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何もかもが合わないこの世界で  作者: いか人参


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羨望



「は………………………」


ケルシュから待機を命じられたダイニングルームにて、一人声を漏らしたキルト。


彼は彼女に促されるまま着席しており、テーブルの上に次々と並べられていく料理の数々に目を丸くしている。

準備を終えた使用人が退出すると、向かいの席に腰を下ろしたケルシュは召し上がれと言わんばかりに手の平を見せて笑顔を向けてきた。



「俺…いや、私には職務が…」

「そういうのいいわよ。せっかくのお料理が冷めてしまうわ。」


慌てて取り繕うとするキルトの言葉を、ケルシュは最後まで聞くことなくぶった斬った。

彼は、いよいよ訳がわからないといった表情で軽く頭を振る。



「昨日から何も食べていないのでしょう?」


すると、先ほどよりも柔らかな声音で、ケルシュは申し訳なさそうに言ってきた。

ここまで言われてようやく彼女の気遣いだと理解したキルトが、驚愕の表情をケルシュに向ける。



「なんでそれを…」


無意識に口をついて出た言葉だったが、キルトはすぐに後悔した。



理由なんて聞いてどうする。

いくら主人の破天荒な婚約者とはいえ、女からこんな惨めな言葉を掛けられる時点で俺は終わってる。せっかくここまで完璧に事を進められたというのに。また俺は女に心配を掛ける側の人間になるのかよ。


あぁ、情けねぇ……




「ダイテン様が一人でいらっしゃったでしょう?本来隣にいるはずの貴方がいないということは、領地で急ぎの仕事を片付けているということ。そんな貴方が彼とたった半日の差でこの邸に着いたのだもの、それは相当無理をしたんだなって誰もが思うはずだわ。」


俯くキルトに、ケルシュは透き通るような青い瞳で真っ直ぐに見つめる。



「はっ。なんだよそれ。」


自嘲するように鼻で笑ったキルトが視線を上げ「余計なお世話だ」と言い返そうとした瞬間、労いと感謝の気持ちを込めた青い瞳が視界に映った。

彼女の真摯な瞳から彼が危惧した「蔑み」や「嘲笑」の類は一切感じられず、ただただ彼の身を案じる気持ちだけが溢れていた。



「ああもう、分かったよ!」


ケルシュの偽りのない視線に耐えきれなくなったキルトがカトラリーを両手に取る。



「食えばいいんだろ!食えば!」


荒っぽい声を出すキルトだったが、その口調とは真反対に染みついた優雅な所作で食材を切り分け丁寧に少量ずつ口に運んでいく。



「怒って食べるとご飯が不味くなるわよ。」


下がらせた使用人の代わりに水を注いであげたケルシュは行儀悪く頬杖をつき、呆れた声を上げた。



「は。そんなんで味が変わるかよ。」


食欲全開で食べ続けてあっという間に皿を空にしたキルトは、流れるような所作でナプキンを手に取り口元を拭うとティーカップに口を付けた。

カップをソーサーに戻す僅かな動きですら、優美にこなすキルト。


そんな彼の仕草に、ケルシュの目が釘付けになる。



「貴方が羨ましいわ…」


「急にどうしたんだよ。」


真正面から羨望の眼差しを向けてくるケルシュに、今度はキルトが呆れた声を出した。

迷惑そうな顔を向けつつ、彼女の空になったティーカップにお代わりの紅茶を注ぐ。


会食の場では女性が給仕の類を担うのがこの国の慣わしであるが、キルトはケルシュの心遣いに対する感謝の意味を込めて代わりに行った。

そして、昔からエイトルに姫のように扱われ、今はダイテンに気遣われているケルシュは、彼の好意を違和感なく享受する。


そんな彼女らしい振る舞いに、キルトは思わずフッと笑みをこぼす。



「…」

「で、何が羨ましいって?」


キルトは半眼で睨んでくるケルシュをさらりとかわし、組んだ手の上に顎を乗せ貴族らしい優雅な微笑みを返してきた。



「そういうところよ。」


むすっとした顔でキルトのことを見るが、彼がそれを気にする様子はまるでない。ニコニコと話の続きを待っている。


諦めたケルシュがため息混じりに口を開いた。



「貴方は中身が雑なのに、人前ではダイテン様の臣下としてちゃんと出来ているでしょう?そうやって使い分け出来ることが羨ましいの。」


「おい、中身が雑って言うな。」


「私も貴方みたいに上手く本音と建前を使い分け出来れば、ダイテン様の迷惑にならなくて済むのに。私がこんなだから、アイドリも目頭を立てたのよ。私がもっとちゃんと上手く出来ていれば…」


話しているうちに己に対する情けなさが込み上げてきたケルシュ。最後の方は声が震えていた。




「俺は一度壊れているから。」


「…それってどういう意味?」


「そのまんま。俺はとっくの昔に心が壊れていて、取り繕わないと人と話せないの。だからこれは、なりたくてなったんじゃなくて、心を歪ませた成れの果て。こんなのは真似するものじゃない。」


嘘くさい笑みもへらへらした笑みもなく、真面目な表情のキルトはいつになく真剣な声音であった。



「それに、あいつはケルシュ嬢のありのままの姿に惚れたんだろ。」


「そんなの単に物珍しかっただけよ。すぐに飽きるわ。」


「なんだ、あいつのことちゃんと意識してんじゃん。大丈夫、離してって泣いて懇願しても手放してもらえないって。」


「ゴホッゴホッゴホッ」


ティーカップに口をつけていたケルシュが盛大にむせた。


キルトは声に出して笑いながら彼女に向かっておしぼりを放り投げ付ける。

無礼極まりない行為だったが、二人以外に人はいない為ケルシュも腕を伸ばして片手でキャッチした。



「ちょっと急に変なこと言わないでよ!」


ニヤニヤと口の端を上げるキルトに、ケルシュは怒りのままおしぼりを投げ返した。



「はははっ。悪かったって。でもあんま気にすんなよ。あいつはどんなケルシュ嬢だって受け入れたくて仕方ないんだから。素直になれって。」


「もうっ。早く仕事に戻りなさい。」


恥ずかしさが込み上げてきたケルシュはテーブルに両手を付き、この場から逃げるように立ち上がる。


茶化して言われたのなら怒り返すことが出来たのだが、キルトが本心から言っていることが分かり怒るに怒れなくなってしまったのだ。




「ああ分かったよ。食事ありがとうな。」

「…随分と楽しそうだな。」

「うげっ」「ひいっ」


いつの間にか開いていたドアの前、両腕を組んだダイテンが立っていた。

鬼のような形相で辺り一面に怒気を放ち、凍てつく視線をキルトへと向ける。



「いや、勘違いだ。これはただその…」

「ほう。俺が何をどう勘違いしたって…?俺にだけ仕事を押し付けてケルシュと仲良くお喋りとはな。言い分があるのなら聞くが?」

「………俺が悪かった。」


鋭い視線のまま剣に手をかけたダイテンは一歩間合いを詰める。

命の危機を感じたキルトは目を伏せて両手を上げ、全面降伏の姿勢をとった。額には汗が滲んでいる。



「ケルシュ、君とは二人きりで話がしたい。」

「……………ええ。」


これまで聞いたことのない冷え切った声音に、ケルシュにしては珍しく素直に頷いた。


その後、キルトは邸から追い出される形で馬の世話を命じられ、ケルシュは半強制的にダイテンの仕事部屋に連行されて行ったのだった。





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