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第二のヒント

 そうだ。だからこそ、俺はまだ引退するわけに行かない。

 サム・ハリンチョを捕まえるのはもちろんだが、若いこの相棒が雪辱を晴らすのを見届けるまでは、現場を退くわけには行かないのだ。

 先輩刑事として、ハリーに自信をつけさせなければ。



 食事を続けていると、玄関で呼び鈴が鳴った。

 昼間なら護衛のケイティーが出るところだが、俺と入れ替わりに帰っていたので、ベスが出ようとする。


「待て、ベス。俺が出る」


 俺は彼女を座らせ、玄関へ歩いた。


 覗き窓から確認すると、宅配業者のようだ。

 しかし油断はしない。


「今晩は。ベス・サラスさんにお届け物です」


 普通に宅配業者だった。

 俺は受け取ったペラペラの荷物を持って、食卓に戻った。


「ベス。アマゾンで何か注文したか?」


 俺が聞くと、ベスは顔を輝かせた。


「あっ。ポールに新しいDVDを買ったの。前から観たいっていってたアニメのが6割引だったのよ」


「わっ! 来たの?」

 ポールも顔を輝かせた。


「観たい! ハリーと一緒に観る!」

 キャシーも飛び跳ねた。

「開けて! 開けて!」


「後でね。お食事終わってからよ」


 ベスはそう言ったが、俺は気になった。


「開けてみてくれ」


「お義父さんまで? みんなそんなに観たいの? わかったわ。フフフ」


「わーいわーい」

「開けて開けて」


 薄くて大判の茶色い封筒のような荷物を開け、中身を確認して、ベスが首をひねった。

「あら?」


 食事をしていたみんながベスのほうを見た。


「どうした?」

 マイケルが声をかける。


 俺とハリーは顔を見合わせた。


「DVD、入ってないわ」

 ベスが中身を取り出して見せた。

「紙切れが1枚入ってるだけよ?」


 子供たちが騒ぐ。

「なんだよ、それ」

「なんだよ、それー」


「見せろ!」

 俺は立ち上がり、手を伸ばしたが、先にベスが、そこに書かれてあることを読み上げてしまった。


「何、これ? 『ヒント2』だって」

 不思議そうにベスがそれを読む。

「『その死が誰もにとって最も嘆かれる者』……。何のこと、これ?」


 マイケルとドロシーの顔色が変わる。

 犯行予告のことを知らないベスとジョアンナはきょとんとした顔だ。


「なんですか、それ? クイズ?」

 ジョアンナが無邪気に聞く。


「なんでDVDじゃなくて、そんなものが?」

 ポールが探偵のように呟いた。


「クイズするー!」

 キャシーは喜んだ。


「死んだら一番……誰からも嘆かれるのって、誰かしら?」

 ベスがみんなに聞いた。


 マイケルとドロシーが声を揃えてとぼける。

「さあ……」

「さ、さあ……」


 俺にはなんとなく、答えが見えた気がした。

 俺やドロシーのような老人はもう、じゅうぶんに生きた。

 マイケルは会社の人間からは嘆かれるだろうが、誰もにとっていなくなって嘆かれる存在ではないだろう。


 と、すると──


「赤ちゃんじゃない?」

 ジョアンナが言った。

「幼い死は誰もが可哀想だと思って、嘆き悲しむでしょう?」


「そうね」

 ベスがうなずく。

「答えはそれだわ。赤ちゃん……。あるいは、幼い子供ね」


「赤ちゃん? 赤ちゃんかわいいよね!」

 4歳のキャシーが意味もわからずに、言った。


「嫌がらせだな、これは」

 俺はベスの手からその紙切れをもぎ取った。

「けしからん……。どこのどいつだ、こんなふざけた……」


 それをゴミ箱に捨てるふりをして、居間に移動した。


 後からハリーがついて来た。


「ゲイリー……。それ……」


「第二のヒントが来やがった」

 家族に背中を向け、俺達は小声で会話した。

「その死が誰もに嘆かれる者……だと? 

テレビのニュースになったのを想像してみろ。

俺の家族の中で、誰が死んだら、世間も一緒に、1番嘆き悲しんでくれる?

そんなの、最も幼い子供……つまりはキャシーしかいないじゃないか?」


「しかし、第一のヒントは?」

 ハリーが言った。

「ゲイリーが1番愛してるのもキャシーってこと?」


「俺がどう思っていようと、ヤツから見たらそうなんだろうよ。爺さんが家族の中で1番愛してるのは、まだ幼い孫娘に違いないって思うんじゃないか?」


「キャシー……」

 ハリーの表情に怒りが浮かび、それはすぐに泣き顔のように変わった。

「あの子が……? ターゲット……?」


「まだわからん」


「でも……」


「慌てるな」


「死んだら、知らない人までも、誰もが悲しむのは……間違いなくキャシーだ。俺も……」


 キャシーはハリーに懐いている。

 可愛いキャシーの生首の入った箱でも想像したのか、右拳を握りしめて震えながら、涙を零しはじめた。


「キャシーの側にケイティーがいれば、ヤツもそうそう手は下せん」

 俺は『鬼のゲイリー』の顔で言った。

「サム・ハリンチョがキャシーを狙っているのなら、キャシーの様子を窺いに姿を見せるはずだ。おびき寄せるんだ」


「孫娘を囮に使うんですか!?」


「こちらから捕まえるんだ! ヤツに主導権を握らせるな!」


「お願いだ……ゲイリー」

 ハリーが嘔吐しそうなぐらい、嗚咽を漏らしはじめた。

「二階の北向きの窓に……貼ってくれ……『キャサリン・サラス』と……」


「焦ってはヤツの思う壺だぞ」

 俺は表情を変えない。

「ヒントはまだあと1つある。待つんだ!」



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