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フィリップ・オロンチョ

 フィリップ・オロンチョは犯行を自供した。


 窃盗だ。個人経営の食料品店でチョコレートバーを一本盗んでいた。


「可愛いな」

 俺は思わず呟いた。


「いいヤツだな、お前。その程度の犯罪しかしてないなんて」

 取り調べ室の小さなテーブルに向かい合ったハリーにそう言われ、オロンチョは不思議そうに首を傾げた。


「サム・ハリンチョを知ってるな?」


 俺が聞くと、オロンチョは激しく首を横に振りながら、答えた。


「そりゃ知ってる。有名人だし、同郷だからな。でも、面識はないよ。あんな恐ろしいやつと……」


「簡単に信用するなよ、ハリー」


「兄弟とかじゃないのか? よく似てる」

 ハリーがしげしげとそいつの顔を眺めながら言う。


「似てないよ! 俺達が東洋人の顔を見るとみんな似てるって思うだろ? それと一緒のことだよ!」


「とりあえずサム・ハリンチョと繋がっている可能性はある」

 俺は2人ともに言った。

「ゴバン人はこの国では珍しい。同郷の者どうしのコミュニティーが存在することはじゅうぶんに考えられる」


「そんなんないよ! 数が少なすぎてコミュニティーにならない」


「とりあえずスマホの中身を確認させてもらうぞ?」

 ハリーがオロンチョのスマートフォンを手に持ち、言った。


「やめてくれ……」

 オロンチョが悲しそうにかぶりを振る。

「恥ずかしいSM画像がいっぱい入ってるんだ。見るのはやめてくれ……」


「そんなもの見たくないよ」


「ああ、俺も見たくない」

 俺も同意した。

「安心しろ。サム・ハリンチョとの通話履歴等がないか調べるだけだ」


 俺がそう言うと、オロンチョは心から安心した表情を浮かべた。


 どうやら本当に関係はなさそうだ。

 しかし、こういうヤツから思わぬ収穫があることもある。


 コイツはしばらく取り調べのためここに拘留だ。





 署の廊下を並んで歩きながら、俺はハリーに言った。

「しかし、お前は足が速いな」


「じつは学生時代、陸上部だった」


「ジョアンナにいいとこ見せるためか?」


「うん、その通り」


「でも振り向いてくれなかったんだよな?」


「その時はね。でも、いいんだ。今は身も心も俺のものだから」


「コイツめ」


 俺が肩を抱いて頭をクシャクシャにしてやると、ハリーは子供のように笑った。


「ところでよ、先生」

 俺は肩を抱いたまま、自分のスマホを取り出して言った。

「GPSの見方、教えてくれ。このままじゃお前がどこかで襲われてても、俺は駆けつけられん」


「また俺のほうから駆けつけるよ」


 俺は笑った。

「アホか! 襲われてるお前のほうが駆けつけてどうする」


「こんなもの使えなくても、ゲイリーには長年のカンがあるだろ」


「カンだけではどうにもならんこともある」

 俺は潔く認めた。

「若いヤツのように、こういうツールも使いこなせるようになりたい。お前に負けてちゃ悔しいからな」


「ツールってほどのものじゃ……」


「初級ツールだってのはわかってるよ。いいから教えてくれ、先生」


「いい? このコンパスの赤い方向が北だ」


「なるほど」


「太陽の位置で方角を……」


「夜はどうするんだ? 月も隠れてたら?」


「カンだよ」


「カンなら俺のほうが上だな」


「張り合わないでよ、子供みたいだぞ、ゲイリー」


「あの時、心配したんだ」


「あの時って?」


「お前がアイツを……サム・ハリンチョに似た男を追って、姿が見えなくなった時さ」


「ああ、あの時ね」


「いつでも駆けつけられるようになっておきたい。お前を1人にはせん」


「心配性の保護者みたいだな」


「抜かせ」


「俺のことよりも、キャシーの心配をしてくれ」

 ハリーの顔が真剣になる。

「次のヒントで3つ目だ。それが来たら、24時間以内にヤツは犯行を決行するんだろ」


「ああ」


「24時間以内ということは、俺達がそのヒントを見てから、その1秒後かもしれない」


「ああ、その通りだ」


「急がないと……」


「だからといって慌てるな。焦ると何事もしくじるもんだ」

 俺は自分に言い聞かせるように、言った。

「ケイティーが傍についている。しかもサム・ハリンチョの道具はアーミーナイフだ。接近しなければ何も出来ん」


「今までがナイフだったからといって、次にライフルを使わないとは限らないぞ」


 それはないと思った。サム・ハリンチョが狙撃の名手だという情報は、なかった。

 しかし何事も決めつけていてはそこに隙が産まれる。俺は相棒の背中を優しく叩いた。


「そうだな。お前の言う通りだ。ケイティーにカーテンを閉めさせるよう、連絡を取ろう」


 そしてスマホを取り出し、ハリーの前で、その通りにした。



□  ■  □  ■



「帰ったぞ」


 遅い時間に帰宅すると、いつものようにドロシーが迎えに出て来た。

 その顔が、不安そうに曇っている。


「あなた……」

 手に封筒を持っていた。

「これが……届いたの」


 それを見るなり自分の顔が蒼白になるのがわかった。


 俺は彼女を叱った。

「なぜ、届いてすぐに知らせなかった!」


「中身を見るのが怖くて……」

 ドロシーはすまなそうに項垂れる。

「もし、犯人からじゃなかったら、あなたを困らせるかと……」


「困らせてくれよ。……これから不審なことがあったら俺のことなど考えず、すぐに知らせてくれ。これは何時頃に届いた?」


「21時ちょうどだったわ」


 それを聞くとすぐに、俺は封筒の中身を確認する。


 今は深夜0時だ。これが第3のヒントなら、犯行は21時間以内に行われる。



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