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何もかもが合わないこの世界で  作者: いか人参


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専属使用人と使用人頭


「この前は無理に行かせてしまい、本当に申し訳ございませんでした。」


「クリエったらいつまでその話をしてるのよ。実害だって無かったんだし、気にしないで。はい、この話はもうお終い。」


ケルシュの私室、午後休憩のお茶を出しに来たクリエは低く頭を下げて謝罪の言葉を口にした。


あの一件以来、度々謝罪を受けているケルシュは最初こそ丁重に受け取っていたものの、今ではもう呆れに近い感情に代わりウンザリした顔をしている。


彼らが受ける処罰についてもキルトから説明を受け納得したケルシュ。

彼女にとってはもう懐かしむことのない過去の出来事であった。



「でも…」


「クリエさん、そろそろ…」


クリエが食い下がろうとした時、開いていたドアの隙間から同じ使用人仲間がひどく言いにくそうに声を掛けてきた。



「はい!仕事仕事!私に詫びる暇があったら少しでもこの家のためになることをしてほしいわ。私もこれ飲んだらまたすぐにダンスレッスンだし。」


ケルシュはクリエの両肩に後ろから手を置き、ドアに向かってえいやと押し出す。



「…畏まりました、ケルシュ様。お心遣い感謝申し上げます。」


「私ね、クリエには感謝してるのよ。あの時逃げていたらきっと陰でアイツらに笑われて良いように扱われていたと思うの。だから今、こうして辺境伯の婚約者として胸を張っていられるのは貴女のおかげなのよ。それをちゃんと覚えておいてよね。」


「ケルシュ様っ…」


ケルシュの言葉に目頭が熱くなったクリエはポケットからハンカチを取り出して目元を押さえる。

彼女の肩に触れていたケルシュの手にも身体の震えが伝わって来た。



「本当にケルシュ様は素晴らしいお方です。このようなお心の広いお方に仕えることが出来て私はこの国一番の…」


「は、はやくしないと次の仕事に遅れるわよ!今は大変な時期なのでしょ!」


「ふふふ…そうですね。あまりここでケルシュ様のお可愛らしい姿を晒してしまうと旦那様に叱られてしまいますから。クリエは参りますね。」


「ひ、一言多いのよっ!!」


『旦那様』という単語にしっかりと頬を赤く染めたケルシュに、クリエは微笑ましそうな笑みを残して迎えたきた同僚と共に次の仕事場へと向かって行った。




婚姻の儀まで残り1ヶ月となり、アルシュベルテ家の使用人達は連日その準備に追われている。


ただでさえ部屋数の多いこの屋敷の現状維持に日々労力が掛かっているというのに、それに加えて招待客の好みに合わせた備品の手配や衣装合わせに主寝室の準備など、やるべきことは多岐に渡っていた。


ケルシュの専属侍女であるクリエは基本的に主に関わる仕事しか行わないのだが、今の時期は例外であった。


冬晴れした今日は風も弱く、他の使用人と同様普段手入れの行き届いていない庭の街灯の清掃を行うことが指示されていた。

他の使用人達に混ざり、黙々と手を動かして汚れを落とす。




「クリエさん。」


作業に集中していると急に後ろから名前を呼ばれた。

脚立に登っていたクリエが声のした方に顔を向けると、アイドリの代わりに使用人頭となったレンスタが神妙な面持ちで立っていた。

仕事の立場上、上司に当たるレンスタからの声掛けにクリエは慌てて地面に降り立つ。



「何かございましたか?」


お仕着せのスカート部分を両手で払い、皺を整えながらクリエが真剣な表情で問う。


これまでレンスタに直接話しかけられたことがなく、ケルシュの身に何かあったのではないかと心臓の鼓動が速くなる。

強張った表情でレンスタからの言葉を待った。



「仕事中にすみません。」


いつもの通り前髪と後ろ髪を頭頂部まできっちりと結い上げ、皺ひとつないお仕着せを着こなすレンスタが頭を下げた。

綺麗な姿勢で丁寧に腰を折る様は貫禄があり、実年齢よりもだいぶ年上に見える。



「クリエさんって、ケルシュ様の異母姉なのでしょうか。」


如何なる時も生真面目に仕事に取り組むレンスタが輪をかけて真剣な口調で尋ねてきた。

ぎゅっとスカートの裾部分を握りしめて不安そうな顔を向けてる。



「へ?ど、どうしてそんな話が…??」


脈絡のない問いに、クリエからはなんとも間抜けな声が出た。



「立ち入ったことを聞いてしまいすみません。ただ使用人頭という立場になった以上、把握しておくべきだと思いまして…不躾な質問でした。」


レンスタの声が次第に小さくなる。

暗い表情で俯く姿は普段の仕事中とは大きく異なり、頼りなく見え年相応に感じられた。



「いえいえ、責めているわけでは決してなく、私とケルシュ様の間に血縁関係はありませんから、少し驚いてしまっただけですよ。どうしてそのようなお話になったのかと不思議で…」


「そう…だったのですか。私には特別親しい関係に見えたものですからつい…いやでも、夫人の専属侍女というものは本来主人の全てを管理するものであって、主人の意見よりも旦那様の指示に従うものであり…そうなるとやはり今のやり方は間違っているんじゃ…そもそもこのままじゃケルシュ様のご評判も…この関係を改善してもらうべきか否か…」


口元に指を当ててレンスタはぶつぶつと独り言を言い始めた。

内容は全てクリエの耳にも届いており、彼女はなんとも言えない表情をしている。



「レンスタさん」


「は、はいっ」


堪らず声を掛けたクリエだったが、レンスタの焦った返事が可愛らしく見え思わず吹き出してしまう。


アイドリの代わりにとケルシュと変わらない年齢で責任ある立場に抜擢され真面目に時に冷徹なほど冷静に取り組んでいたレンスタ。 

そんな彼女も本当は中身はきっとまだ普通の10代後半の少女なのだろうと、クリエの中に温かさが込み上げる。



「宜しければ、今から私の主人に会って頂けませんか?」


にっこりと親しげに微笑むクリエは、両手でレンスタの手を取り首をかげて見せた。



「はい…??」

「では、参りましょう。」

「え」


逡巡するレンスタのことを丸切り無視して、クリエは掴んだ手を引っ張り、ケルシュがいるであろう私室へと強引に移動して行ったのだった。




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