最後の相棒
─ 1年後 ─
「あなた。お茶が入りましたよ」
ドロシーがそう言って呼びに来た。
「おっ。おやつの時間だぞ、キャシー」
俺は妻にありがとうを言いながら、膝の上から孫娘を退かせようとする。
「やだもん! おやつよりおじいちゃんのお膝の上があたし好きだもん!」
5歳になったキャシーは最近さらに色気づいた。
「ね? おじいちゃんも、おやつよりキャシーのことが好きよね?」
エボニーの目を妖艶に潤ませて、膝の上から俺を熱烈に見つめて来る。
将来は女優にでもさせるか。
「頭がちょっと疲れたな」
テレビ画面の一番近くでSF映画を観ていたポールが振り向き、メガネの玉を光らせた。
「甘いもので栄養補給だ」
キッチンへ行くとアップルパイが焼き上がっていた。
それを見るとキャシーもあっという間に俺よりそっちがよくなったようで、いそいそと席に着く。
早速手を出そうとするキャシーに、ベスが優しい微笑みを浮かべて言った。
「待ちなさい。もうすぐ来るから」
「だれが?」
きょとんとするキャシー。
そこへ呼び鈴が鳴った。
キャシーがまっすぐに玄関へ駆けて行く。
「待ってくれ、キャシー」
俺はよたよたとそれを追う。
俺が追いつくよりも先に、キャシーが玄関の扉を開いた。
「やあ、キャシー!」
そう言いながら、パリッとしたスーツを着込んだハリーの笑顔が現れた。
「きゃー! ハリー、寂しかったのよ」
キャシーが嬌声を上げる。
「どうしたの? あたしのことほっとくなんてひどいじゃない!?」
「あら、浮気相手?」
ジョアンナが輝くような笑顔でその後ろから顔を出す。
「こんにちは、キャシー」
その腕には生後4ヶ月の赤ん坊が抱かれていた。
「きゃー! 赤ちゃん!」
キャシーが愛するハリーを完全に忘れて狂喜の叫び声を上げる。
「いらっしゃい」
俺とドロシーが声を揃えて迎えた。
「呼んでくれてありがとう」
久しぶりに見るハリーはなんだか逞しくなったようだ。
「元気かい、ゲイリー? 体はどう?」
「お陰さんでこの通りだよ。まぁ、上がれ」
「アップルパイは好き?」
席に着いたジョアンナに、ベスが聞く。
「大好きよ。一人でこれ全部食べちゃいたいぐらい。自分でも作るんだけど、しばらく育児でそんな暇なかったから……」
「せっかくへこんだお腹がまた太るよ?」
「失礼なことを言うな、ハリー」
俺は笑った。そして聞く。
「仕事はどうだ?」
「最近は平和なもんさ」
ハリーはコーラを手に持ち、笑う。
「お陰でコーラが美味しいよ」
そう言ってドッキリのミントコーラを勢いよく口に流し込んだ。嫌そうな顔で舌を出す。
「やめてくれよ……、またドッキリ? ゲイリーはどうだい? お孫さんに囲まれて、いいおじいちゃんやってる?」
「どうもじっとしているのは性に合わないんでな。パートの仕事で警備員を始めた」
「あんたらしいな」
ハリーは新しく普通のコーラをベスから受け取ると、ミントが入っていないか確かめるようにおそるおそる口をつける。
「鬼のゲイリー・サラス警備員に見つかる不法侵入者がかわいそうだ」
「じつはフィリップに紹介してもらったんだ。同じ職場さ」
「フィリップって……、フィリップ・オロンチョ? ゴバンの……」
「ああ」
「あの人、真面目にやってる? 盗みはもうやめた?」
「さぁな。俺にはもう捕まえる権力がないからな。この間、一緒にカツドンを食いに行ったよ。うまかった」
「じゃ、今度3人で行こう。俺は『野菜だく』にする」
「フィリップが嫌がるかもな。刑事と一緒じゃ落ち着かんと思うぞ」
俺は笑った。
サム・ハリンチョの話は俺もハリーもしなかった。
死刑確定と言われているヤツの話をこんな場所でしたくはない。
ジョアンナがベスに聞く。
「ご主人は今日も仕事なの?」
ベスは諦めたように笑いながら、答えた。
「いつものことよ。現役時代のお義父さんに似て頼もしいわ」
「家のことはなんにもしてくれないの? ムカつかない?」
俺はちょっと居心地が悪くなって笑顔がひきつった。
「お義母さんがいるからね」
ベスがドロシーにぴったりくっついて笑う。
「お義母さんが私のダーリンみたいなものよ。もう結婚10年目だもの。それでいいわ」
俺は横からジョアンナに聞いた。
「ハリーは子供の面倒見てくれるのかい?」
「よく見てくれるし、めちゃめちゃ可愛がってくれますよ」
ジョアンナがハリーの肩に頭を乗せ、少し済まなそうに言う。
「刑事の仕事も立派にやってくれながら、ね」
ママの胸に抱かれ、赤ん坊がパパを自慢するように「ダァ!」と両手を振り上げ、笑った。
「抱かせてくれ」
俺はジョアンナに言った。
俺の腕に4ヶ月の赤ん坊を抱かせてくれる。
ブロンドの幼い髪の毛が美しく、ふっくらとした頬をしている。元気のいい重さを腕の中に感じた。
青い瞳がくるくると俺を見つめる。
「この子はパパに似てイケメンになるな」
赤ん坊をあやしながら、俺はハリーに聞く。
「それにしても『許可をくれ』って言いに来た時はびっくりしたぞ。名前、本当にそれでよかったのか?」
「ゲイリーがゲイリーを抱いてるのって、不思議な感じだよね」
ハリーが笑った。そして赤ん坊に言う。
「その人がお前の大先輩ゲイリー・サラスさんだぞ。ゲイリー・ブレットくん」
「ゲイリー・サラスおじいさんがゲイリー・ブレットくんを抱いてる!」
キャシーもきゃっきゃと笑う。
「俺と同じ名前をつけるなんて……、俺みたいなバカになっちまわないか心配だ」
「あんたみたいな人間になってほしいんだ」
ハリーが急に真面目な笑顔になると、こっ恥ずかしいことを言い出した。
「芯があって、決して諦めない、いつまでも熱さを失わない、そして何よりあったかい人にね」
「コーラで酔ったのか? 俺にオベンチャラ言ったって、もう何の得もないぞ?」
俺は小さなゲイリーを抱き上げた。高くしてやると、天使が羽ばたくみたいに手足を動かして笑った。
よく笑い声を出す子だ。何を言っているのかはわからんが、笑いながら俺に話しかけて来る。
顔は俺と違ってイケメンだが、なんとなくどこか俺に似ていると思った。
俺はまだ生きているが、なんだか転生した自分を目の前にしているような気になって、そいつに笑いかけてやった。
「よろしくな、ゲイリー」
「ダァ!」
ちびゲイリーが拳を差し出して来たので、俺の大きな拳をそこに合わせてやった。
「新しいコンビの誕生だな」
ハリーがそう言うと、みんなが声を上げて笑った。
ちびゲイリーが今のパパと同じ年になる頃、俺は100歳近いな。
ようし、そこまで生きるのを目標としよう。
俺の名前はゲイリー・サラス。71歳まで現役を続けた元刑事だ。
肩書は失っちまったが、心はいつまでも現役だ。
しょぼくれたジジイになるのなんてごめんだ。孫とちびゲイリーに囲まれて、いつまでも現役で居続けてやる。
老後なんて呼ばれるのはクソ喰らえだ。
お読み頂きありがとうございましたm(_ _)m




