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何もかもが合わないこの世界で  作者: いか人参


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ダイテンからの手紙


ダイテンがトーレン家を訪れ婚約を取り付けた日から一週間、彼は領地にあるアルシュベルテ家の本邸へと戻っていた。



アルシュベルテ領は王都から馬車で丸一日ほどの距離にあり、北の国境に沿って大きく広がっている。


戦時中はこの領地は国を守る最初で最後の砦としてその役割を果たしていた過去があった。


ダイテンはその時14という若さであったが、兵士の士気を上げるため自ら前線へと立ち、敵と剣を交えた。

そして彼の率いた軍が敵将を討ち取ったことから、ダイテンは北の英雄としてその名を国中に広めることとなったのである。


その戦から12年の月日が経ち国は平穏そのものであったが、アルシュベルテ家の名が近隣諸国に知れ渡った今、その名がこの土地を治めることが重要であった。


アルシュベルテ家がこの土地に留まる限り、戦争を仕掛けてくる命知らずな者はいないであろう。

だからこそ、アルシュベルテ家は辺境伯としての地位を与えられ、王家からも一目置かれた存在となっているのだ。



そして現在、アルシュベルテ辺境伯として激務に追われるダイテンの机の上には大量の書類が山積みになっていた。


重ねた書類に挟まれるような形で机と向かい合うダイテンは、至極真剣な表情で滑るように羽ペンを走らせている。



同じく彼の近くで王宮へ提出する定例の報告書を書き上げていたキルトは、鬼気迫るダイテンに息抜きさせようとコーヒーの入ったマグカップを手に近づいてきた。



「あまり根を詰めすぎるな…はぁ?」


「…なんだ?」


ダイテンの手元の紙を見たキルトは驚愕顔で変な声を出した。

そんな挙動不審の彼のことを訝しんで見上げるダイテン。 



「なんだ、じゃないだろ!お前は何てのもを書いてんだ!」


「受け取った手紙に対して返事を書いているだけだが。何をそんなに慌てている。」


中身が飛び散るほど勢いよくマグカップを置くと、キルトは思い切り自分の髪を掻きむしった。ダイテンはそんな彼に目もくれず、手元に視線を戻すとまた続きを書いていく。



「お前って奴は全く…これは先日ケルシュ嬢から侍女を一人連れていきたいと打診のあった手紙への返事だろ?」


「ああそうだ。」


「その事務連絡になんでお前の直筆で返事を…いやそれは100歩譲ったとして、なんだこの美辞麗句と愛の言葉の羅列はっ!!寒いわっ!」


「愛しい相手に送るのだ。そんなもの恋文に決まっているだろう。」


涼しい顔で言ってのけたダイテン。


ちなみに、そんな彼の書き途中の便箋には、


『君に会える日を待ち焦がれている。一刻も早く君と心を通わせ、本物の夫婦になることが唯一の願いであり、それこそが俺がこの世に生まれた意味なのだ。こんなにも君のことを想う俺の想いをどうか君に知ってほしい。それだけで俺の心はどれだけ救われるだろうか。想像しただけでこんなにも…(以下略)』


このようなほぼ初対面の相手に送るには寒すぎる言葉の数々が並んでいた。


何を言っても聞かないと悟ったキルトは軽く頭を振り、アプローチの方法を変えた。



「お前、その言葉だと相手に嫌われるぞ。この国の女は男らしい男に惚れんだ。」


「…どうしたらいいんだ。」


シストに脅されたダイテンは、藁にもすがる思いで彼のアドバイスに従ったのだった。



***



「クリエ!返事が返って来たわよ。貴女も来ていいって!よろしくね。」


「ケルシュ様、ありがとうございます。」


今年30歳を迎えるクリエは、ケルシュに生涯仕えることを心に決めており、彼女の言葉に胸を温かくしていた。

胸にを当て、涙を滲ませて煌めく瞳で嬉しそうに微笑む。


ケルシュの旅立ちまで3週間を切っていて時間がないため、クリエは衣類の整理を行うため衣装部屋へと向かって行った。




「それにしてもこれ…」


部屋で一人、開いたままの便箋を手にしているケルシュは嫌そうに目を細めた。



「私、やっぱりこの人嫌いかもしれないわ…」


ヒラヒラと手紙を振りながら、これまた心底嫌そうに呟いたケルシュ。


そんな彼女が手にしている便箋には、宛名も挨拶文も無しに、『好きにしろ』その一言のみが男らしく堂々と書かれていたのだ。


キルトのアドバイスにより、ダイテンは知らぬ間に己の評価を落とすこととなってしまっていた。





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