ベス・サラス
自分のデスクに帰ると、上にちょこんと小さな紙箱が置いてある。
心当たりがないので、後ろを通りかかった若い刑事に聞いてみた。
「これは何だ?」
「さあ?」
そいつも知らなかった。誰が置いたのかもわからない。
俺は用心のため、爆発物処理班を頼んだ。
爆発物の反応はなかったらしいが、念の為、専用の部屋にそれを運び入れた。
完全防備の職員が紙箱を開ける。
出て来たのは小さな鍵が一つだけだった。
「大袈裟だったな」
俺が謝ると、爆発物処理班の上司が笑ってくれた。
「用心するに越したことはない。さすがあんただ。用心深いのは正しいことさ」
鍵には札がついていた。
クリントン駅91と書いてある。
「こりゃ、コインロッカーの鍵だな」
□ ■ □ ■
「ここの駅近くのハンバーガー屋がうまいんだ」
ハリーが緊張感なく言った。
「店員さんも可愛い娘が多くてね」
クリントン駅は署からそう遠くはないところにある。
俺とハリーは2人でやって来た。コインロッカーの鍵を持って。
「さあ、何が出るのかな?」
ハリーはまるでワクワクするように言ったが、俺は開けるのが嫌でたまらなかった。
もし、キャシーのバラバラ死体でも出て来たら……。
心拍数が高くなりすぎたので、俺はスマートフォンを懐から取り出すと、電話をかけた。
呼び出し音が鳴る。2回……4回……。
相手は電話に出た。
『お義父さん、お仕事中でしょ? どうしたの?』
俺は急いで聞いた。
「ベス! キャシーはそこにいるか?」
「いるわよ?」
平和な声でベスが答える。
「今、ポールと一緒にアニメを観ているわ」
「そうか……。よかった……。ドロシーも、いるよな?」
「ええ。2人でアップルパイを作ってたところよ」
ベスは何か俺に聞きたそうなのを我慢しているような声だった。
「大丈夫。大丈夫だから、お仕事気をつけてね」
電話を切ると、心配そうに俺を見ているハリーに言った。
「大丈夫だ。……開けるぞ?」
持って来た鍵を穴に差し込むと、すんなりと飲み込まれる。
ゆっくり回すと、カチャリと音がした。そんななんでもないことに緊張が走る。
「俺が開けるよ」
そう言ってくれたハリーを手で制し、後ろへ下がらせると、俺はゆっくりとコインロッカーの扉を、開けた。
中から出て来たのは1枚の紙切れだった。
「クソが! なぜこんな手の込んだことをする?」
憤りながらも俺はそれを引っ掴み、読んだ。
『やあ、ゲイリー・サラス刑事。ご苦労さま。
これで三度目かな? サム・ハリンチョだ。
いいゲームを思いついたんだ。
いいかい? 俺はあんたの家族の中から1人だけ殺すと予告した。
誰が殺されるのか、私がそれを遂行するまでにあんたが言い当てることが出来たなら、殺すのをやめてあげよう。
ヒントを3つ出す。
わかったところであんたの家の二階の北向きの窓にその名前を書いた大きな紙を貼れ。
3つ目のヒントを出してから24時間以内に私は殺人を決行する。
チャンスは一度きりだ。
頑張って正解を当ててみせろ』
俺は紙切れをクシャクシャに丸めた。
「ふざけるな! 何がゲームだ!」
■ □ ■ □
心配でたまらないので、ハリーを連れて家に寄った。
呼び鈴を2回押してから、鍵を開ける。こうしないと護衛の婦人警官に発砲される。
「あら、お義父さん。どうしたの?」
キュートな笑顔を浮かべて、アジア人の血が少し混ざった細面の女性が奥から出て来た。ベスだ。
「いや、なんとなく寄ってみただけだ。子供達は元気か?」
「元気よ。まだ、ずっとアニメを観ているわ」
「そうか」
「お義父さん……」
ベスの顔が、笑顔を浮かべたまま、曇る。
「マイケルは何も教えてくれないの。何が起こってるの?」
「君が心配することじゃない」
安心させるため、にっこりと笑ってみせた。
「マイケルに任せておけばいいんだ。俺もいる」
「僕もいます!」
後ろで張り切ったような声を出したハリーを、肘で小突いて下がらせた。
「大したことじゃないんだよ。すぐに済む」
そう言いながら、肩を優しく叩いてやった。
ベスはいい娘だ。32歳の実年齢よりも若く見え、少女の面影すら残している。
息子も素晴らしい女性と結婚したものだ。内気で大人しいが、花のような、とても明るくなれる笑顔を見せてくれる。
旦那の両親と同居することも嫌がらず、家へ来てもう9年目だ。
絶対に、死なせない。
「そうだわ」
何かを思い出したように、ベスが顔を上げた。
「私宛に、こんな手紙が来てたの。でも、意味がわからなくて……」
「手紙だって?」
「ええ……。お義父さんに見せるように書いてあるから、帰って来たら見てもらおうと思ってたの」
「見せてくれ!」
「これよ、あなた」
奥の部屋からドロシーがその手紙を持って、出て来た。
受け取ると、それを開く。
赤い大きな文字で、それは書かれていた。
『ヒント1 ゲイリー・サラス。お前の最も愛する者』




