対決
今からお前を殺しに行くと言われ、俺は笑った。
サムはこんなにも早く不正解を告げて来た。
俺の家の二階の北向きの窓をずっと見ていたのか?
周囲は芝生。向かいの家は遠く、高い建物もない土地に俺の家は建つ。
おそらくはどこかにカメラを仕掛けているのだ。
サムはどこからか俺達を見ている。
この話だって盗聴されているかもしれん。
俺はわざと、大袈裟に慌てたように、言った。
「ハリー! サムがターゲット殺害に動き出したぞ!」
「ど、どうすればいい?」
ハリーは本当に慌てている。使えねぇヤツだな。あるいは迫真の演技か?
俺は刑事部長に報告した。
「トム! サム・ハリンチョが行動を開始しそうだ。ちょいと行って来る」
本人を迎え撃つとは言わなかった。
協力は仰げない。俺は1人で行かねばならない。ヤツが警戒して姿を現さなかったら、何にもならない。
「気をつけてな」
刑事部長はそれでも何かをわかっているように、俺を心配する顔をして、言った。
俺は笑顔と二本の指だけでそれに応えると、上着を着て刑事部屋を出た。
「待ってくれよ、ゲイリー!」
ハリーが後を追って来た。
■ □ ■ □
街へ出て、家への方向を歩いた。
ずっとハリーが隣をキョロキョロしながら歩いている。
「ハリー。俺を1人にしろ」
俺が言うと、子供を心配する親のように、泣きそうな色を顔に浮かべる。
「サムに狙われてるんだろ」
「だからだ。お前が一緒にいたらヤツが姿を見せん」
「出来ないよ! 心配だ!」
「ハリー」
俺は笑顔を見せてやった。
「GPSの使い方、もう少し教えてくれよ」
「こんな時に……?」
「お前はGPSの天才だろ」
スマホを取り出し、聞いた。
「俺はこの青い点なんだろ? これがもし止まったら、応援に来てくれ」
「わかった。近くにいるよ」
「いや、なるべく離れていてくれ。ヤツに勘づかれないようにな」
「それじゃすぐに駆けつけられない!」
「元陸上部だろ」
俺は完全に信頼する目でハリーを見た。
「お前の足の速さはグレートだ」
「ゲイリー……。大丈夫か?」
コーラの赤い小型トラックが通った。
ハリーは見向きもしなかった。
「あれだ! あれを追え、ハリー!」
「え? え?」
「あのトラックだ! ドッグフードを積んだ車を追う犬のように追え! 早く!」
「ば……バカにしてんのか?」
「早く行けったら!」
俺はハリーを蹴る真似をして、急かした。
「俺を1人にしろ!」
ハリーは駆け出した。コーラのトラックを追って。しかしその顔はずっと俺のほうを何度も振り返っていた。
□ ■ □ ■
天気が悪くなりはじめた。
まだ14時だというのに薄暗い。
なるべく人通りの少ない路地を選んで歩いた。
サム・ハリンチョの得物はアーミー・ナイフだ。
ヤツの武器はそれを使って人体をバラバラに出来るほどの怪力だ。
予想に反して銃を使用して来る可能性もあるが、俺はそれを信じた。
ヤツは自分のやり方にこだわりを持っている。誇りを持っていると言ってもいい。
襲って来い。
姿を現せ。
ようやく貴様とご対面できる。
後ろを振り返ったが、ハリーがついて来ている気配はなかった。俺は安心する。
俺は今、1人だぞ。
俺を殺しに来るんだろ?
くだらないゲームをやらせて、必死で家族の命乞いをする俺を見て笑いたかったんだろう?
貴様のてのひらの上で弄ばれてたまるか。
俺が貴様を弄んでやる。
出て来いよ。
姿を見せろ。
俺は歩いた。
止まらず歩き続けた。
だんだんと景色がこの世のものではないように思えて来る。
まるで地獄の中でも歩いているような──
「ゲイリー・サラス!」
やたら陽気な声が俺を呼び止めた。
振り向くと、裏路地の入口を立ち塞ぐように、そいつがいた。
黒っぽいデニム生地のシャツに、ジーンズ。
小柄な浅黒い肌の男が、そこに立ってニヤついていた。
かけていたサングラスを外すと、ギラついた目が、嬉しそうに俺を見つめた。




