マイケル・サラス
「サム・ハリンチョから手紙が?」
相棒のハリーが喜びの声を上げた。
「ようやく動き出してくれたか! ようし、もっと尻尾を出せっ! 捕まえてやる!」
俺はヤツの胸ぐらを掴んだ。
「俺の家族が誰か1人殺されるかもしれないんだぞ!」
子犬のように気弱そうな目を覗き込んでやる。
「口を慎め。このウスラトンカチが」
道行く人々が俺達が喧嘩でもしていると思ったのか、振り返る。
気分のせいか、今日は街が黒と灰色だけで出来ているように見えた。
「すまなかった……」
ハリーは目をそらした。
「でも……、ようやく姿を現してくれたのは確かでしょ」
「姿はまだ現してない。現すより前に、こっちから見つけるんだ」
「でも、あんたの家族には注意を呼びかけないといけないね」
ハリーが当たり前のことを言う。
「出来れば家から出ないようにさせておいたほうが……」
「息子のマイケルは会社で部長をやっている」
俺は早口で言った。
「大事な仕事だから、家から出ないわけには行かないと言って、聞かん」
「今どき、オンラインでも仕事は出来るっしょ」
「じゃあお前がマイケルに言ってくれ。あいつは自分の命よりも仕事のほうが大事なんだそうだ」
「お父さんに似たんだな」
「なんだと!?」
知ったような口を聞く若造のブロンドヘアーを、俺はクシャクシャにしてやった。
■ □ ■ □
署に帰ると受付のミランダが俺を呼び止める。
「サラス刑事、お客様がお見えです」
「客だと?」
「まさかサム・ハリンチョ?」
俺とハリーは顔を見合わせた。
しかし曇りガラスを張ったパーテーションの向こうでソファーに座っていたのは、よく見知った顔だった。
俺が来たのを見ても立ち上がりもせず、眼鏡をかけた短髪のその男は、何やら不機嫌そうな顔をこちらに向けた。
「お前か。どうした、マイケル」
俺は来客の息子に、言った。
「用があるなら呼んでくれたらこちらからお前の会社に行くのに。
それか、お前の護衛につけている警官に頼めば……」
「パパ」
マイケルはテーブルの上に置いていた白い大きな封筒を手に取った。
「僕宛にこんなものが、会社に届いてたんだ」
嫌な予感がして、俺はそれを奪い取った。
中を開けると紙切れが1枚、入っていた。ハリーも顔を並べてそれを読んだ。
『マイケル・サラス氏へ。
私の名前はサム・ハリンチョ。君のお父さんゲイリー・サラスに一度は捕まったが、まんまと逃走した男だ。
私は君のお父さんに激しくプライドを傷つけられた。
何があったのかは彼に聞け。
もう聞いているかもしれないが、君の家族から1人を選んで、私は殺すことにした。
恨むならお父さんを恨め。
私にこんなことをさせるのは君のお父さん、ゲイリー・サラスだ。
それでは、楽しい殺人劇を楽しみにしていてくれ』
俺はそれを破り捨てたいのを震える手で必死に堪えた。
「何があったの、パパ?」
マイケルが俺を責めるような目で見る。
「この男から恨まれるようなことをしたのか? なぜ、僕ら家族が巻き込まれるんだ?」
「……わからない」
俺は正直に答えるしかなかった。
「プライドを傷つけられたとか……、コイツは一体、何を言ってるんだ?」
「ゲイリーは逮捕しただけだ」
ハリーが弁護してくれる。
「今まで誰も捕まえられなかった男を、あなたのお父さんが逮捕した。それだけです」
「とにかく……。もし、キャシーかポールが殺されたりしたら、僕はパパを許さないからね!」
マイケルが眼鏡の奥から俺を睨みつける。
「子供達は僕の宝だ! パパはあんまり可愛がってくれないけど……!」
「俺にとってももちろん可愛い孫達だよ」
俺はなるべく殺伐とした言葉を避けて、言った。
「ベスはどうしてる?」
「家にいるよ。外には出るなと言ってある」
マイケルは少し落ち着きを取り戻し、うつむいて言った。
「護衛の婦人警官を新しい家政婦だと思わせてあるから、一緒にお茶でも飲んでるんじゃない?」
ハリーが口を挟む。
「失礼、ベスとはどなたです?」
「うちの嫁だ」
俺が答えた。
ハリーは続きをマイケルに聞いた。
「え。じゃあ、奥さんには知らせてないんですか? 殺人予告が届いていること……」
「2人の子供と妻には知らせてませんよ」
拳を握りしめ、マイケルが答える。
「そんな怖い思い、させたくない……。僕が注意しておけば……」
「大丈夫なんですかね?」
ハリーが俺に聞いて来た。
「自衛もしてもらわないと」
「ああ。しかし怖い思いをさせたくないというマイケルの気持ちもわかる」
「まあ……確かに」
「俺の妻にいつも一緒にいるよう言ってある」
「お孫さん達は?」
「ポールは10歳、キャシーは4歳。2人とも小学校と幼稚園を休ませて、家にいさせてある」
「コロナで休校とか嘘をついて?」
「まぁ、ベスは何か不自然だと気づいてはいるだろうな」
「私を信じてくれているんです」
マイケルがハリーに説明した。
「だから、何も聞かずに、従ってくれている」
「とにかく、なるべく早くになんとかする」
俺はマイケルに誓った。
「俺に任せろ。必ずお前らを守る」
「とにかく……、コイツにもし会ったら言ってやって、パパ」
マイケルはテーブルの上の紙切れを拳骨で抑えると、言った。
「『ふざけるな、クソヤロウ!』ってね」




