サム・ハリンチョを捕まえろ!
「2人のなれそめ、聞きたいわ」
ワイングラスを片手に、ベスが言った。
「ジョアンナとはどこで知り合ったの?」
ハリーはキャシーを膝に抱き、心のショックを隠す笑顔を作って、答えた。
「じつは幼馴染みなんですよ」
「あら、素敵ね!」
ベスが話に飛びついた。
「じゃあ二十年来の恋が実ったとか? そういうこと?」
「あたしはずっと、ただの腐れ縁だとしか思ってなかったの」
ジョアンナがからかうようにハリーを見た。
「でも、彼が、ずっとあたしに憧れてたとか言い出すから……」
「15年かけて、ようやく男として見てもらえたんだ」
ハリーが膝に乗せたキャシーの肩を撫でながら、笑う。
「いまだに夢見たいだよ……」
「ハリーのどこが良くてOKしたの?」
キャシーが隣のジョアンナに質問した。
「やっぱり、カッコいいとこ?」
「一生懸命さにほだされちゃったのよ」
ジョアンナは自分の娘を見るような目をして、幸せそうに笑った。
「でも、束縛されるに値する男性だって思ってるわ」
「ゲイリー……」
ハリーは彼女の言葉に照れた様子もなく、目の前のオレンジジュースのグラスを掴むと、真剣な目をして、言った。
「明日こそサムを捕まえよう」
□ ■ □ ■
翌日、俺達2人はまた、街へ聞き込み捜査に繰り出した。
ハリーがプロファイリングで導き出したエリアを歩き回った。
「あっ!」
ハリーが声を上げた。何かを見つけたようだ。
「あの娘、可愛いなあ……!」
尻のでかい、ブルネットの美女だった。
まぁ、マスクをしているので美女かどうかはわからないが、全身からイイ女のオーラを漂わせていた。
俺はハリーの頭を叩いた。
「いてっ」
「まったく……。お前は真面目なんだかふざけてるんだか、よくわからん」
「ゲイリー……。俺は真面目だよ。ただ可愛い女の子には目が奪われてしまう……。それだけさ」
「ジョアンナに言いつけるぞ、この野郎」
ある男とすれ違った。俺の目の端がそいつを捕えた。
雑踏の中から浮き上がるように、臭い匂いを放つ豚のようだった。
首を回してまっすぐ見ると、野球帽を被ったそいつが、サングラスの向こうのギラついた目でこちらを窺っていた。
慌てたように目をそらし、急ぎ足になる。
「……おい!」
俺は手を伸ばし、引き止めようとした。
届かなかった。そいつがさらに歩みを早めたので。
足も使って肩を掴もうとするが、自分の身体の動きが鈍い。
若い頃ならもっと素早く動けた。畜生!
「止まれ!」
俺が叫ぶと、そいつは走って逃げはじめた。
小柄な、浅黒い肌の、後ろ姿。……間違いない!
「ハリー!」
俺が指示するよりも早く、ハリーが駆け出していた。
「サム・ハリンチョだ! 逃がすな!」
ハリーはサムアップなど無駄な動作は一切しなかった。そいつを追って、全速力で駆けて行く。
華麗に人混みを掻き分け、その背中があっという間に見えなくなる。
俺も遅れて走り出し、見失わないように首を伸ばしたが、若さにはとても追いつけなかった。
「絶対に逃がすな!」
息を切らしながら、路地裏に入った。
誰もいない。
どこへ行った?
俺が周囲を見回していると、無線に連絡が入った。
「ハリーか!?」
『ゲイリー、確保した』
「でかしたぞ!」
『……だが、サム・ハリンチョじゃない。人違いだ』
「……違ったか!」
俺の勘も衰えたもんだ……。
『しかし、署に連行する』
「どうしてだ?」
まぁ、声をかけたら逃げ出したというだけでしょっぴく理由にはなるが、ハリーの様子はどうやらそれだけではなさそうだった。
『それを説明したい。早く来てくれ』
「どこにいる!?」
『GPSを使ってくれ』
「ああ……」
俺はスマートフォンを取り出すと、マップアプリのアイコンをタップした。
ハリーの居るところは離れていてもこれですぐにわかる。
赤いピンだ。赤いピンの立っている場所に、ハリーは居る……んだよな。
しかし──これは北か? それとも南なのか?
俺がいる場所は、この、青い丸印なんだよな?
俺が移動すると、その青い丸印が赤いピンから遠ざかった。
「畜生! どうもこういうデジタルな物は苦手だ!」
メールの使い方もよくわからない俺にこんな物が使えるか!
俺がGPSの見方がさっぱりわからんと伝えると、ハリーの声が言った。
『わかった。こっちからそっちへ行く』
そう言ってからすぐに、ハリーはやって来た。
さっきの野球帽の男を後ろ手にさせて、捕まえて。
やはりよく似ている、サム・ハリンチョに。
しかしよく見ると、確かに別人だった。
「捕まえて、『サム・ハリンチョか?』と聞いたら『違う』と言った」
ハリーが説明する。
「『なぜ逃げた?』と聞くと、言葉を濁した」
「名前は?」
俺は野球帽の男に聞いた。
男は苦々しい顔をしながら、答えた。
「……フィリップ・オロンチョ」
「その名前……」
俺が聞くより先に、ハリーが説明した。
「ゴバン人だ、ゲイリー。サム・ハリンチョと同じ、ゴバンゴブン人だ」
多民族国家である我が国にはさまざまな人種がひしめいている。
しかし、ゴバンゴブン共和国の出身者は非常に珍しい。
コイツはもしかしたら有力な手がかりとなるかもしれない。




