ポールとキャシー
俺は急いで外を確認した。
ヤツがこちらの様子を見てほくそ笑んではいないか。
窓の外は青々とした芝生が広がっていて、見晴らしがいい。ヤツがいないのは明らかだった。
クリントン駅のコインロッカーを開けた後も、周囲を確認した。が、ヤツはいなかった。
サム・ハリンチョの容姿は目立つ。
この多民族国家でも希少な人種だ。
ラテン系に見えなくもないが、それよりも肌が浅黒く、体型は小柄で華奢だ。
ベトナムあたりの容姿に近いが、しかし顔は彫りの深い、西洋人のそれだ。
何よりあのギラついた目が一番の特徴だ。あの目は見られた者を不快な気分にさせる。
勘の鋭い女性であるベスなら、ヤツがどこかから隠れて見ていても気づくだろうほどだ。
「ねぇ、どういう意味なの?」
窓の外を窺う俺の後ろから、ベスが聞いて来た。
「お義父さんの一番愛する者って? 何?」
「さあな……。意味がわからんよ」
俺は動揺を隠しきれてないのを誤魔化すために、言った。
「子供達を見て来よう」
ポールとキャシーはリビングルームでアニメのDVDを観ていた。
婦人警官のケイティーがその後ろで、いつでも行動出来るよう、高いスツールに座っている。
俺が入って来たのを見ると、ケイティーは手を挙げ、小声で言った。
「ハイ、ゲイリー。異常なしよ」
「私服姿だとまるで別人だな、ケイティー」
「あら。それ、褒めてるの?」
「あぁ、君は美人だ。ありがとう」
カーテンがすべて閉めてあった。窓外からの狙撃を想定してのことだろう。
3つ目のヒントを出すまでは、ヤツは何もして来ない。そういうことを言っていた。
しかし信用する理由もない。俺はカーテンに掛けかけていた手を引っ込めた。
「あっ、おじいちゃんだ」
キャシーがようやく俺がいることに気づき、声を上げた。
ポールも振り向いたが、興味なさそうにまたすぐテレビ画面に向き直った。
「やあ、キャシー。いい子にしてたかい?」
仕事が忙しくあまり孫には構ってやってないが、それでも熱烈に抱きついて来てくれるキャシーに目が潤む。
「よーちえん、行けなくて、つまんない。おじいちゃん、連れてって」
「もうちょっとの辛抱だよ」
俺は幼い黒髪を撫でた。
キャシーはお母さんに似た。女の子は父親に似たほうが美人になるとかいうが、この子は例外だ。
黒髪、エボニーの瞳、人を明るくする、それでいてしっとりとした、満月のような笑顔。
ベスの美しいところばかり受け継いでいる。
「ポールも小学校、行きたいか?」
俺が声をかけても、ポールは振り向きもしない。
反抗期だろうか。完全に俺のことを無視してやがる。まぁ、いい。
ポールは父親似だ。早くも近視になり、眼鏡をかけている。
色素の薄い髪を短くしているので、後ろ姿を見ているとマイケルのコピーかと思う。
「さぁ、もうちょっとお兄ちゃんと一緒にアニメを観ていてくれ」
俺がそう言うと、キャシーは口を尖らせて、
「もう飽きちゃった。ママのとこ、行く」
キッチンのほうへ走って行った。
「可愛いわね、キャシー」
ケイティーが言った。
「あんな子のおじいちゃんになれて幸せね、ゲイリー」
「こんにちは、キャシー」と、キッチンでハリーが言う声が聞こえた。
ポールはアニメに集中している。今のうちにケイティーと話をしておこう。
「サム・ハリンチョの人相は知ってるな?」
「一度見たら忘れないわ、あんなの。目がこんななんだもの」
そう言いながらケイティーが指で自分の目を横に引っ張り、見事にあのギラついた目を再現した。
「それにしても変わった名前よね。何系なの?」
「ヤツの出身はゴバンゴブン共和国だ」
「どこ、それ?」
ケイティーが笑いを抑えるような顔で聞く。
「地球上で最も僻地と言われる界隈の、一番開けたところだそうだ。俺もよくは知らん」
「その国って、あんな変態ばかりなのかしら……」
「そりゃ偏見だ」
「彼のやり方は悪趣味すぎるわ。見たら絶対ゲロ吐きそう」
サム・ハリンチョはわずか1年ほどの間に、7人の罪なき人々を殺した。
そのすべてが、バラバラにした死体の頭部を箱に詰めて家族に送るという、残忍極まりないものだった。
何やら有名な映画に影響されて、その殺し方を真似したものらしい。
想像もしたくない。
そんな箱など、送られて来ないことを祈る。
キッチンに行くと、キャシーがハリーに遊んでもらっていた。
普段は頼りないウスラトンカチだが、こうして見るといいお父さんにはなりそうだ。
『いい刑事』になるのはずっと先のような気がするが……。
「ようし、覚えたな? キャシー」
ハリーが優しい顔をして笑う。こうして見ると、まぁまぁイケメンだな。
「いいかい? じゃあやってみよう。この遊びは奥が深いんだ」
「やる! やる! やろう!」
キャシーもよく懐いている。
「よしっ。じゃあ、行くよ? むすんで、ひらいて、手を打って、ゆ~らゆら」
ハリーが両手を握ったり開いたり、クラップしたりするのを見る。
左手の親指が歪んでいる。たまらなくなり、俺は聞いた。
「ハリー……。手は、もういいのか?」
「あっ? ああ、大丈夫ですよ。格好は悪いけど、問題なく動く」
そう言ってグーとパーを繰り返して見せる。
「……署に戻るぞ」
俺は理由のわからないムカつきに襲われて、ハリーの腕を掴んだ。
□ ■ □ ■
外へ出ると、ハリーが聞いて来た。
「それで、誰なんです?」
「何がだ」
「あんたが1番愛する人」
ワクワクしているように聞いて来る。
「1番愛してるのが誰かわかれば、答えはたやすい」
「みんなだよ」
俺は溜息をつきながら、答えてやった。
「平等だ。1番は、みんなだ」
「それじゃ誰が殺されるのかわからない!」
「殺されねぇよ!」
俺は思わず首根っこを掴んで吊し上げた。
「言葉に気をつけろ! 誰が狙われるかわからないが、誰も殺されやしない! わかったか!」




