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何もかもが合わないこの世界で  作者: いか人参


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嫌われる男


同じ日、領地内の定例視察から戻ったダイテンは普段と変わらずキルトと共に執務室にいた。

この後はもう予定が入っていないため、机に向かい黙々とペンを動かす。


窓から西日が差し込み机上の紙に反射する。気付いたキルトが立ち上がり、レースのカーテンを下ろした。



「…案外冷静なんだな。」


「何がだ?」


立ち上がりついでに声を掛けたキルト。

だが、ダイテンの返事はそっけなく並々ならぬ集中力でペンを走らせ続けている。



「ケルシュ嬢のことだろ。お前のことだから、自分も同行するとか言ってまた逃げ出すと思ったから正門の警備を強化したんだけど、杞憂だったな。」


「知らないのか?束縛する男は嫌われるんだぞ。」


「お前にだけは絶対に言われたくねぇ……」


ため息を吐いたキルトは乱暴に椅子を引いて腰掛けた。

ダイテンに対するイラつきをぶつけるように目の前の仕事を手早く処理していく。




ー コンコンコンッ


「執務中に失礼致します。タンテロン殿、騎士団長に代わり隊員の届出を提出しに参りました。」


執務室に現れたのは、アルシュベルテ家が保有する私兵団の副団長であった。


ダイテンよりもやや年上の浅黒い肌をした屈強な男は、胸ポケットから取り出した書類をキルトの机上に提出すると軽く頭を下げた。


提出された書面に、キルトが鋭い視線を向ける。



「…休暇届だと?俺は何も聞いていないが。そもそも休暇届は前月に翌月分を申請するのが規則だろ?それを事前の相談もなしにこんなこと…」


「問題ない。」


低い声でキルトの言葉を遮ったダイテンは、大きな身体を縮こまる副団長に視線を向け退出を促した。

視線を受けた副団長は、ダイテンとキルトに向かってもう一度深く頭を下げると逃げるように執務室から出て行った。



「おいこれ、一人どころかほぼ半数の休暇届じやねぇか…いくら今日半日の休暇とはいえ、こんなことが許されるはずがないだろ。これだけじゃ領地内で何かあったら対処なんて出来ない。この人数では邸の競警備さえ疎かに…………っておい、お前。」


たった一枚の届出に見えたそれには、何十名と言う名が書き連なっており、こんな人数が同時にしかも当日に申請を出すなど異常事態でしかない。


一瞬クーデターの可能性を頭に浮かべたキルトだったが、すぐに真因に思い至った。

涼しい顔でしれっと職務に戻るダイテンに、凍てつくような視線を向ける。



「隊員たちをキリージュ伯爵家に向かわせたな?」


言葉は疑問系であるものの、キルトの口調は確信を持ったものであった。

突き刺さるようなキルトからの視線に、ダイテンが僅かに身体を強張らせる。




ー コンコンコンッ


副団長に続いて執務室に現れたのは、アイドリの代わりに使用人頭となったレンスタであった。


彼女はまだ20代で年齢こそ若いが、幼少の頃から母親と共にこの邸に住み込みで働いており、全てにおいて技術が高く気配り上手てある。何より、アルシュベルテ家に対する忠誠心が高い。


その忠誠心とケルシュと歳が近いことから使用人頭に抜擢されたのだ。



黒い髪をまとめ上げてシニヨンしてお仕着せを着た姿のレンスタは、実年齢よりも大人びて見える。堂々と歩く彼女は、キルトではなく真っ直ぐにダイテンの前へと向かった。



「旦那様、手配が完了致しました。」


「…ご苦労。」


凛とした声音で言ったレンスタは、綺麗な姿勢で一礼した後そのまま部屋から出て行った。



「お前まさか使用人までキリージュ家に忍ばせたのか…?」


キルトの眉間に皺が寄り、語気が強まる。

固く握られた彼の手の中にあるペンは、ミシミシと音を立て今にも折れそうだ。


先ほどまで抱いていた疑念は確固たる確信へと変わり、ダイテンに対するキルトの怒りは驚愕へと変化しつつあった。



「おい、束縛する男は嫌われるんじゃなかったのか?」


「……これは見守るだけであり、断じて彼女の行動を制限するようなものではない。」


「良いように言いやがって、まったく!自分に自信がなくて後ろめたくて、彼女が嫌にならないか心配で堪らない、結局は弱い自分が安心するためだろ?」


「・・・」


ダイテンからの返事はなく、執務室内には重苦しい空気が流れる。

しばしの沈黙ののち、ダイテンは徐に立ち上がるとクロークに掛けていたジャケットを羽織った。



「…外の空気を吸ってくる。」


キルトのことを見向きもしないまま、ダイテンは一言だけ言い残すと足早に執務室を出て行った。



「また逃げたなあいつ。ああもうめんどくせぇ…」


いつかと同じように外に逃げたダイテンに、キルトは頭を抱えた。

一種の職業病のように無意識に時計を見上げると、彼は頭を抱えたままこの後の予定を脳内で組み直していく。


当初の予定との差異を洗い出して最も影響のある順に並べ、それをダイテンの対応が必須なものかそうでないものかに振り分ける。

その結果ダイテンの分については各関係者に連絡を行い、代行できる分は真っ先に片付けたのだった。




***




「まぁそれはお可哀想。ぜひ私もお話させて頂きたいですわ。」


「わたくしもぜひ。しかし困りましたわね…わたくしはケルシュ様のお好きなものをご存知ありませんの。」


カナリアの一声で近づいてきた年若い令嬢二人が頬に手を当て大袈裟に悩む仕草をしている。


二人とも、淡いミントグリーンのドレスとライトブルーのドレスを身につけており、パートナーと思われる男性が後ろに控えていた。

一応カナリア主催の茶会という名目上、この場では女性である彼女たちに主導権が委ねられているらしい。


そんな二人に、カナリアはとびきりの笑顔を向けた。



「ケルシュお姉様は、宝石やジュエリーにお詳しいのよ。ねぇ、お姉様?」


ぽんっと可愛らしく手を叩いたカナリアは、ケルシュに可憐な笑顔で微笑み掛けた。



「宝石…?」


何よそれ…そんなの全く詳しくないわよ。一体彼女は何を言って…いいえ、でもこれはチャンスだわ。アイドリのおかげで、人並みくらいの知識はある。適当に話を合わせて、キリの良い所で引き上げれば良いわ。


ええ、そうしましょう。



「ええ、そうね、ジュエリーにな私も興味があっ」

「ケルシュお姉様はね、ダイテン様が用意してくださった婚姻の儀で使う宝飾品を全て選び直したのよ。よほどこだわりがあるのだわ。殿方のご厚意を無碍にするんですもの、きっとこの国の誰よりも詳しくていらっしゃるのでしょう。」


小さなハンドバッグから扇子を取り出したカナリアは、片手で開くと口元を隠して微笑んだ。



「まぁ!」「なんですって!」


悲鳴に近い驚愕の声が上がる。

彼女たちを取り囲んでいた周囲の人間からも驚きの声が上がった。

ケルシュに、侮蔑の視線が集中する。



「本当にケルシュお姉様は凄いですわ。殿方がいなくても立派に生きていけるのではなくて?むしろ、お一人の方がお似合いかもしれませんわ。」


話しながら堪えきれないようにクスクスと可憐な笑い声を上げるカナリア。

同調するように周囲からも馬鹿にした笑い声が響く。


この状況では何を言っても無駄だと判断したケルシュは俯き、拳を握りしめて唇を噛んだ。

そんな彼女の姿を嘲笑うかのように、カナリアは楽しげな口調で話を続ける。



「このような女性を選ぶだなんてダイテン様もダイテン様ですわ。一時の感情に流されるだなんて、初めてのお相手で舞い上がってしまったのかしら?お可愛らしいですわね。ふふふ。」


全く笑っていない目元でクスクスを笑い続けるカナリア。

彼女の付近の者達も馬鹿にしたような笑い声を上げ始め、それはやがて大広間全体へと伝播していく。


黙ったまま俯くケルシュだったが、自分ではなくダイテンのことを馬鹿にされている光景に自分の中で何かが強く弾ける音がした。





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