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何もかもが合わないこの世界で  作者: いか人参


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32/59

新たな扉


土埃の立つ練習場の中央、ダイテンは1人だけ襟付きの白シャツに黒のズボンを着ており、周囲が土に塗れる中純白を保っていた。

そして、伸縮性の悪そうな服装にも関わらず、向かってくる相手に対して軽々と剣を振るう。


真正面から向かってくる相手に、己に向かう刃よりも数段早く横一閃に斬りつけて相手の剣を力で弾き飛ばす。


ダイテンが振り抜いた剣を鞘に納める前に、今度は息を潜め背後から足元を蹴り付けてくる者がいた。


常人であれば、腕と剣先に預けていた重心を身体の中央に戻すため僅かに反応が遅れるものなのだが、ダイテンはまるでその攻撃を予測していたかのように瞬時に対応してみせた。

伸ばし切った腕を真下に下ろして蹴りを入れてきた足先に突き刺したのだ。



「うわああああああああっ」


足の爪先を刺された相手は、剣を引き抜かれた瞬間両手で片足を押さえて転げ回っている。

出血はなく、靴の皮一枚だけに貫通させたことは一目瞭然であったが、刺された本人は完全にパニックに陥っていた。


ダイテンはそんな悲鳴に見向きもせず、自分を狙ってくる相手だけに意識と焦点を集中させ、無駄のない最低限の剣技だけで次々と倒していく。



仮想敵と相対した彼の横顔はどこまでも真剣で、目つきは獲物を狙うが如く鋭かった。

ケルシュが黒曜石のようだと思った美しい黒い瞳に輝きは一切なく、まるで漆黒の闇を取り込んだかのように一つの光も宿していない。


見たことのないダイテンの表情に、ケルシュはいつの間にか目が離せなくなっていた。


ガタイのいい男も暴力的な男も、彼女がこの世で最も嫌煙するタイプであったはずなのに、今はダイテンの姿にどうしようもなく胸が高鳴る。煩いほどに心臓が脈を打っていた。



片手でフェンスの網を掴み、もう片方の手で胸元を掴むケルシュ。



ちょっと待ってよ…私はなんでこんな…はやく、はやく落ち着かせないと。



ダイテンから顔を晒し、視線を足元に落としたまま深い深呼吸を繰り返す。

ようやく気持ちが落ち着いてきたケルシュは、ゆっくりと視線を上げる。



「ケルシュ!」


視線を戻した瞬間、ダイテンがケルシュに向かって片手を上げフェンス越しでも分かるほど満遍の笑みを向けてきた。

闇だと思っていた黒い瞳はたちまち黒曜石へと早変わりし、夏の日差しを一心に浴びてキラキラと光り輝く。

そんな宝石よりも眩しい輝きを真っ直ぐに向けられたケルシュ。



「……っ!!」


ケルシュは耐えきれず、袖で口元を覆い隠した。

自分でもはっきりと分かるくらい顔に熱が集中して一気に暑さが増す。



「ケルシュ嬢?」


いつの間にか取り出した日傘をケルシュに差してあげていたキルトが、不思議そうに首を傾げながら声を掛けてきた。



「も、戻るわよっ!」


「はい?今来たばっかだし、休憩はこれからだって…」


「煩いわねっ」


「おいおいおい。なんだってそんな急、」


日傘を横にずらしてケルシュと視線を合わせようとしたキルトは途中で言葉を止めた。

あまりにもはっきりと彼女の頬が林檎色になっていたからだ。


勘の鋭い彼はこれだけで全てを察した。



「俺が出る幕でも無かったってことか。」


「何か言ったかしら!?」


「何でもございません。ケルシュ様。か弱い女性に夏の日差しは強すぎましたね。このような粗悪な場所にお連れして申し訳ございません。邸に戻りましょう。」


キルトはガラリと態度を変え、紳士の微笑みを顔に貼り付け、貴族然とした振る舞いでケルシュにエスコートの腕を差し出してきた。


揶揄われていると思ったケルシュはフンッと鼻を鳴らすと、キルトの腕を取らずに早足で馬車へと戻っていく。

分かりやすい彼女の背中に、キルトは笑みを堪えながら後を追い後ろから日傘を差してやっていたのだった。



無事にケルシュのことを邸へと送り届けたキルトは、馬に乗って練習場へと舞い戻っていた。



「ケルシュは!?」


つい先ほどまで馬車が停まっていた位置に仁王立ちで待ち構えていたダイテンは、キルトの姿を視認するなり声を張り上げた。


鼓膜を突き破りそうな大声に、キルトは顔を顰めつつ馬から飛び降り、音もなくふわりと地面に着地する。



「帰った。」


「か、帰った?もう戻ったのか…?」


「ああ。」


あの日以来ケルシュとまともに会話をしていなかったダイテンは、彼女と言葉を交わせると胸を踊らせてここまでやって来たのだが、キルトの言葉に表情を失くす。


そんな分かりやすい彼の変化に、またしてもキルトの悪戯心が疼き出した。



「お前の顔を見たら逃げるように帰っていったぞ。」


ニヤニヤと揶揄う笑みを向けるキルト。



「ほう…俺からに逃げるように、か…」


「へ」


てっきり狼狽するものだとばかり思っていたキルトは、目の前で仄暗い瞳を覗かせるダイテンに僅かに体を強張らせる。



「それは、手に入れるまでどこまででも追いかけたくなるな。」


「うっげ…………」


沼の底のように暗いダイテンの瞳が輝きを放った。

不穏すぎる彼の心境の変化に、キルトは片手で顔を覆い顔色を悪くしている。



「…悪い。変な扉開けちまったわ。」


キルトは、誰にも聞こえないよう口の中だけでケルシュへの謝罪の言葉を口にしていた。



その後、変なやる気に満ち溢れたダイテンはすぐに訓練へと戻り、向かってくる騎士達を片っ端から打ち倒していった。


全員が立てなくなるまでこの無茶苦茶な訓練は続き、翌日から三日間特別休暇が発令されるまでに至ったのであった。

巻き込まれた騎士達があまりに不憫で、キルトが陰でこっそりと見舞金を送っていたことはダイテンには秘密だ。






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