ホームパーティー
マイケルに言われた通り、今日も家に寄った。
昨日と何も変わらなかった。
ドロシーとベスがお菓子を作り、子供達はずっとアニメを観ていた。
ずっとスツールに座っている護衛のケイティーに、俺は言った。
「カーテンを閉める理由はわかるが、外から中が見えない代わりに、外に怪しいヤツがいても気づかん。開けておけ」
「いいのですか?」
キャシーは不安そうに顔を曇らせながらも、言う通りにしてくれる。
「狙われているのは……妻のドロシーかもしれん」
彼女の耳元で、小声で教えた。
「サム・ハリンチョがドロシーの様子を窺って、姿を現すかもしれん。注意していてくれ」
「わかりました」
「一人で動くな? 何かあったら必ず応援を呼ぶんだ」
キャシーの射撃の腕を知っていながら、俺はそう言った。
「了解しました」
キャシーも気持ちよくそう言ってくれた。
彼女はとても頼りになる。
どっかの俺の相棒とは大違いだ。
□ ■ □ ■
それから俺は街で聞き込みをしたが、何の収穫もなく、ただ重くなっただけの身体を引きずるように、署に帰る道を歩いた。
街にはあちらこちらにサム・ハリンチョの手配書が貼ってある。
その顔写真を見つめながら、俺は溜息をついた。
なぜ、これほど特徴のある男の目撃情報が入らない?
変装をしているのだろう。サングラスで特徴的なギラついた目を隠し、マスクをしているだけで人混みに紛れられる。
特にこの御時世、みんなマスクをしているので、変装臭さなど微塵もないことだろう。
しかし何よりも、ヤツが見つからないのは、何も起こしていないからだ。
俺は思わずウスラトンカチのハリーと同じことを思ってしまった。
『畜生、何か早く事件でも起こしやがれ。
俺の家族とは関係のないところで、な』
署に帰る頃には深夜になっていた。
ハリーはどうせもう帰ってるだろう。
そう思いながら廊下を歩いて行くと、資料室の明かりが点いている。
ドアを開けると、ハリーが資料に齧りついていた。
「まだ居たのか!?」
俺が背中から声をかけると、一瞬邪魔なものを見るような顔で振り向き、笑う。
「サム・ハリンチョが現れそうな場所をプロファイリングしてたんだ」
「絞れたのか?」
身を乗り出して、聞いた。
「見つけたのか? ヤツの行動に規則性を?」
「たぶんだけど」
ハリーは疲れたような顔に気合を入れて見せた。
「範囲は絞れた」
俺は真剣にハリーの説明を聞いた。
ハリーの言うことは、真剣に聞くに値するものだった。
「でかしたぞ、ハリー」
俺は相棒の肩を強く叩いた。
「その範囲で明日、聞き込みをしよう」
ハリーが得意そうに、しかし照れたように、笑う。
「ところで明日、聞き込みが終わって、何もなかったらの話だが……」
俺は少し前からあった計画を持ちかけた。
「うちに食事に来い。女神のような新婚の嫁さんも連れてな」
■ □ ■ □
「今晩は!」
入って来た女性を見て、俺はびっくりしてしまった。
輝くようなブロンドヘアーに、チャーミングな口元を明るく笑わせて玄関から現れた彼女は、確かに女神のようだった。
「いらっしゃい」
ドロシーが2人を迎え入れる。
「招待してくれてありがとう、ゲイリー」
いつもより少し背筋の伸びたハリーが、俺に握手を求めて来た。
「彼女が俺の女神。ジョアンナさ」
「初めまして、ゲイリー・サラスさん」
ジョアンナとも俺は握手を交わした。
「ジョアンナ・ブレットです。いつもハリーからお話聞かされてるわ」
赤いワンピースがドレスに見えるほど、彼女自身がゴージャスだった。
「どんな話?」
俺は笑顔が少しみっともないぐらいだったかもしれない。
「署で1番の敏腕な先輩に仕事を教えてもらってるって」
ジョアンナは愛嬌たっぷりに小首を傾げ、教えてくれた。
「しょっちゅう怒られてるけど、それも為になるって」
「さあ、中に入って」
ドロシーが2人を招き入れる。
「ベスと一緒に腕によりをかけて作った料理を召し上がってね」
食堂に入って来たハリーを見つけて、キャシーが叫ぶほどの声を上げた。
「あっ! ハリーだ!」
「今晩は、キャシー」
ハリーの顔がイケメンになる。
キャシーはハリーの足に抱きつくと、熱烈に揺さぶって歓迎する。
「寂しかったのよ! あたし、あなたに会えなくて!」
「コイツは幼女にモテるタイプだ。気をつけなさい」
俺はジョアンナに言った。
「そのうちロリコンになるかもしれん」
「重々、気をつけます」
ジョアンナが明るく笑う。
ベスが月の女神なら、ジョアンナは太陽の女神だ。一気に家の中が明るくなった。
席に着くと、みんなが自己紹介を始める。
「マイケルといいます、よろしく。硝子瓶会社で部長をやっています」
「ベスよ。仲良くしてね。……ほらポール、挨拶しなさい」
「ポールです」
「キャシーよ。綺麗なお姉さん、憧れちゃう」
「ジョアンナ・ブレットです。今夜は皆さんにお会いできて、とても嬉しいです」
「ハリー・ブレットです。お父さんにはいつもお世話になってます」
「ポッターじゃないの?」
キャシーが本気なのかジョークなのかよくわからないことを聞いた。
「残念ながら魔法は使えないよ」
ハリーがそう言いながら、一生懸命魔法を使う真似をして見せる。
「僕はハリー・キャラハンかと思ってた」
珍しくポールが明るく発言をした。
「誰、それ?」
「映画『ダーティーハリー』の主人公だよ」
俺が教えた。
「おお、クールだね! しかしよくそんなの知ってるなぁ」
「ポールはテレビばっかり観ているからよ」
母親のベスが笑いながら、少し心配しているような顔をする。
「アニメ、映画、ドラマの知識でなら、もう大学にでも受かるぐらいよ」
「とりあえず……今日の聞き込みも収穫なかったが、食事をして気持ちを切り替えよう、ハリー」
俺が言うと、ハリーは明るい顔でうなずいた。
「ええ、ゲイリー」
「それでは頂くとしよう」
俺の音頭で、ホームパーティーは始まった。




