第三のヒント
何事かと護衛のケイティーも子供達の寝室から出て来た。
「ドロシーさん……。こんなものが届いていたのなら、すぐに私に知らせてください」
「ごめんなさい」
ドロシーはすまなさそうに、ケイティーに頭を下げる。
「動転してしまったのよ」
俺は封筒から抜き出した紙切れを、読んだ。
それは比較的長い文章だった。
『やぁ、親愛なるゲイリー・サラス君。サム・ハリンチョだ。
俺のことを探しているようだね? 無駄だ。やめておけ。
大人しく第三のヒントを待って、俺が殺そうとしているのが誰かを推理することをお勧めする。
それを当てることが出来れば、俺は殺人計画を取り止めることを約束するよ。
え? 正解しても俺が答えを後から変えるかもしれないって?
じつは正解は既に警察署の君宛に郵送してある。昨日の日付でだ。
それを届く前に回収しようとしても無駄だ。君には時間がない。
なぜならこれから俺が早速、第三のヒントを出すからだ。
この封筒は今日の21時ちょうどに届けるよう指定してある。
明日の21時までに正解を導き出し、君の家の二階の北向きの窓に、大きな文字で正解を書いた紙を貼りたまえ。
正解なら命を助けてやろう。
不正解なら即刻俺は手を下す。
回答が遅ければ、俺が痺れを切らしてそいつを殺してしまうこともあるだろう。可能な限り急げ。
それでは心の準備はいいか?
第三のヒントだ。
それはゲイリー・サラス、お前の1番近くにいる者』
それを読んで、俺は考えた。
俺の1番近くにいる者だと……?
それは……
俺は急いでスマホを取り出すと、ハリーに電話をかけた。
呼び出し音が鳴る。
2回、3回……
出ない。ジョアンナとお楽しみ中なのか、もう眠ってしまったのか、それとも……
第三のヒントが出題されてから、もう3時間経ってしまっている。
いつも仕事で家にいない俺の、1番近くにいる者といえば、アイツしかいないだろう。
13ベルで留守番電話に切り替わった。
「ハリー!」
生きてるか? と言おうとして、俺はそれを止めた。
「緊急だ! これを聞いたらすぐに折り返し電話をくれ! 緊急だぞ!」
電話を切ると、ドロシーとケイティーの心配そうな顔を振り返る。
「あなた……。何て……?」
ドロシーが聞く。
「何て書いてあったの? 怖いけど、あなたの口から聞くなら……」
俺は質問に質問で返した。
「俺の1番近くにいる者って……誰だと思う?」
「それが第三のヒントなの?」
ケイティーがさらに質問をした。
「ああ……」
「それなら私ではないかしら?」
ドロシーが言った。
「あなたと1番長く一緒にいるわ」
「しかし、俺は家にはほとんどいなかった。『最も長く一緒にいる者』なら君だが、『1番近くにいる者』と言えば……」
「それって……」
ケイティーが何か言いかけた時、俺のスマホが『ロッキーのテーマ』で着信音をけたたましく鳴らし始めた。
これはアイツから専用の着信音だ。画面でかけて来た相手を確認することもせず、俺はすぐに電話を受けた。
『ゲイリー、どうしたの?』
くたびれたような相棒の声が耳をくすぐった。
「ハリー! ……よかった! 今、どこだ? 自宅か?」
『まだ署にいるよ。調べ物をしてたんだ』
「署から出るな」
俺は手短に言った。
「今すぐそっちへ行く。署から一歩も出ずに、待っててくれ」
『もう日付変わってるけど?』
「いいから、一歩も出るなよ? 窓から顔すら覗かすな! すぐに行く!」
電話を切ると、ケイティーに頼んだ。
「すまん。今日は泊まりで警護してくれないか」
ケイティーはにっこり笑うと、言ってくれた。
「どうせ独身だもの。オーケーよ、任せて」
「ありがとう。家族を頼む」
「ゲイリーも。ハリーを守ってあげて」
俺は脱いだばかりのコートを再び羽織ると、深夜の街に戻って行った。
□ ■ □ ■
車で乗りつけ、駆け足で署の玄関を潜った。
廊下を歩き、資料室に明かりがついているのを見る。
ノックを3回すると、扉を開けた。
「そろそろ帰ろうと思ってたんだけど……」
机に齧りついていたハリーが、俺を振り返るなり、眠そうな目で言った。
「何かあったの?」
「第三のヒントが来た」
俺がそう言うと眠そうだった目をぱっちり開く。
「内容は?」
聞いて来るハリーに、サム・ハリンチョから届いた手紙を見せた。
読み終えるとハリーが顔を上げ、言った。
「1番ゲイリーの近くにいる者って……」
素っ頓狂な声を出す。
「俺か?」
「お前しかいないだろ」
俺は顔から力が抜けてしまった。
「……無事でよかった」
「いや、でも……それはおかしい。ゲイリー」
「何がだ」
「俺はゲイリーの家族じゃない」
「家族みたいなものだ。こないだホームパーティーもやったじゃないか」
「それに……。ゲイリーは俺のことを世界で最も愛しているのかい?」
ハリーに言われて、はっとした。
俺としたことが、1番新しいヒントのことしか考えていなかった。
第一のヒント、第二のヒントのことをすっかり忘れていたのだ。
「慌てるなって言ったのはゲイリーだろ」
ハリーが俺の上を取ったように言う。
「焦ったら何事もしくじるもんだって」
「まあ……。愛していないことはないぞ。世界一かと聞かれたら断固否定するが……」
「俺って、死んだら誰もが悲しんでくれるのかな」
「それは……」
俺は苦しいことを言った。
「ゴバンの文化だと、最もその死を悲しまれるのはイケメンだとか、そういうことなのかもしれん……」
「ゴバンの文化……?」
ハリーが何かに思い当たったようだ。
「それだよ、ゲイリー!」




