表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/22

ゴバン人の常識

「やはりキャシーじゃないのかな」

 拘置所へ向かう階段を下りながら、ハリーが言った。

「3つのヒントを合わせて考えると、正解は……」


「1番俺の近くにいる者だぞ?」

 俺は反論する。

「俺はろくに孫に構ってやれてもいない」


「意味が違うんだよ、きっと」

 ハリーが推理を披露する。

「老人は子供返りするって言うだろ? そういう意味で、キャシーはゲイリーに1番近いんだ」


「失礼なことを言うな」

 俺は機嫌を悪くした。


「1番愛する者……。サムから見て、幼い孫娘こそそうだと思うだろう。

その死を誰もが嘆き悲しむ者……。これは言うまでもないとして、

そして老人に1番近いのは子供。やはりキャシーなのか……」


 俺は何も答えられなかった。


「何にしろ、今からその答えがわかる」


「どういうことだ」

 聞くしかなかった。ハリーが何をわかったのか、俺はわからないのだ。

「説明しろ」


「気になってたんだ」

 ハリーが説明を始める。

「第一のヒントはサムの主観で答えの変わるものだった。

あんたが実際に誰を1番愛しているかは関係なく、サムから見て、あんたが誰を1番愛しているように見えるかで、答えが変わる」


「その通りだ」

 俺は先を急かす。

「それで?」


「出されたばかりの第三のヒントだけど、これはその意味の取り方次第で答えが変わる。

さっき言ったような意味ならキャシー、親等で1番近いのは息子のマイケル氏、

1番長く一緒にいる者ならドロシー、そのまんまの意味なら俺だ」


「なるほどな」

 俺はうなずいた。

「相続権で言えば1番近いマイケルも候補に上がるか」


「しかし、第二のヒントだけは曖昧さがないと思っていた。

だけど、さっきゲイリーが言ったことでそうでもないと気づいたんだ」


「どういうことだ?」


「第二のヒントはいわば常識問題だ。死んだら誰もから嘆き悲しまれる者とはどんな人物か?

ジョアンナが言った通り、産まれて何年も生きずに死んだ子供にこそ、人々の憐憫は集まるだろう。

だから第二のヒントが示すものは『最も幼い者』、つまり4歳のキャシーだと俺達は思い込んでた」


「他にあるか?」


「でもそれは『俺達の常識』だ」

 ハリーが名探偵のようにこちらを振り向いた。

「国によって常識は変わる。ゴバンゴブン共和国の常識では、その死を最も嘆かれるのは幼い子供じゃないかもしれない」


「なるほど」

 俺は納得した。

「ゴバンゴブン共和国なんてわけのわからん国の常識は、俺達とは違っているかもしれないということか」


「そういうこと」


「イケメンがもし最も尊い者とされているなら、お前が死ねばゴバン人達は最も悲しむよな」


「そう。しかもサム・ハリンチョが俺とゲイリーを同性愛者だと勘違いしていれば、あんたが最も愛しているのは俺ということになり……」


「殴るぞ」


「とりあえず拘留中のフィリップ・オロンチョに聞くんだ。ゴバン人が最もその死を悲しむのはどんな人物かを……」



 ハリーの頭の柔らかさに素直に感服するしかなかった。

 あるいは自分の頭が老化して固くなっちまってることを恥じるべきか。

 自分の常識で第二のヒントの答えを決めつけるところだった。


 とりあえず3つのヒントは出揃っている。

 第二のヒントの答えがわかれば、遂にサム・ハリンチョが狙っている家族が誰なのかがわかるような気がする。





 フィリップ・オロンチョは当然ながら、独房の中で眠っていた。


「おい、起きろ」

 ハリーが鉄格子越しに声をかける。

「起きろよ、オロンチョ。お前に聞きたいことがある」


 オロンチョは怠そうに目を開けると、寝転がった姿勢のまま、面倒臭そうに言った。

「なんだよ……。聞かれたことは全部答えただろ。あとは俺、窃盗の罪のぶん拘留されてりゃいいだけだろ」


「新たにお前に聞きたいことが出来たんだ」

 ハリーが俺の初耳なことを言い出した。

「協力してくれたらお前の食いたいメシをなんでも好きなもんデリバリーで頼んでやる」


「本当か!?」

 オロンチョが飛び起きた。

「前から食ってみたかったのがあるんだ! 日本食の『カツドン』ってもんだ。それ、いいか?」


「ああ、カツドンか。あれ、うまいよな」


「いいか?」


「もちろんだ」


「キャベツにブロッコリーに人参の入ってるやつだぞ? タマネギと葉っぱだけじゃなくて」


「『野菜だくだく』だな? わかった。協力するな?」


「する!」

 オロンチョはよだれを我慢しながら、聞いた。

「で、何が聞きたいんだ?」


「これを見てくれ」

 そう言ってハリーは、持って来ていたサム・ハリンチョの第二のヒントが書かれた紙切れを、オロンチョに見せた。

「これの答え、わかるか?」


『その死が誰もにとって最も嘆かれる者』と、そこには書かれている。


「そりゃ、幼い子供だろう?」

 オロンチョは即答した。

「この国じゃそれが常識だろう?」


「この国のじゃない。ゴバンでの常識を教えてくれ」


 オロンチョはまたもや即答した。

「俺の故郷では逆に、最も長く生きてる者だ」


「最も……長く……?」


「ああ。子供は大した経験も知識もそのうちに持っていない。

だから死んでも身内から悲しまれはするが、知らない者からすれば比較的軽い出来事だ。

しかし老人は、そのうちに膨大な経験と知識を持っているから、その死は誰もから嘆き悲しまれる」


 俺とハリーは顔を見合わせた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ