サンドイッチの行方
アルシュベルテ家に忠誠を誓う騎士達は皆、敷地内にある専用の宿舎で寝泊まりを行い、食事もその中にある食堂で済ませることが常だ。
これは最も国境に近い領地ならではの事情だ。
いくら戦後から安寧の日々が続いているとは言え、何かあればここは真っ先に戦場と化す。
そのため、いかなる時でも緊急出動出来るようにとこの場に縛り付けられている。団体行動を習慣化して組織力を高めるというダイテンの狙いもあった。
そんな個人の自由はあまり無い環境下であったが、金払いが良いことに加え、北の英雄であるダイテンに憧れている者が多く、不満を言うような者は誰一人としていなかった。
昼食時の今、宿舎一階の100人以上の騎士達でごった返す食堂に一人だけ身なりの異なる男がいた。
土埃に塗れた騎士服の中、シワひとつないジャケットを羽織りピカピカに磨かれた革靴を履いている。どれひとつを取っても高そうな見た目だ。
場違いな彼も、他の騎士達と同じように使い古された少しへこみのあるアルミのトレーを片手に列の後ろへと並ぶ。
ここは、朝昼晩の毎食、種類の日替わりメニューが用意され好きなものを注文してその場で受け取る形式だ。
これも騎士達に支給されている手当に含まれるため何を選んでも金は掛からない。
「た、タンテロン殿!?このような場所に来るなど、一体なにが…」
キルトの後ろに並んでいた騎士の一人が驚愕の声を上げた。その声に釣られて目を向けた周囲の者たちも同じように目を丸くし驚いた顔をしている。
「ああ…ちょっとな。俺の延命のために必要なことなんだよ。癪だけど。」
自分の番となったキルトは不穏な言葉を言い残すと、皿を受け取ってさっさと席を探しに行ってしまった。
「…俺たちも覚悟を決めた方がいいかもしれんな。」
「そうだな。あのタンテロン様があれだけ憔悴なさっているんだ。只事ではないことは間違いない。」
近くで聞いていた騎士たちは、キルトの言葉から勝手に有事を連想して勝手に決意を新たにしていた。
団体行動を常とするこの騎士団において、この噂が広まることはそう難しくは無かったのだった。
「そろそろ頃合いか。」
時刻を確認したキルトは食べ終えた食器を片付けると執務室へと戻った。
まだ1時間は経っていなかったが、ケルシュがあの部屋に長居していることを周囲にバレてはいけないと配慮した彼は、人払いをするために少し早めに戻ることにしたのだ。
執務室の扉の前で護衛をしていた二人の騎士に声をかけ昼休憩に行かせると、キルトは扉の前で全神経を己が耳に集中させた。
もちろん、中の二人の様子を伺うためだ。
密室に男女二人きり、しかもそれが好きな相手となれば強引にキスを迫るくらいこの国の男達であれば常識だ。そしてその強引さにくらっと惹かれるのがこの国の女達だ。
「会話が聞こえない…けれど、それっぽい物音もしないな。」
自分が来る前にもう色々と進展していたのかもしれない、とキルトは意を決して扉を開けることにした。
「只今戻りま、」
ダイテンから入室の許可を得て扉を開けたキルトだが、目の前の光景に言葉を失った。
「どうかしたか?」
「あ、お帰りなさい。」
なんてことのないように言葉を返す二人だったが、キルトから見た目の前の光景は明らかにおかしかった。
ダイテンの前にはティーカップとティーポットだけが置かれ、ケルシュの前にティーカップとくしゃくしやになった包み紙が二つ置かれている。
いつもここで食事をしているキルトにはそれが何の残骸であるかなどすぐに分かった。
「ええと…ケルシュ様は二人分召し上がったのですか?」
「ええ」「俺があげた。」
仲良く二人の声が被った。
二人分をぺろりと平らげたらしいケルシュは、先ほどよりもとても機嫌が良さそうだった。
「お前は、何してんだよ…」
呆れ果てたキルトは、素の口調と態度に戻っていた。気にすることなくダイテンに向かって悪態をつく。
「うまそうに食べていたからな。」
「とても美味しかったの。」
またしても二人の声が被った。
その事実にダイテンは照れくさそうに頬を赤く染め、ケルシュはただ真っ直ぐに事実を言っているだけのようであった。
元々肉や揚げ物など男性が好むとされる食事が好物のケルシュ。
だが、邸で出される食事は野菜や魚を使った軽めの料理がほとんどだ。女性はさっぱりとした味付けを好み且つ少食であるというのがこの国の皆の共通認識だ。
相変わらずその枠に当てはまらないケルシュは、女性向けの食事に慣れたものの常に食への憧れがあったのだ。
その憧れの的が目の前に現れ、ダイテンが快く分けてくれたため、我慢できなかったというわけだ。
「変なところで仲の良さを見せつけてくんなよ、まったく…ケルシュ嬢、そろそろアイドリが探しに来るんじゃないか?」
「そうだったわ!戻らないと。ダイテン様、ご馳走様でした!」
「ああ。」
呑気に食後の紅茶を啜っていたケルシュは、慌てて立ち上がり荷物をまとめた。そのまま急いで扉へと向かう。
が、扉を開ける直前、キルトの方を振り返り微笑みかけた。
「貴方の話し方、今の方がいいと思うわ!」
楽しげに言い残すと、ケルシュは風のように去って行ったのだった。
「なんなんだよあの子は…」
呻くように呟いたキルトの側に寄ると、ダイテンは彼の肩を強めに叩いた。
「俺の婚約者だ。」
「・・・」
自信満々に答えるダイテンと呆れて声が出ないキルトの間を、窓の隙間から入ってきた春の微風が爽やかに通り抜けていった。




