連続殺人犯サムからの手紙
俺の名はゲイリー・サラス。71歳、現役の刑事だ。
もちろん自分でもわかってるさ、とっくに定年退職の年齢は過ぎている。
俺は数々の難事件を解決して来た。その手腕を買われ、必要とされ続けて来たんだ。
正直もう休みたいという気持ちもあったが、それ以上に必要とされることが嬉しくて、ズルズルとこんな年まで刑事を続けてしまった。
しかし、もうそろそろさすがに潮時かもしれない。
「ゲイリー……。言いにくいんだが、もうそろそろ……」
俺をデスクに呼び出し、刑事部長のトムがそう切り出した。俺より20歳下の上司だ。
「わかってるよ、トム」
俺は余裕で笑顔を見せてやる。
「言われなくてもそのつもりだ。ぼちぼち引退しようとは思ってる」
「いや、君の功績は素晴らしいものだ。本当は辞めてほしくなんかないんだ」
刑事部長はおためごかしのように言った。
「ただ、君のためを思ってだね……。お孫さん、いくつだったっけ?」
「4歳になったよ」
そう答えながら、刑事部長の言いたいことを俺は既にわかっていた。
彼はつまり今すぐの退職を求めている。
寄る年波には勝てないなと確かに自分でも思っていたところだ。
若い頃にはあり得ないようなイージーミスを犯すようになったし、身体も動かなくなった。
しかし──
「一番可愛い時じゃないか、4歳なんて。仕事を続けていては一緒に遊んでやる暇もないだろう?」
刑事部長が明らかな作り笑いを浮かべて言う。
「このままじゃ永遠に『大好きなおじいちゃん』になれないぞ?」
「わかってるんだ、トム。衰えた俺が若いやつらに笑われていることは」
俺は刑事部長とは逆に、余裕の笑いを顔から消した。
「だが、俺にはやり残してることがある。アイツを捕まえなければ、俺は笑って引退できない」
「サム・ハリンチョのことだな?」
「そうだ」
俺は『鬼のゲイリー・サラス』の顔を取り戻し、言った。
「ヤツを捕まえたのは俺だ。しかしウスラトンカチのハリーが油断して、連行中に逃しやがった」
「確かにサム・ハリンチョは君でなければ捕まえられなかった」
刑事部長は困ったようにハゲ頭を掻いた。
「君はヤツのことをよく知っている。しかし……、もうすぐ1年になるんだぞ」
そうだ。サム・ハリンチョが逃走してからもうすぐ1年になる。
俺はヤツを追っている。しかし行方は杳として知れない。
7人もの罪のない人を殺害したアイツを捕まえることなく引退するのは嫌だった。
「サム・ハリンチョを捕まえないことには、俺は引退できない」
俺は刑事部長に懇願した。
「頼む。刑事として最後の頼みだ」
刑事部長は仕方なさそうに、うなずいた。
■ □ ■ □
今日の聞き込みも徒労に終わった。
楽しそうなカップルが歩く夜の街を、俺は相棒のハリーと並んで、肩を落としながら歩く。
「せめて何か事件を起こしてくれないかなぁ」
ハリーがぼやくように、言った。
「何もやらかしてくれないから見つけられないんだよ」
俺は若いハリーの目を覗き込むようにして、言ってやった。
「何事もないのが一番だ。お前は罪もない誰かに死んでほしいのか」
「失言だったよ、ゲイリー」
ハリーがしょぼくれる。
「焦っちゃってさ、だって俺の責任だもの」
「済んだことは済んだことだ。以後気をつければそれでいい」
「でも……、俺が油断して、連行中のサムを逃さなければ……」
「『たられば』はやめろ。今はアイツを見つけることに集中するんだ」
「ごめんよ、ゲイリー」
「とりあえず今日は引き上げだ。帰って新婚の綺麗な奥さんのメシでも食え」
「ゲイリーも」
「俺に新婚の綺麗な奥さんはおらん」
「可愛い孫娘と仲良くね」
「フン……。もう寝てる。それに俺は仕事一筋だ」
□ ■ □ ■
「今、帰ったぞ」
家に入ると、妻のドロシーが迎えに出た。
いつもながら、まだ起きてたのか。俺よりは若いとはいえ、もう妻も65歳だ。
刑事の俺の遅い帰りを妻は40年以上、待ち続けていてくれる。
若い頃はただひたすらに感謝していたが、もうこの年になるとそこに心配も混じる。
「お帰りなさい、あなた」
キスを交わすと、言ってやった。
「これからは俺の帰りを待たなくていい。君の身体が心配だよ。先に寝るようにしてくれ」
「長年の習慣を変えるのは難しいですわ」
ドロシーがそう言って優しく笑う。
「あなたがお勤めを終えるまで、私はずっとこうします」
「ありがとう」
もう一度、こめかみにキスをする。
「ポールもキャシーももう寝たのか?」
「うちの孫は2人ともいい子よ。夜更しなんてしません」
「おばあちゃんに似なかったんだな」
クスッと笑うと、ドロシーが思い出したように、言った。
「あ、そうそう。今日、家族みんなでコストコに行って来たんですけど、そこであなたの知り合いに出会ったんですのよ」
「誰だ? なんてやつ?」
「サムと仰ってましたわ」
「サム……?」
俺は考え、声を上げた。
「サム・ハリンチョか!?」
「セカンドネームは聞いてないですけど……」
「小柄な、色の浅黒い、目のギラギラしたやつだったか?」
「そうだったかしら……。よく覚えていないけど……」
そう言いながら、ドロシーはテーブルまで歩くと、1枚の封筒を手に取った。
「これをあなたに渡してくれるよう、頼まれましたのよ」
俺は急いで封筒を奪い取るように受け取ると、中身を見た。
便箋……というよりは紙切れが1枚、入っている。
俺はそれを読んだ。
『やあ、ゲイリー・サラス刑事さん。久しぶり。俺だよ、サム・ハリンチョだ。
そろそろ定年退職するんだってね。風の便りで聞いたよ。
退職祝いに俺からひとつ、プレゼントをしてやろう。
これは誰にも捕まらなかった俺を一度でも捕まえてくれた君へのお礼でもある。
君の家族を1人だけ、殺してあげよう。
殺されるのは誰だと思う? その予想でもしながら、楽しみに待っていてくれたまえ。
それでは、身体に気をつけろ。
サム・ハリンチョ』
冒頭のクールなイラストは四宮楓さまより頂きました。
イメージぴったり!
四宮さま、ありがとう!\(^o^)/




