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追跡

「サム……ハリンチョ……!」


 俺は懐から銃を取り出しながら、そいつに近づいた。


 小馬鹿にするような笑顔を残して、サムはくるりと背中を向けると、路地の中へ逃げ出した。


「待て!」


 俺はその背中を追った。

 誘われているのはわかっている。

 乗ってやる!



 狭い建物と建物の間を2人の男が飛ぶように駆けた。

 サムは振り向きもせずにまっすぐ走って行く。

 俺は銃を握りながらも発砲できない。

 銃を発射したその反動に耐えられる自信がない。歳は取りたくないもんだ。


 誰もいない裏路地を、俺はサムを追って走った。

 途中を塞ぐ木箱や放置自転車といった障害物を乗り越えて。

 老体が悲鳴を上げそうになる。

 息が苦しい。

 それでも追った。


 サムはどう見ても加減をしている。

 わざと俺に離されないように、走る速度を抑えている。

 どこかに俺をおびき寄せたいのだ。

 おそらくは罠が待っている。

 ヤツは必死に逃げているフリをしているが、わかっているぞ、お前は本当は自信のかたまりだ。


 普通の殺人者なら自分も怖いものだ。

 怖いからこそさっさと殺せる時に殺す。反撃されないうちに。

 サム・ハリンチョという男は狂信の徒だ。

 恐怖心など克服してしまうほどにそれを信じている。

 自分自身を信じきっているのだ。反撃されることなど恐れていない。

 俺を殺すつもりならもっと早く、胸糞悪いゲームを仕掛けることもせず、さっさと殺せたはずだ。

 俺を弄び、見下し、さんざん絶望を与えた末に殺したいのだろう。

 理解したくはないが、それでヤツのプライドは守られるばかりか、さらに高くなるのだ。


 どれだけ走ったろうか。

 元の場所からはだいぶん離れてしまった。

 煉瓦の壁につけられた鉄の扉が、行手の左側で開きっぱなしになっているのが見えて来た。

 サムがそこへするりと身を滑り込ませた。



 戸口に立ち止まり、中を見回すと、ヤツがいない。

 俺は荒い息を整えた。

 一歩足を踏み入れ、素早く左右へ銃口を向ける。

 扉は内側に向かって開いている。その陰も確認するが、ヤツはいない。

 使われていない倉庫のようだ。木箱や段ボール箱がまばらに散らかっている。

 一歩進むごとに埃が舞い踊る。コンクリートの床を確認したが、ヤツの足跡はなかった。

 上を見ると、ロープに捕まり吊り上がっていたギラついた目の男がいて、飛びかかって来た。


 身体の動きが重い。あれだけ走らされると──


 しかしなんとか横に避けてかわした。サムが俺のいた場所に着地する。


 地面を向いたまま、そのギラついた目だけをこちらに向けると、ゆっくりとサム・ハリンチョが立ち上がる。

 ゆっくりと懐に手を入れ、大型のアーミーナイフを取り出すと、鞘から抜いた。


「ゲイリー・サラス……。よぼよぼジジイ」

 まっすぐ距離を詰めながら、刀身をうまそうに舐める。

「誇り高き神シーヴを冒涜した罪は重いぞ」


 俺は後ろへ動きながら、銃を構えた。足がふらつき、照準が定まらない。

 一発撃ったが、銃弾は明後日の方向へ飛んで行った。反動で手が弾かれる。

「クッ……!」

 銃を持った自分の手で顔面を打たれた。

 なんて醜態だ。もう5歳若ければこんなことは……。


「ハハハハハハハ!」

 サムが悪魔のような声で笑う。

「知ってるぜ。お前の武器は『長年のカン』ってやつだけだろ?」


 言う通りだ。俺の武器はそれしかない。悔しいが──


「1年前……」

 サムがじりじりと、俺の銃口を気にしながら、近づいて来る。

「お前はそのカンで、俺が次に狙うターゲットを予測し、待ち伏せてやがったよな」


 俺は銃爪を引こうとした。当たる気がしない。


「神を上回る老いぼれのカンなどあってはいけないのだ!」

 俺を牽制するように大声を食らわせて来る。

「ゆえにゲイリー・サラス! 貴様に制裁を加える!」



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