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サム・ハリンチョという男

 俺はサム・ハリンチョという男をよく知っているつもりだ。


 その頭の中はわかりたくもないが、どういう思想の方向性を持ち、何が嫌いで、どういうやり方を好むか……

 それをよく知っている俺だからこそ、何かが引っ掛かるのだ。


 ヤツがドロシーをターゲットにしているとしても、そこに不自然さはない。ヤツは既に老女を一人、殺害している。

 その老女の頭部を切り取って、家族に送りつけた。

 動機はその老女に侮辱を受けたからだとしか考えられなかったが、

ヤツは『ゴバンの神シーヴが自分に送る気の流れを阻害したからだ』と供述した。



 現在、時間は午前11時48分。


 回答の期限まであと残り約9時間。


 しかしヤツが痺れを切らすのはもっと早いだろう。


 俺がケイティーに電話をかけ、『ドロシー・サラス』と書いたほうの紙を貼らせれば、それが正解ならドロシーは助かる。

 そしてそれはまず間違いなく正解だろう。


 サム・ハリンチョは残忍な殺人鬼だが、プライドが高い。

 正解したにも関わらず、約束を破って計画通りに犯行に及ぶことはないと考えられる。

 それはヤツにとってゴバンの神を貶める行為であるはずだ。


 正解を偽ることは出来ない。

 署の俺宛に正解を記した郵便物を送ったというのが本当なら、後から正解を変えることは不可能だ。


 しかし俺はケイティーに指示を出せずにいる。

 刑事としてのカンが、違和感を告げている。


 なんだ?


 何が引っ掛かるんだ、ゲイリー・サラス?


 俺は刑事部屋の自分のデスクに座り、目を瞑ってそれを考えた。


 まず──


 なぜ、ヤツはこんな胸糞悪いゲームを俺にやらせるのか?


 ヤツは俺にプライドを傷つけられたと言った。何のことかはわからんが。

 俺のことが憎いのなら、さっさと俺の愛するドロシーをコストコで会った時に殺害して、俺に宅配便の荷物を送り届ければいいはずだ。

 予告なんかすれば、当然こちらは警戒する。やりにくくなるはずだ。


 それでもやれる、という己の凄さを見せつけたいのか。

 ハードルを自ら高くしておいて、それを乗り越えられる自分に酔いたいのか。

 そして俺のことを見下したいのだ。

 こんなにもヒントを出してやったのに、こんなにも予告をし、時間まで限定してやったのに、防げなかったのか? と。

 俺をコケにすることで自分のプライドを取り戻したいのだ。


 いや──


 しかし実際、無理だろう。


 ドロシーは家の中にずっといて、ベスがいつも一緒にいる。

 何より射撃の名手の婦人警官ケイティーがずっと傍についている。


 どうやってやるつもりだ?


 それでもやれると言うのか?


 ケイティー1人なら心配もするが、ベスはああ見えてパニック時には凄いパワーを発揮する。

 ドロシーだって侮れない。窮鼠猫を噛むの言葉通りだ。

 ポールだって映画に影響された色んな武器を持っている。

 それらを掻い潜って犯行が可能だとは、ちょっと信じ難い。


 いや、待て──


 そもそも本当にターゲットはドロシーなのか?


 俺の引っ掛かりはそこだ。


 ヤツはゴバンの神シーヴの生まれ変わりであり、神通力を有していると自称している。

 ヤツの神通力は、気の流れを阻害する者があると使えなくなるのだと言う。

 そういう存在は悪なのだと言う。

 ゆえに制裁を加え、その頭部を切り取って、見せしめに家族に送りつける。

 それはつまり、あれだ。

 今まで殺された者は、サム・ハリンチョの気に障った者だということだ。

 ヤツが本当は神とやらの生まれ変わりなどではなく、ただのつまらん人間だということを思い知らせた者ということではないか。

 それを殺すことで、自分はスーパーマンなのだという誇りだか何だかを保ち続けている。

 なんて自己中心的なヤツだ。


 そんな自己中心的なヤツが、刑事の妻だとはいえ、ただの老婆を殺害する理由は?

 俺へのあてつけ?

 俺にヤツを一度でも捕まえたことを後悔させるため?


 筋は通っているかもしれない。

 しかしそれは俺の知るサム・ハリンチョではなかった。


 何よりこんな胸糞悪いゲームをやらせる理由は──


 俺にはなんとなく察しがつきはじめた。


 俺をヤツのてのひらの上に乗せ、俺を従わせ、俺の感情をかき乱して、嘲笑いたいのだ。


 自分のほうが上だと誇示するために、ヒントに誤回答を導く仕掛けをするだろう。

 実際、第二のヒントにはうまく騙されかけた。

 誤回答をした俺を上から目線で嘲笑い、正解のターゲットを殺害し、膝をついた俺を上から指差してコケにしたい……のか?


 そこに違和感がある。


 しかし、もう時間がない。


 ヤツが痺れを切らして行動を起こす前に、二階の北向きの窓に回答を掲げなければ。


 俺はサム・ハリンチョをよく知っていた。

 ヤツは移民ではなく、この国で産まれた二世だ。

 しかし自分の血統にやたらと誇りを持っている。

 ヤツは日常生活でも何かとゴバンの常識を押しつけ、問題を起こしていたと調べがついている。

 メシを食うにも俺達が左手でフォークを持つのをいちいち罵っていたそうだ。

 ゴバン人は食事の際には必ず右手しか使わないそうだから。


 そんなヤツが常識とするのは間違いなくゴバンの常識だろう。

 ならば第二のヒントの答えはやはり『老人』だとしか考えられない。


 時計を見ると昼12時を回っている。


 13時をタイムリミットと決めていた。


 13時になったらケイティーに電話をしよう。

『ドロシー・サラス』と窓に貼れ、と。




 そこへハリーが深刻そうな顔で部屋に飛び込んで来た。

「ゲイリー! ターゲットがわかった!」


「なんだって?」


「フィリップ・オロンチョにさらに聞いてみたんだ。第一のヒントも、第三のヒントについても聞いてみた。それでわかった!」


「どういうことだ?」


「第三のヒントにもゴバンの常識が隠されてたんだよ! その答えはゴバン人にとっては誰でも同じ答えになるそうだ!」



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