手紙と後悔と
「お昼食べ損ねたわ…」
ケルシュは、ため息と共に悲壮感に溢れた声音で吐き出した。
昼食を取らないままダイテンから逃げるように自室に戻ってきたケルシュは、クリエに手伝ってもらいながら土に塗れた服の着替えと化粧直しを行っている。
身支度を整えソファーにぐったりと腰を下ろしたケルシュの元に、クリエが冷たい紅茶と軽食を持って来た。
「キルト様より、『先ほどはご無理を言いまして申し訳ありません。どうぞお召し上がりください。』と承っております。」
ケルシュのことを邸まで送り届けたキルトが気を利かせて、近くの使用人に軽食の用意とクリエへの託けを頼んでいたらしい。
美味しそうなものを眼前にした瞬間彼女の顔から悲壮感が消え去り、途端に口角を上げ瞳を輝かせる。
ケルシュはこの部屋にクリエしかいないのを良いことに、両手でバケットサンドを掴み雄々しく大口を開けてかぶりついた。
口元に垂れたソースを指で拭いながら幸せそうな顔で噛み締めている。
「ムカつくわね。物凄く嫌味で完璧な二面性だわ。」
食事を満喫し終えた瞬間、ケルシュは嫌そうな顔で悪態をついた。
誰のこととは言わず暴言を吐く彼女に、だいたいの検討が付いているが関わりたくないクリエは曖昧に笑って誤魔化す。彼女の常套手段だ。
「私もあのくらい使い分けが出来たら楽に生きられるかしら…ええそうね。今度折を見て尋ねてみましょう。単純に興味もあるし。ふふふ。」
「ケルシュ様にお手紙が二通届いております。」
不敵な笑みで食後の紅茶を楽しむケルシュの前に、クリエは話題を変えるように二通の封筒を並べた銀のトレーを手にして近づいて来た。
「私宛に手紙なんて珍しいわね…」
ケルシュは手の届く距離にある二通の封筒にすぐには触れず、すっと目を細めて凝視する。
そして、彼女から見て左側にあるシンプルな淡いピンク色の封筒を目にして顔を綻ばせ、その右にある花模様の透かしと金の縁取りがされている封筒を見て思い切り顔を歪めた。
「クリエ、その右側のやつは処分でいいわ。」
「…ケルシュ様、こういう時は鼻が効きますね。」
キリッとした顔で処分を命じて来たケルシュに、クリエは呆れた顔で大袈裟に息を吐いた。
「ケルシュ様のご想像通り、こちらはアルシュベルテ家の分家に当たるキリージュ伯爵家からのお茶会の招待状です。婚約祝いという名目上断れるわけがありません。こちらから承諾の旨を返信しておきます。」
「…クリエの意地悪。お茶会って女達の修羅場って聞いているわ。想像するだけで吐き気がしてくる…うぅ…」
「考え過ぎです…。アイドリさんからも言われているでしょう。ちゃんと挨拶なさってきて下さいね。それと、こちらはご友人の…」
「あっ!!ランナからの手紙っ!!」
クリエが最後まで言う前に、ケルシュは銀のトレーの上から奪い取るようにしてピンク色の封筒を手にした。
両手で抱きしめるように抱えながら、嬉しさを爆発させるようにベッドに飛び込んだ。
うつ伏せのまま足をバタバタとベッドに打ちつけながら、クリエに手渡されたペーパーナイフを使い封筒から便箋を取り出す。
アルシュベルテ家に来てから最も幸せそうな笑顔で手紙を読み出したケルシュ。
友人からの手紙を手にして心底嬉しそうにしている彼女の姿に、側に立つクリエの口元が緩む。
だが、ケルシュが嬉しそうな顔をしたのも束の間、左から右へ目を走らせる度に眉間の皺が増えていく。
「何やってんのよ、アイツはもうっ…」
手紙を読み終えたケルシュは腹ばいの姿勢から起き上がり、ランナからの手紙を握りしめたまま立てた膝に顔を埋めた。
「どうなさいましたか?」
側にいたクリエが不安そうにケルシュの顔を横から覗き込んだ。
目を合わせようとしたが、ケルシュが顔を上げる気配はない。
「エイトルの馬鹿がお父様と喧嘩したそうよ。学園にもしばらく行ってないみたいで、親交のある貴族達の間で噂になってるって…」
「エイトル様がそんなことを…ケルシュ様がいなくなって寂しかったのでしょうか…」
クリエも不安そうに声を震わせている。
後妻の連れ子とは言え、彼女の目からはケルシュの橋渡しの甲斐もあり表面上はなんら問題のない親子に見えていた。
それどころか、時折ケルシュのことを心配する様は父と息子でとてもよく似ており、本当の家族のようだとさえ感じていたのだ。
「あれは元々私のせいなのよ。」
ケルシュは顔を上げないまま独り言のように漏らした。
側で聞いていたクリエは彼女の唐突な告白に真意を掴めず、黙ったまま姿勢を崩さずに話の続きを待っている。
「私のせいで、エイトルの人生を変えてしまったの。だから私は、彼に報いらないといけないのよ。私があの時、もっとちゃんとしていれば…」
ケルシュらしくない、抑揚のない低い声でぽつりと落とされた言葉は彼女の抱えた膝の間に吸い込まれていった。




