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何もかもが合わないこの世界で  作者: いか人参


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20/59

キルトの配慮


「…これで33回目」


ひどく疲れ切った顔のキルトは机に肘をつき、ダイテンに向かってうんざりしたようにため息をついた。



「…別に時間など気にしていない。」


「誰もお前が時計を見た回数だなんて言ってないだろ。」


「…」


墓穴を掘ってしまったダイテンは目を伏せ、黙り込んだ。



早朝訓練を終えた二人は、いつものように執務室で書類を裁いていた。


その訓練のおかげで憂さの晴れたダイテンの機嫌は安定しており、反対にズタボロにされたキルトの顔は悲壮感に満ちている。


キルトは剣士として十分腕の立つ人間であるが、その器用さ故に自分以上の相手ともやり合えてしまうため、必要以上に身体を酷使してしまうのだ。

出来ないと言えばいいところをそう言わずにこなしてしまうのが彼の良いところでもあり悪いところでもあった。




ー コンコンコンッ


ダイテンが時計を見ること通算41回、ドアをノックする音が聞こえた。

いつもより控えめな音に、待ち望んだ相手と確信した彼は襟を正す。キルトも背筋を伸ばしてキリッとした表情を作る。




「ケルシュです。昼食を届けに来ました。」


「入れ。」


ゆっくりと開くドアの隙間から、カゴを手にしたケルシュが顔を出した。  

部屋の奥にダイテンを見つけ、真正面から彼の姿をまじまじと眺める。



……やっぱり、熊だわ。


でも、あの夜会で見た大型の熊たちとは違って、顔が小さくて首元も華奢だからまだなんとか見れるかしら…うーん…やっぱり肩幅と胸板はえげつないほど鍛えているわね。せめてこう…顔だけ見たらなんとかいけなくはないかも??



片手にカゴを下げたケルシュは、もう片方の手でダイテンの首から下を隠してみた。

許容範囲だったのが、ひとり納得した顔でうんうんと頷いている。


そんな彼女の奇行を見てギョッとした顔を見せるキルト。思わずダイテンの方を見るが、彼を見た瞬間全力で後悔した。

なぜなら、ケルシュに見つめられたと勘違いしたダイテンが惚けた表情で完全停止していたからだ。



「お初にお目にかかります、ケルシュ様。私はダイテン様の従者を務めております、キルト・タンテロンにこざいます。どうぞお見知りおきを。」


立ち上がったキルトは椅子の前に一歩出て、優雅に挨拶をした。

混沌としたこの状況を打開すべく、ダイテンが正気に戻るまでの間まずは自分がこの場を繋ごうと考えたのだ。



「お初じゃないわよ。貴方昨日ダイテン様に斬りつけられていた人でしょう?改めてこれから宜しくね。」


「…よ、よろしくお願いします。」


しれっと昨日のことを無かったことにしたかったキルトは、その思い虚しくケルシュに言い返されてしまい口元が引き攣っている。




「ここに置いておくわね。」


「待て!」


早々に執務室から立ち去ろうとするケルシュに、ダイテンは慌てて立ち上がった。



「何かしら?」


「その…」


ケルシュが足を止めて振り向いたにも関わらず、咄嗟に引き留めてしまったダイテンは言葉に詰まった。


なんとなく名残惜しくてつい呼び止めてしまったなど女々しい台詞は口が裂けても言えない。

かと言って、ケルシュが持参してくれた昼食に彼女の分は含まれておらずそれを理由にこの場に誘うことも出来ない。


そもそも、仕事場で女性と過ごすなど外聞が悪く褒められた行為ではない。さすがのケルシュもその一般常識を知った上で、早くこの場から立ち去ろうとしていたのだ。




「ダイテン様」


執務室に嫌な沈黙が広がる中、キルトが言葉を発した。

ダイテンだけでなく、ケルシュもキルトの方を振り向く。



「私用を思い出しました。少し席を外します。ああ、その中には私の分もあるのでケルシュ様が召し上がってください。勿体無いですし。では、1時間後に戻ります。」


軽く頭を下げるとキルトは部屋を出ていくため、いつもの習慣でジャケットを羽織り剣を腰に付ける。



「私が不在にする間、この部屋には誰も通さないよう扉の前に見張りを付けておきますのでご安心を。では。」


「おい!」「え、は?ちょっと!」


突然のことに混乱したダイテンとケルシュの二人が声を上げたが、キルトは立ち止まることなく部屋を出て行ってしまった。



残された二人に、先ほどよりも気まずい雰囲気が流れる。

そんな中、先に動いたのはケルシュであった。



「これ中身見てもいい?」


「あ、ああ。」


許可を得たケルシュは、カゴの中から箱を取り出してテーブルに並べると、両手で蓋を開けた。



「美味しそう…!!」


中から現れた、薄切りの肉と野菜が挟まった厚切りのバケットを目にしたケルシュは思わず声を上げた。

肉と炭水化物が大好物という男らしい味覚を持つ彼女にとって、それは最高の組み合わせであった。



「良かった。今お茶を入れる。」


ふっと笑う気配がして顔を上げると、優しい顔でこちらを見ていた黒い瞳を視界の端に捉えた。



「え?」


ケルシュは思わず目を見張る。

家族以外で、こんなに優しい眼差しを向けてくれる男性は今までいなかったからだ。


だが、ダイテンはケルシュの視線に気付くことなく、お茶の用意をするため隣の部屋へと移動して行ってしまった。



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