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何もかもが合わないこの世界で  作者: いか人参


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お迎え



「ケルシュ様、馬車までヘンネがお護りいたします。」


「…ええ、ありがとう。」


邸周辺の警備を行っていた騎士から安全確保出来たとの連絡を受け、ケヴィンは側にいた使用人の女性に視線を送る。

彼女はケルシュの目を覆っていた女性だ。ケルシュと同じ歳の頃に見え、色が白く華奢な見た目から「護る」よりも「護られる側」のように見える。


僅かに不安そうな顔をしたケルシュに、ヘンネは淡く微笑んだ。



「それなりに剣の心得はございますので、ご安心くださいませ。」


そう言ったヘンネは、スカートの腰部分に手を入れると短剣を取り出し、柄をチラ見せしてきた。

それは、一般人は目に触れる機会すらない立派な対人用の刃物であった。


微笑むヘンネからは、「それなりに」とは口ばかりの、玄人感が溢れ出ていた。



「あ、ありがとう。」


見た目とのギャップに思わず動揺するケルシュに、ヘンネは安心させるように柔らかく声を掛ける。



「馬車にはクリエが待機しています。参りましょう。」


「後片付けをする」と良い笑顔で不穏な言葉を言うケヴィンとその部下を大広間に残し、ケルシュはヘンネに先導され馬車に向かった。




「ケルシュ様っ!!」

「クリエ!」


ひどく不安そうな顔をしていたクリエは、ケルシュの姿を見た途端今にも泣き出しそうな笑顔へと変わった。



「ご無事で何よりです。護衛騎士の方々のお姿が見えたもので、一体何事かと…心配しておりました。何かあったのです?」


「えっと、それがね…」


どこからどう説明するか、どこまで話して良いものなのか、ケヴィンはどういう形で今回の一件を処理するつもりなのか、それによっては自分も口裏合わせをする必要がある…そんなことを考えたケルシュが顎に手を当て口籠る。




「ケルシュっ」


その時、物凄い速さで馬が地面を蹴る音ともに、声を張り上げてケルシュの名を呼ぶダイテンの声が聞こえた。


ダイテンは手綱を思い切り上に引き上げ、前足で宙を蹴る馬は停車していた馬車に接触寸前の位置で止まった。



「ダイテン様っ!!?」


颯爽と馬から飛び降りたダイテンに、ケルシュが駆け寄る。

何を思ったのかダイテンは一歩踏み出し、駆け寄ってきたケルシュのことを両手で受け止めそのまま力強く抱きしめた。



「ちょっと!いきなり何をっ……」


ダイテンのごつい腕の中で呻くケルシュ。



「…愛しのケルシュか俺の胸に飛び込んできたからつい我を忘れてしまった。」


「は、恥ずかしいことをしれっと言わないで!驚いて近づいただけよ!それを貴方が勝手に抱きしめにくるからっ。大体こんな人様の敷地内で一体何をして…」


「悪かった。」


「え?」


声を落としたダイテンは、ケルシュの頭を包み込むように両手で抱きしめた。

鍛えられた厚みのある胸板に片耳を押し付ける姿勢になったケルシュ。


不思議と嫌な気はせず、自分でも驚くくらいに胸の鼓動が速くなっていた。



「俺のせいで、ケルシュのことを危険に晒してしまった。詫びのしようもない。本来なら命を持って償ったとしても赦されないものだが、できることなら俺はケルシュと共に今を生きたい。愚かな俺に、もう一度だけ機会をくれないだろうか。」


「愚かだなんて、そんなことあるわけないじゃない。」


「赦してくれるのか…」


ダイテンは驚いた顔でケルシュの頭からを離すと、少し身体を離して彼女の真意を探るかのように不安げな様子で顔を覗き込んだ。



「まさか、今更私の側を離れるなんて言わないわよね?」


「ケルシュ…ああもちろんだ。一生側にいて君のためだけに生きることを約束する。見捨てないでくれて本当にありがとう。」


茶目っ気たっぷりに片眉を上げて言ってきたケルシュに、ダイテンは瞳を滲ませる。



「ダイテン様はいつも大袈裟なのよ。」


「ケルシュ、帰ろうか。」


頬を膨らませて照れ隠しをするケルシュ。

相変わらず分かりやすい彼女の態度に、ダイテンは愛おしそうに目を細めながら手を差し伸べた。



「ええ、疲れたからもう帰りた…ってちょっと!!はああああああああっ!!?」


「ん?どうかしたか?」


彼女の悲鳴にも動じず、ダイテンはいつものように甘ったるい声を返してくる。


蕩けるような笑みを見せるダイテンは、ケルシュの手を掴んだ瞬間彼女のことを横抱きにして抱え上げていた。

馬車までエスコートしてくれるものだとばかり思っていたケルシュは、突然の浮遊感と密着と顔の近さに悲鳴を上げたのだ。



「どうかしたかじゃないわよ!早く下ろしてよ!!!恥ずかしくて死ぬわっ!」


「ああ、少しだけ我慢してくれ。」


「え?」


ダイテンは横抱きにしていたケルシュを片手で抱っこし直し、もう片方の手で手綱を掴み左足を鎧にかける。



「きゃあああああああああああああっ!!」


そして、彼女のことを抱えたまま強く地面を蹴った。

重量感のあるドレスの裾がふわりと宙に舞い、ダイテンは蹴った足を高く上げ重力を感じさせないほど軽々と馬に乗る。



「よし、帰るか。」


ケルシュを後ろから抱きしめる体制となったダイテンは両手で手綱を握ると笑顔を向けてきた。

有頂天になってる彼には、相変わらずケルシュの悲鳴が聞こえていないらしい。


腹が立つほどに美しい笑顔にケルシュが軽く睨み返す。



「こんなの聞いてないわよ!どうして私まで馬で帰らないといけないのよっ」


「それは、馬車よりも密っ……早く邸に着けるからな。」


「ちょ、ちょっと!!今変なことを言おうとしたでしょうっ……!!!」


「…気のせいだ。」


気まずそうに視線を逸らしたダイテンは、話を有耶無耶にするためしれっと馬のスピードを上げた。



「ひゃあああああっ!!!!」


全身で感じる疾走感にケルシュが悲鳴を上げる。


実際は、ダイテンが安定した姿勢で彼女の身体ごと包み込んで押さえているため悲鳴を上げるほどの恐怖は感じていない。

だが、ダイテンが言いかけた言葉のせいで変に現状を意識してしまい、叫ばないとやってられなかったのだ。


ダイテンの馬は、アルシュベルテ家に向けてあっという間に走り去ってしまった。


小さくなっていくケルシュの悲鳴に、残されたクリエとヘンネが耳を澄ます。



「大丈夫そうですね。」


「本当にケルシュ様ときたら…あんなに抜群の状況でなんて色気のない声を上げて…これでは旦那様に見放されてしまいます。お気持ちにも素直にならないですし、せっかくあんなにも大事にしてくれるお方に出会えたというのに…ああもう…」


職務に戻ろうしたヘンネが声を掛けるが、クリエはそれどころではなかった。


婚約期間の期限が迫っているといのに、一向に素直にならないケルシュに気を揉んでいたのだ。

こんなにも気のないふりをしていては、いくら優しいダイテンでも愛想を尽かしてしまうかもしれない。そんな不安の渦の中にいた。



「ケルシュ様ならちゃんとご自覚なさっていますよ。どれだけ旦那様のことを想っているか、観衆の前で啖呵を切ってましたから。」


クリエのことを不憫に思ったヘンネがせめてもの気休めにとばかりに気遣いの言葉をかける。

だが、クリエは想像以上の食い付きの良さを見せた。



「そ、それは本当ですか…!!?あのケルシュ様がそんなことをっ………そのお話詳しくお聞かせ下さいっ!!!」


がっしりと両手でヘンネの肩を掴み、血走った目を向けてくるクリエ。


そんな彼女の様子に若干引きながらも、「うわ、ああこれは収まらないやつね」と諦めたヘンネは話し始めた。


ヘンネがクリエに話した内容はその日のうちに邸全体へと広まり、ダイテンとケルシュに向けられる目が暖かいものになったのは言うまでもない。




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