制裁
俺は素早く銃を口に咥えると、上着を脱いだ。
左手に脱いだ上着を闘牛士のマントのようにひらつかせ、右手に再び銃を持つ。
サム・ハリンチョは背徳者を殺せる喜びに顔を輝かせ、大型のアーミーナイフを小刻みに振りながら迫って来る。
ヤツはじりじりと間合いを詰めるが、俺は退かなかった。
動くな。なるべくこの位置から、動かずに、戦うんだ。
「お前はマヌケだ」
サムが俺に言う。
「あれだけヒントをやったのに、なぜ正解できなかった?」
「ゴバンの常識なんか知らん」
俺はヤツを怒らせようと、煽る。
「俺は文明人だ。野蛮人のお前のことなんかわかるか」
「煩悩に毒された低劣な人種にはわからんよな」
サムは顔色一つ変えなかった。
「安心したよ。お前がシーヴの偉大さを理解する高貴さを持ち合わせてなくて」
「好奇の間違いじゃないのか」
激昂するのを期待して、笑ってやった。
「お前は低劣なブタだ。だから罪の呵責などなく殺せるぜ」
また舌なめずりをする。ギラついた目に殺気が満ちた。
「バラバラにしてお前の古女房へのプレゼントにしてやる!」
サムがナイフで突いて来た。
短く持った上着でそれを受ける。
絡め取ろうとしたのだが、ヤツのナイフが上着を鋭く切り裂いた。
俺は退かなかった。至近距離から銃口を向けてやると、素早くサムは横へ動き、俺の左脇腹を切り裂きに来る。
そこへ俺は銃口を向け、銃爪を引いた。
ギィン! という、鉄と鉄が激しくぶつかり合う音が倉庫内に響いた。
壁を火傷のような音がかすめる。
ヤツが振ったナイフにちょうど俺の弾丸が当たり、弾かれたようだ。
サムがバランスを崩し、よろけた。しかし俺は2発目を撃てなかった。
いちいち反動で腕が弾かれる。銃を構え直すとサムは俺の背後へ回り込もうとした。
サムの動きが信じられないぐらいに素早い。本当にコイツは人間か?
自分という神を信じることでこれほどのパワーを発揮しているのだ。
信じるということはこれほどまでに人間を超人的に、これほどまでに凶暴にさせるものなのか。
「神のご加護があった」
サムがさっきの偶然を神のお陰にして、笑う。
「お前には何がある? 何かあるか?」
俺は3発目を撃とうとする。
慌てるな、焦ったらしくじる。俺は自分に言い聞かせた。
しかし、これほどまでに素早く、これほどまでに殺気を放って来るヤツを相手に、焦るなというほうが無理だった。
俺は冷静なつもりだった。
俺には40年以上現役を続けているベテラン刑事としての経験と度胸がある、つもりだった。
しかし慌てた俺は焦った手つきで3発目を発砲してしまった。
モーションがバレバレだったようだ。ヤツが俺の前で沈み込み、俺の視界から消えた。
次の瞬間、その視界がすべて暗くなり、火花が飛び散った。
沈み込んだサム・ハリンチョがカエルのようにジャンプをし、俺の顎に頭突きを食らわせたのだった。
俺はたまらず後ろによろけ、埃を散らして倒れた。
サムが俺の右手を蹴る。ヤツは鉛底のブーツを履いている。俺の右手が砕けた。銃が遠くに転がって行った。
俺は情けない声を上げたようだ。
倉庫内にジジイの呻きが響いた。
「ゲイリー・サラス。お前は一度、俺を捕まえるという愚行を犯し、神を冒涜した」
鉛底のブーツが俺の腹の上に降って来た。
避けようとしたが、左脇腹を抉られてしまった。
またもやみっともないジジイの呻き声が倉庫内に響いた。
サム・ハリンチョの汚い口の中が見えた。
黄色く粘ついた牙がそこから覗き、黒い唇を赤い舌が舐める。
「お前に制裁を下す。……死刑」
二本の足で挟み込まれた。
動けない。
ヤツがアーミーナイフを振り上げた。
「地獄行きだ」
天から振り下ろすように、俺の頸動脈を狙って、それが勢いよく、振り下ろされた。
その足音は振り下ろされるナイフよりも速かった。
狼のような影が走り、サム・ハリンチョの小柄な身体が吹き飛ばされる。
超スピードのタックルを仕掛けたその男の姿を認めると、俺は思わずそいつの名を讃えるように、声を上げた。
「ハリー!」
ゴロゴロともつれ合って2人が転がって行く。
やがて動きが止まると、ハリーが上を取っていた。
「逮捕だ!」
そう叫びながら、手錠を取り出すのに手間取るハリーをサム・ハリンチョが蹴って退け、あっという間にマウントを返した。
「お前が来るだろうのも計算済みだ、若造!」
サムがハリーを組み敷いて、ナイフを振り上げる。
「俺は神だぞ!」
ハリーが叫んだ。
「うわぁ!」
俺も思わず叫んだ。
「うぉい!?」




