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何もかもが合わないこの世界で  作者: いか人参


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25/59

犯行予告


その日の夜、ケルシュは普段よりもやや遅い時間にダイニングにいた。

向かい側の席に座るダイテンの都合に合わせた結果だ。


彼はいつもと同じように室内の装いとしては似つかわしくない、エポレット付きのジャケットを羽織っており、そしてなぜか眉間に皺を寄せている。


目の前には、料理人が丹精込めて作り上げた華やかな料理の数々が並んでいるというのに、ダイニングは重苦しい空気に包まれていた。




「美味しそう…今日はいつもよりお肉料理が多いわね。」


そんな空気をものともせず、ケルシュは目の前に並ぶ好物達に胸をときめかせている。

そのあまりに食欲をそそる眺めに、彼女はどうして今日はこうも自分の好みに合うメニューばかりなのかと疑問に思うことはない。



「…そうだな。」


一方、グラスに口を付けたダイテンは、顔を上げることなく単調な声音で返してきた。

次々と料理を口にするケルシュとは異なり、彼は先ほどから水を口にするだけでカトラリーに手を伸ばす気配すらない。



「・・・」


明らかに反応の悪いダイテンに、ケルシュは無言で彼の顔を見上げる。

自分に対して何か腹を立てているのか、それとも婚約者という体裁のため無理やり時間を設けただけでそこに彼の意思はないのか、彼の思惑を計りかねている。


いすれにせよ、普段二人きりで昼食を摂っている時とはまるで違う彼の態度に、ケルシュはもう余計なことは言うまいと食事に徹することにした。


態度の悪いダイテンを無視して、淑女のマナーを逸脱しないギリギリのスピードで次々と口に運んでいく。




目の前で皿から顔を上げることなくひとり黙々と食事を続けるケルシュのことを、ダイテンは捨てられた子犬のような瞳で見つめており、内心は全力で己の不甲斐なさに項垂れていた。



徹夜をして臣下に無理を言って死に物狂いでこの時間を捻出したというのに、どうして俺は気の利いた言葉ひとつ彼女に言うことが出来ないんだ…

せっかくキルトにお膳立てしてもらったというのに、なんというこの体たらく…


そもそも、普通こんなに愛しい人を眼前にして言葉など発せられるものなのだろうか。


昼間の二人きりの時のような気安さはないが、その分彼女の美しさが際立ち、視界にその姿を入れるだけで胸が張り裂けそうだ。

今の状態で無理にでも口を開けば、途端に俺の魂は根こそぎ天に召されるに違いない。


あぁ苦しい…

これが『恋』というものなのか…




「それ、いらないならもらうわよ。」


お茶のお代わりを持ってくるため使用人が退出した隙に、ケルシュが声を潜めて尋ねてきた。

彼女は行儀悪く、フォークでダイテンの皿を指している。



「ああ、俺はいらない。」


正面から真っ直ぐに見据えられ、心臓を鷲掴みにされたダイテンは、一言発するだけで限界だった。

笑顔も作れず、言い方を繕うことも出来ず、拒絶と捉えられてしまうような言い方しか出来ない。


不器用の塊のような男であった。



「あっそう。」


案の定、ケルシュはダイテンが自分との食事を嫌がっていると捉え、皿ごと彼の料理を奪っていった。

一刻も早くこの時間を終わらせたく、物凄い勢いでひたすらに咀嚼を繰り返したのだった。





「お腹が…お腹が苦しい…クリエ、胃薬ちょうだい…」


「お持ちしましたよ。こちらの消化を促進させるハーブティーもご一緒にどうぞ。」


自室に戻るや否や、剥ぎ取るようにしてドレスを脱ぎ散らかしシミーズ姿のままお腹を抱えてベッドに倒れ込んだケルシュ。


怒りのままダイテンの分まで食べたせいで今にも吐きそうになっていた。受け取ったお茶と薬をベッドに腰掛けたまま口にし、再び寝転んだ。


今度は濡れタオルを持ってきたクリエが彼女の首周りと腕を軽く拭いていく。

少しでも気持ち悪さを軽減させるため、衣類から身体に移った薔薇の香りを取り除いているのだ。



「死ぬかと思ったわ。」


少し落ち着いたケルシュは、ゆっくりと上体を起こしヘッドボードに背中を預けた。



「体型が変わったらまた採寸が必要になりますからね。お気をつけ下さい。」


クリエは、クローゼットから取り出したカーディガンをケルシュの肩に掛け、彼女の膝下にはブランケットを掛けてあげた。



「あれはダイテン様のせいよ…」


「あ、そういえば、旦那様付きの使用人からお手紙をお預かりしていました。」


「え」


棚の上に置いておいた手紙を持ってきてケルシュに差し出す。



「これ開けなきゃダメかしら…」


「ケルシュ様が手紙を読んでないとバレたら、真っ先にクリエが疑われます。旦那様からの大切な大切な手紙を失くしたと思われた日にはきっとクビどころじゃ済まなく、最悪の場合は打く…」


「分かったわよ!読むわよ!」


ケルシュは、クリエの手から勢いよく手紙を奪い取った。そのままの勢いで中身を取り出し、視線を向ける。




『明日の朝10時、正門にて待つ』



真っ白な便箋のど真ん中に堂々と、潔いほどに要件しか書かれていなかった。



「なんなの、この犯行予告はっ!!」


ケルシュは開いた紙を雑に折りたたむ…を通り越して、ベッドから飛び降りるとグシャグシャに丸めて床に叩きつけた。


トドメとばかりに足で踏んづけようとしたところをクリエに止められ、ボロボロになった元手紙の紙屑は彼女の手によって回収されていった。




「明日はデートでこざいますね!」


「なんでそうなるのよっ!!」


嬉しそうにパンっと手を叩くクリエに、ケルシュは全力でツッコミを入れていた。


まだ怒りで肩を震わせている主人を無視して、クリエはクローゼットの中を覗き込み、嬉々とした表情で明日の服装を選んでいたのだった。



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