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熟練度カンストの不明者

 夜半である。

 俺は目覚めた。

 この世界に来てからの俺は、どういう訳であろうか。第六感的なものが発達している気がする。


 何かしら、重大な出来事が起こりそうな時、こうしてふと気付く事ができるのである。

 傍らでは、リュカがサマラを抱き枕にして寝ている。


 さぞやふかふかであろう。

 二人とも気付いてはいない。だが、状況が状況ともなれば、シルフがリュカを起こすだろう。


 俺は体を起こすと、ベランダに向かった。

 アキムの金で、散々飲み食いした夕食の後である。


 一眠りして腹もこなれていたが、少々喉が渇いていた。

 途中で茶をカップに入れて飲む。


「気付かれましたか」


「おう。やっぱりアキムか」


「そちらも、気付いていたので? いつから?」


「俺は疑り深い」


「なるほど」


 立っていたのは、髭面の若き商人。

 俺たちの案内人であり、この宿での出資をしてくれたアキムである。


 俺は、こいつがただのお人よしでは無いと睨んでいた。

 キャラバンの途中で、確かにこいつの命は救った。

 だが、あれもそもそも演出だったのではないか。


「では……改めて名乗りましょう。アキムとは仮の姿。俺はザクサーン・システムの管理官、アブラヒム。エルフェンバインでは、フランチェスコが随分世話になったようだ」


「あの金髪おかっぱの知り合いか」


 俺は、立体映像のように、戦場の空に映し出された顔を思い出す。


「意趣返しか?」


「まさか。あなたも聞いているだろう。かのラグナと我がザクサーンは、大変仲が悪い。正直な話……胸のすく思いだったよ」


「ふむ」


 俺はベランダに出て、奴の隣に寄りかかった。

 茶を口に運ぶ。


「目的は?」


「あなたは己がどれほど危険視されているのか、ご存知ないようだな? ラグナ・システムの戦闘ユニットの大半を、生身で破壊する戦士。出所すら不明であり、振るう力も不明。知れていることは、戦士ユーマという名と、文明の大敵たる最後の巫女を守護する者であるということ。

 これほど正体が不明瞭な相手を、探らぬ手は無いだろうに」


「確かに」


「俺が直接やってきた理由は一つ。退屈せずに済みそうだからだ。あなたが来なければ、俺とフランチェスコは再び互いのシステムの勢力をかけた戦争を引き起こしていたことだろう。次は、我がザクサーンがラグナを討ち、力を得る。そのつもりであったのだが」


 雄弁な男である。

 俺はこいつの話を聞きながら、空に浮かんだ月に見入る。


 この世界に浮かぶ月は、俺の世界の月と変わらない。

 少しだけ違うのは、大きさがずっと大きいという事だけだろう。


「それ故、この場を設けて尋ねに来たのだよ。どうやら、厄介な事を目論んでいるようなのでね」


 明日の、宮殿襲撃計画のことであろう。

 どこかに盗聴する仕組みがあるのか、こいつはすっかり計画について知っているらしい。


「聞かれてしまったか」


「聞きはした。だが……あれほど聞いても無意味な計画を俺は知らない。なんだ。あの、場の流れに任せてそれなりに上手くやる、という計画は。対策の立てようが無いじゃないか」


 苦笑するアキム……いや、アブラヒム。

 こいつは実に人間的である。


「祭器を取り戻すつもりか? 構わないが、宮殿の警備は厚くさせてもらう。それに、一つこちらから頼みがあるのだが」


「頼み……?」


 アブラヒムが、ザクサーン教のトップらしき事を俺は理解している。

 つまりは、魔女として巫女を排斥する側であるということだ。

 リュカにとっては敵であろう。


 そんな男が、俺に何を頼むというのか。


「統治上の事情があり、宮殿内部では聖戦士を発生させられないのだよ。だから、殺しは控えてくれないか。もし殺したなら、こちらも全力であなた方を討たせてもらう」


「ふーむ」


 そもそもこいつは、ザクサーン教なり、ラグナ教なりの宗教を信じない相手を排斥して殺している側の人間ではないか。

 それがどうして、自分たちの側を殺すななどと言うのか。


「宮殿が襲撃された事が明らかになれば、ディマスタンの統治に亀裂ができるのだよ。見ての通り、この街はアルマース帝国の入り口だ。つまりは、アルマース帝国の文化のみに染まっているわけではない。東の文化と西の文化が交じり合い、新たな価値観や文化を生み出すこの世界の要衝とも言える場所なのだ。

 つまり、それだけ価値観が違う人間たちが同居している都であると言える。

 ここまでは分かるかな?」


「分かり易い」


「ありがとう。

 では、そんな都市で、一時的にでも政治的空白が生まれかねない事態になったとしたらどうなる?

 例えそうではないとしても、ディマスタンは宮殿に攻撃を仕掛けた何者かの存在を公表する。死者が出た以上は、公表せざるをえない。

 最も疑われるのは、真実や証拠云々ではなく、ザクサーン教徒の心情的にラグナ教徒だろう。アルマースと仲を違えているディアマンテの仕業であると決定付けられるだろうな。

 ならばどうなる? 決まっている。戦争が始まるのさ。

 そして、アルマースとディアマンテを繋ぐエルフェンバインは、戦場になる」


「戦場か。あの場所が」


 アブラヒムが言わんとする事は良くわかった。


 つまり、戦場となる場所は、エルフェンバインとディアマンテ、アルマースが接する所。

 俺とリュカにも思い出深い町、ヴァイスシュタットだ。

 あの地が戦火に飲まれることは、なるほど、俺たちにとって大変不快な事だ。


「分かった。非殺で行こう」


「あなたが頭の良い人間で助かるよ。おかしな正義感にかぶれたばか者は、己の絶対正義を謳って後先を考えず、容易に他人を排撃する。

 ただでさえ、人と人は分かり合う事が難しいというのに。……と。そうそう。あなたたちは、どうやら全ての祭器を集めようとしているのかな? その先に起こる現象を、知っているのかどうか確認したかったのだが」


「思わせぶりな……。知らないな」


「やあ、済まないな。これが俺の性分でね。それでは、せいぜい気をつけるがいい。マイノリティにとって、マジョリティである我ら三大宗教は悪と断じられることが多い。だが、我々が本当に悪しきものを抑え込んでいる場合もある。それを心にとどめておくと良い」


「ほうほう」


 まあ、本来敵である俺に対して、何もかも話してしまうほどお人よしではなかったか。


「それでは、俺は失礼するよ。しかし拍子抜けしたな。てっきり、現れてすぐに斬りつけられでもするものかと思ったが……。あなたは案外文化的なのだな。失礼だが、斬る相手とそうではない相手、区別の基準は?」


「うーん。態度?」


「なるほど、明確だ」


 アブラヒムは笑った。


「それでは今宵は失礼する。だが、また近いうちに顔を見せに来るよ。巫女のお二人にはよろしく伝えておいて欲しい」


「あいよ」


 アブラヒムが空に手をかざすと、頭上に突然、光が現れる。

 あれっ、UFOじゃね?


 光が伸びて来て、アブラヒムを包み込むと、奴の姿は空に上っていった。

 そして、現れた光の中に飲まれてしまう。

 光は、闇夜に溶け込むように消えた。


 何とも意味深な言葉を残してくれる。

 いつかはやりあう事になるのだろうが、まあ今は敵ではあるまい。

 明日はアブラヒムと約束した通り、非殺を心がけねばな。


 奴が直々に祭器を手渡してこない辺りは、まあ敵味方の道理というものであろう。

 夜風が吹き抜ける。

 俺は昼と比べると随分冷え込んだ夜気に肩をすくめた。


 トイレに行って寝よう。

 俺が用を足して戻ってくると、リュカがじっとこちらを見ていた。


「ユーマ、おしっこ?」


「うむ」


「寝る前にお茶飲まなかったのにね」


「俺は小便が出やすいんだろう」


「病気だったりして」


「やめて」


 寝ぼけ眼の彼女に、先ほどの話をぶちまける必要もあるまい。

 俺はリュカを寝かしつけると、自らもまぶたを閉じた。


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