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何もかもが合わないこの世界で  作者: いか人参


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14/59

アルシュベルテ家本邸へ


翌朝、約束の時間ちょうどにダイテンの遣わせた辺境伯家の馬車が迎えにやって来た。


ケルシュが乗る最高ランクの豪奢な馬車を守るように、乗馬した騎士6名が取り囲んでいる。

そしてそのすぐ後ろに道中の世話をする使用人数名を乗せた馬車1台、そのさらに後方には荷物運搬用の馬車が2台連なっていた。


馬車と護衛騎士の一団は万全を期し過ぎて、物騒な雰囲気を醸し出すほどであった。



「王都から地方への嫁入りってこんなに大袈裟なものなのかしら…」


「辺境伯家はやはり特別なのかもしれませんね….」


護衛騎士達が邸から荷物を馬車に運び入れる中、ケルシュとクリエの二人は若干引いた目で見守っていたのだった。




「準備が整いましたのでどうぞこちらに。」


護衛騎士の一人がケルシュに馬車に乗るよう促して来た。


クリエは、ケルシュのことを見送り自分は使用人達の乗る馬車に乗ろうとした所、護衛騎士に止められた。そして、ケルシュと同じ馬車に乗るようにと指示を受けた。



「私までこのような扱いを受けてしまって良いのでしょうか…」


金色の装飾が映える豪華な内装に、気後れしたクリエがぎゅっと両手の拳を握り、身を縮こまらせている。



「向こうがそう言うのだから良いのよ。もしなにか言われれば私が文句を言ってやるわ。」


「私はそれを最も危惧しておるのです…」


自分が火種になるのではとクリエは内心ヒヤヒヤしていた。


二人が乗車してしばらく経つと、周囲の音が静かになりそろそろ動き出すかと思われたその時、外からドア側の窓を叩く音が聞こえた。


音に気付いたクリエがカーテンの隙間から外を覗くと、そこにはエイトルの姿があった。



「ケルシュ様、エイトル様がお見えです!」


「本当!?私少し話してくるわ!」


ケルシュは馬車から降り、すぐ近くにいた護衛騎士に声をかけ、エイトルと話すため少しだけ出発を待ってもらうことにした。




「エイトル!貴方一体毎晩毎晩どこに…」


ケルシュが言い終える前に、エイトルは姉の行く末を心配する弟らしく彼女の身体にぎゅっとしがみついて来た。



「来年、迎えに行く。」


込み上げる激情を必死に堪え、僅かに震える声音で言ってきたエイトル。

周囲に悟られないよう、限界まで押さえた声で思いの丈を伝え切った。


言い終えた瞬間、彼女の身体から素早く手を離す。

ここで変な噂を立てられればケルシュ自身の立場を危うくしてしまう。そう考えたエイトルが今できる最大の配慮であった。


そして、寂しそうな顔でケルシュに手を振ると、彼女が馬車に戻る姿を見届けることなく邸の中へと戻っていった。



「え…今なんて言ったのかしら?いつになく真剣な顔だった気がするのだけど。」


ひとりポカンとした顔で去り行く背中を見送ったケルシュ。

残念ながら、彼女の心だけではなくその耳にすら彼の想いは届いておらず、エイトルはさらに拗らせることになるのだった。




ケルシュが馬車に戻ってすぐ、出立となった。

しばらく舗装された街道が続き、王都を抜けると土埃の立つでこほこ道へと変わっていく。



「アルシュベルテ辺境伯ってどんな方なのかしら?クリエは何か聞いたことある?」


王都を抜け、畑に囲まれた変わらない景色が続く中、ケルシュはまだこの場に慣れず居心地悪そうに座るクリエに問いかけた。



「ご本人の話は、北の英雄としての逸話しか耳にしたことはありませんが、使用人達の噂でアルシュベルテ家は大変厳しい就職先だとよく耳にします。」


「厳しいって…?」


「なんでも使用人頭が代々辺境伯家につかえる家柄で、戦前からアルシュベルテ家を支えて来た影響によりかなりの権限を与えられているとか。そのせいで、新人に対するしつけも教育も独断で行い容赦がないそうです。」


「…応援してるわ。」


自分のせいでそんな厳しい場所に送り込むことになったケルシュには、激励することしか出来なかった。



***



無事に行程通り、出立した日の夕刻にアルシュベルテ領に到着したケルシュ達。


広大な敷地を進み、石造りで出来た砦に囲まれた城のように巨大な建物の前に馬車は止まった。


御者の手を借り、昼休憩以来の地面に足を付けたケルシュは大きく伸びをする。

早朝出立したというのに、もう日が暮れており頬を撫ぜる風は冷たい。王都からだいぶ距離があることを思い知らされる。

それが寂しさなのか感慨深いだけなのか、まだケルシュには分からない。




「ケルシュ・トーレン様ですね。」


にっこりと微笑み、友好的な雰囲気を纏って現れたのは、ケルシュの父親と同じくらいの年齢の女性だ。

馬車の前で伸びをしていたケルシュの前へと歩いてくる。



「私はこのアルシュベルテ家の使用人頭を務めます、アイドリ・ヘルゲンと申します。」


アルシュベルテ家の紋章入りのお仕着せ姿のアイドリは、伸ばした上半身を腰から折り、美しい姿勢で頭を下げた。



「ええ。ケルシュ・トーレンよ。これから世話になるわ。」


「ではまずお部屋に案内しますね。その後は夕飯をご用意いたします。本日はもう遅いので、明日朝諸々ご説明を致しますね。」


「え、ええ。」


第一印象とは打って変わり、今度はにこりともせず業務連絡をしてきたアイドリ。

彼女は、荷物の運搬を騎士達に指示するとケルシュを連れて邸の中へと入っていく。



「こちらがケルシュ様のお部屋です。」


案内された部屋は、豪華でも質素でもなく、それなりの広さはあるものの何と言うか無機質な部屋であった。


見晴らしの悪い小さな窓に、ダークグレーを基調としたシックな壁紙とカーテン、そして同系色で華やかさのカケラもない最低限の家具。

伯爵家で使っていた物よりカーテンも絨毯も全ての質は良さそうであったが、夫人となる者に誂える部屋としては不十分にも見える。



「この部屋って…」

「本日の夕飯はこちらにお持ちします。お連れになった使用人は続きの部屋に。では何かありましたらお声がけください。」


ケルシュの発言をまるきり無視して言いたいことだけ言い残し、足早に部屋を出ていこうとするアイドリ。

彼女の背中に向かって、ケルシュは慌てて大きな声で呼び掛ける。



「あ、あの!アルシュベルテ辺境伯はどちらに?」


アイドリは出て行こうと掴んでいたドアノブに手を掛けたまま、ゆっくりとケルシュの方を振り返る。



「旦那様は今、仕事で王都にいらっしゃいます。戻るのは早くて一ヶ月後かと。」


「え」


言い終えたアイドリは、ケルシュの反応を見ることなくそのまま部屋を出て行ってしまった。


言葉を失うケルシュと驚きで声の出ないクリエの二人しかいないその部屋には、ドアの閉まる音がやけに大きく響いていた。


 

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