妊婦
「俺、パパになるんだ。ゲイリー!」
ハリーが顔を輝かせる。
「病院に行ったら妊娠6週だったって!」
「やったな、ハリー!」
俺は思わずハリーを抱き締めた。
「うん、うん」
ハリーは俺にハグされたまま、ジョアンナとの通話を続ける。
「ごめんな、忙しくて……。本当は直接言いたかっただろうに、電話でさせちゃって……。
今日は早目に帰るよ。たぶんだけど……。うん。エコー写真、早く見たい。それじゃ。愛してるよ」
ハリーが電話を切ると、みんなが祝福した。
マイケルがにっこり笑って拍手をした。
「おめでとう、ハリー」
ボブが真っ黒な顔から赤い歯茎を見せ、巨体を揺らしながらバムバムバムと拍手をする。
「おめでとうな、ハリー」
「ありがとう、みんな」
ハリーは泣いていた。
「俺、いいパパになるよ」
「俺みたいにはなるなよ?」
抱き締めた身体を揺すり、ブロンドの頭をクシャクシャにしてやった。
「子供がマイケルみたいにならないようにな」
「それよりママのことを早くしてくれ、パパ!」
そのマイケルが思い出したように言う。
「早く二階の北向きの窓に『ドロシー・サラス』と書いた紙を……!」
「あ……」
ハリーが笑顔を急に消し、声を上げた。
「妊婦だ……」
「なんだと?」
「ゴバンの常識で、その死を誰もが嘆き悲しむのは……老人と……妊婦だろ?」
はっとした。
完全に人数には入っていなかったが、サム・ハリンチョのターゲットがハリーの妻だということは、あり得る。
俺の家族みたいなものだし、ヤツが何か思い違いをしていて、俺がジョアンナを愛していると考えているかもしれない。
俺の1番近くにいるハリーの女房だし、何より第二のヒントに完全に合致する。
ハリーの幸せそうだった顔が一転、絶望の色を浮かべた。
「サムが犯行の手口を真似してるあの映画……、殺されたのは主人公の相棒の奥さんだったよな」
その映画のクライマックスシーンが頭に浮かんだ。
若い相棒が鉄塔の下で運送業者から荷物を届けられる。
その箱を開けると、出て来たのは……
「ジョアンナだ!」
俺は叫んだ。
「畜生! そうか! ジョアンナにだけは護衛がついていない! サムのヤツ、そこを狙いやがった!」
「ゲイリー!」
ハリーがくずおれそうになっていた足を奮い立たせる。
「早く! 行こう!」
「あの〜」
傍でずっと聞いていたボブが口を挟んで来た。
「なんだ? 今、急を要するんだ!」
「邪魔すんな、ウスノロ!」
ハリーが悪口を言った。
ボブは呑気な口調で、言った。
「ハリーの奥さんの妊娠を、サム・ハリンチョはどうやって知ったので?」
はっとしている俺達に、ボブは続けた。
「今、病院で、妊娠わかったんですよね? サム・ハリンチョがヒントを送って来たのは二日前? 三日前?」
うっと唸っている俺達に、ボブがとどめを刺した。
「ありえないでしょ。慌てちゃダメ。焦ったら冷静な判断なんか出来なくなるんですよ?」
ボブに論破されてしまった。
クッ……! ボブなんかに論破されるとは。脳みそまで筋肉で出来てそうな奴なのに!
ハリーは安心したのか、膝をつき、笑いながら泣き崩れた。
そうだ、ハリー。そんな気持ちだ。
俺はそんな気持ちを抑え込みながら、戦っているんだ。




