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何もかもが合わないこの世界で  作者: いか人参


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ダイテンのケジメ


ランロットから片付けを命じられたエイトルをあの場に残し、ケルシュはダイテン達と共に一階の客間に移動していた。

自分には関係ないと思っていたが、ダイテンは当然のようにケルシュの手を取り引っ張って行ったのだ。




「いやいやいやいや、何なのよこの状況は…………」


不穏な空気を察知した彼女は壁に背をつけ傍観者を決め込むつもりであったが、気付けば口を開いてツッコミを入れていた。

彼女の眼前に無視できないほど異様な光景が広がっていたせいだ。



「ケルシュさんを俺にください!」


床に跪いたダイテンが頭を深く下げ、ソファーに座るランロットに願いを乞う。



「マジで何やってるの………………」


ケルシュの悪い想像が見事に現実化された。


放心した彼女は、額に手を当て現世のケルシュらしさを忘れてつい前世の粗雑な口調に戻る。


この国で男が頭を下げて結婚を申し出るなど御法度中の御法度だ。

こんな所業が明るみに出れば後生笑い者にされるだけでは済まされず、その男の子ども、孫、ひ孫、玄孫…と血縁が続く限り周囲から蔑みの目を向けられることだろう。



ランロットに向けて床に額がつくほど頭を下げたまま顔を上げようとしないダイテン。

どうやらこの家の当主から許しを得るまでその低姿勢を崩す気は無いらしい。

一方のランロットはソファーに座り込んだまま険しい表情で俯き、言葉を発する素振りがない。


頭を下げ続ける男とそれをやめさせようとしない男。客間は混沌と化した。

埒の開かない状況と重苦しい沈黙が続き、ケルシュの焦燥感と苛立ちが最高潮に達する。



「ちょっと、二人ともいい加減にっ………」

「お前にケルシュのことを幸せに出来るのか?」

「はぁ!??」


顔を上げたランロットがようやく口を開く。だが、その言葉はケルシュの予想の遥か斜め上を行く。

辺境伯という高貴な身分で下の者に頭を下げるダイテンも大概だったが、その彼に対して父親の威厳を撒き散らしながらお前呼ばわりするランロットも相当であった。



「いやもうほんと…勝手にしてちょうだい…」


ドアの近くに立っていたケルシュは痛む頭を抱えて部屋から出て行こうとする。



「い…………………」


背後からの圧を感じたケルシュが振り返ると、すぐ後ろにダイテンが迫っていた。

いつの間にかドアのそばに移動していたダイテンは、驚きで声の出ない彼女の腰を抱えるようにして自分の方に抱き寄せる。



「彼女のためなら、財産も地位も名誉もこの命さえも投げ打って構わない。何を代償にしても俺は必ずケルシュのことを幸せにする。」

「なっ、ななな、なんてことを言ってるのよ!辺境伯様がそんなことを言っては示しがつかないでしょう!!貴方自分が何を言っているのか分かっているの!?」


ダイテンとの身体的密着と甘ったるい言葉に小っ恥ずかしさで身もだえるケルシュ。

父親を目の前にして繰り広げられるダイテン劇場に、腰を抱えられて逃げられない彼女は両手で顔を覆うことしか出来ない。


「もう何でもいいから早くこの話終われ!」と心の中で声にならない声叫び声をあげる。


耐えきれない羞恥心によってこのまま命が尽きるのかもしれないとケルシュが諦めかけたその時、漸く山が動いた。

ギシギシと皮張りのソファーの軋む音と共にランロットがゆっくりと立ち上がる。父親が何とかしてくれるはずとケルシュは期待の目を向けた。




「ダイテン君、よく言った。それでこそ娘を預けるに値する男だ。見直したぞ。」


またもやランロットは父親としての風格を全面に出しながらダイテンの正面に立ち、堂々とした素振りで彼の肩を力強く叩く。



「ありがとうございます。義父上。」


ダイテンはケルシュの腰を抱いたまま、感極まった声音で礼を言うと、その感動を分かち合うかのようにケルシュに向かって微笑みかけてくる。その瞳は涙で潤んでいた。



「だから何なのよこれ…………」


置いてけぼりにされたケルシュは1人冷めた目をしていた。




「姉様、終わったか?」

「エイトルっ!!!」


その時、中々戻ってこないケルシュ達のことを心配したエイトルが客間に顔を出してきた。

今度こそ救世主が訪れたとケルシュはダイテンの腕から無理やり逃れて歓喜の声を上げる。



「さすがは私の弟だわ!エイトル大好きよ!さぁ、お腹が空いたから夕飯にしましょう。」

「こういうときばっかり…………」


不服そうな声を上げるエイトルだったが、ケルシュに頼られて悪い気がするはずもなく、満更でもない顔をしている。彼女に誘われるまま部屋を出て行った。


ケルシュがいなくなり、がらんとした客間にランロットとダイテンの2人が取り残される。



「大好き…大好きって今…そんな言葉、ケルシュに言われたことはない……」


がっくりと項垂れるダイテンの肩をランロットが慰めるように優しく叩く。



「安心しろ。俺もお父様大好きなんて言われたことはない。」


慰めるはずのランロットだったが、不覚にも昔のことを思い出してしまい胸が痛み出した。

傷心した男2人はしばらくの間呼吸すらままならず部屋の中央でただ突っ立っていたのだった。





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