に無いんだが…」


「安心して。」


聞いたことのないキルトの自信無さげな声に、ケルシュは驚くことなく即座に肯定の言葉を口にした。



「私は貴方と違って育ちが良いから、人様の話を途中で遮るような真似はしないわ。」


凛とした声で言い放ったケルシュの言葉に、キルトが一瞬目を開く。

そのすぐ後、顔をくしゃくしゃにさせて笑い声を上げた。



「はははははっ。さすがケルシュ嬢。アイツはとんでもない人を嫁さんに選んだよな。」


「ちょっと、馬鹿にするのも良い加減になさいよ?」


「全力で褒めてんの。…アイツのこと、宜しく頼むよ。」


「分かってる。」


いつになく真剣なキルトの声音に、ケルシュも冗談めかすことなく恥ずかしがることなく真っ直ぐに答えた。


彼女の反応に満足したのか、キルトはひらひらと片手で手を振りながら軽い足取りで去って行った。




「もうっ…みんなして一体なんなのよ…せっかく平常心を保とうとしてたのに、こんな状態じゃ無理だわ…」


広いダイニングテーブルで1人席についたケルシュは、ぶつぶつと心境を吐露している。

冷静になった途端、押し隠していたはずの羞恥心が騒ぎ出したようだ。


本来であればダイテンがいたはずであった空席をしばし見つめた後、運ばれてきた料理を次々と口に運んで行った。

余計なことを考えたくなくて手元に集中した結果、あっという間に夕飯の時間は終わってしまった。



「もっとゆっくり食べれば良かった……」


ダイテンの呼び出しに応じる勇気が湧かず、ケルシュは飲みたくもないお茶をお代わりして無理に時間を稼ぐ。

だが抵抗虚しく、笑顔の使用人達による無言の圧力によって半ば強制的にダイニングルームの外へと追い出されてしまった。


廊下に座り込むわけにもいかず、事情を知るクリエがいる私室にも戻れず、ケルシュはもう一度覚悟を決める。



「ええいっ!なるようになれっ!!」


声を上げ、天井に向けて拳を突き上げたケルシュが立ち上がった。

そんな彼女の決意に、なんとなく察している使用人達は掃除をするフリをしながら心の中で拍手喝采していたのだった。




2階に上がり何度か角を曲がった先の突き当たり、指定された部屋の前に着いた。

邸の最奥に位置するこの部屋がダイテンの私室だ。


部屋の前に着き、ケルシュは改めて気持ちを整えた。

極度の緊張で吐きそうになる胃を拳で押さえつけ、もう片方の手で控え目にドアを叩く。



ー どうかまだ戻ってきていませんようにっ!


「入ってくれ。」


ケルシュの願い虚しく、ノックの一音目でダイテンから入室の許可が降りた。

こうなってはもう後戻りは出来ず、諦めたケルシュは舌打ちしたい気持ちを堪えながらゆっくりとドアを開けた。



「…呼び出しに応じて参りました。」


足元に落としていた視線を少しずつ上にあげると、広々とした部屋の奥にある執務机にダイテンの姿が見えた。


ケルシュの方を見て微笑み掛けるが、キリが悪いのかペンを走らせるスピードを加速させる。

彼女が部屋全体を見終わると同時に、ダイテンはペンを置き立ち上がった。



「夕飯に顔を出せずすまなかった。急に王宮に提出する報告書が増えてな、その確認を行っていた。寂しい想いをさせた。」


ケルシュの髪にそっと手を触れ、嬉しさが込み上げた声で囁きかけてくる。

その振る舞いは、すぐ目の前にいる彼女の存在を噛み締めているようであった。



「そのドレス、とてもよく似合っている。今度改めてその姿でデートをしよう。」


甘さのある声で言い、極上の微笑みを向けてくるダイテン。



「そんなことより!」


至近距離で放たれた美貌の暴力に、ケルシュは拳でダイテンの胸を突くという物理的な暴力で対抗する。



「今日は用事があって呼び出したのでしょう?」


「…ああ。」


打って変わって、ダイテンの表情は硬くなり声に覇気が無くなった。

纏っていた甘さも消え去り、辺りが緊張感に包まれる。


険しい表情へと切り替わったダイテンは一歩後ろへ下がり、ジャケットの襟元に手を掛けた。



「え」


驚いた言葉を失うケルシュの目の前で、ダイテンはゆっくりと上着を脱ぎ始めた。




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