熟練度カンストの宿泊者
裏路地を逃げるのである。
とりあえず、痛めた俺の足については、リュカが適当な棒と被服の布で固定してくれた。
君は本当に、自分の服を裂いてそういうの作るのが好きだな。
それと、サマラと自分のお尻サイズの関係については、自分の方が小さいと強硬に主張されてしまった。
俺は口に出してしまっていたらしい。
確かに、身長差があるしな。リュカのお尻が大変印象的であったせいに違いない。
「皆さん、裏路地を抜ければ、目的の宿です!」
アキムが俺たちを先導する。
よく働いてくれる男である。
実は俺、ちょっとこいつは怪しいと思っている。
オタクの勘と言うやつだ。こうして内側に入り込んで、妙に便利な男は実は敵の黒幕だったりとかするパターンが俺の読んできたマンガや小説に多い。アニメでもそういうのあるな。
「うわあっ、またでた!」
アキムが何かに突き飛ばされてすっ転ぶ。
いきなりである。
「ううっ! ヴ、ヴルカンっ!! 出てきてっ!」
サマラが叫んだ。
すると、彼女が纏う布の、胸元あたりがぶすぶすと焦げる。
そこからは、なんと小さな炎の渦が生まれて、火を纏ったトカゲ人間みたいな小人が何人も出現する。
こいつらが火の精霊というわけか。
アキムを突き飛ばしたのは、先程奴隷市で暴れた、人間でないような連中である。
そこに、ヴルカンが突っ込んでいく。
ばちばちと炎が爆ぜる音がして、連中の肉が焦げる臭いが充満した。
だがこいつら、四肢が少々炭化した程度では止まらないのだ。
「ヴ、ヴルカンッ!」
サマラが再び火の精霊を呼ぶ。
随分苦しそうだ。現に、彼女の額からは物凄い量の汗が流れ出ている。精霊を呼んで使役する事は、彼女に多大な負担をかけるらしい。
リュカは全然そんなこと無いのだが。
そう思っていたら、リュカがサマラを庇うように前に進み出て、彼女の胸元をそっと押さえた。
「サマラ、大丈夫。私がやるから。シルフさん、お願い!」
リュカの言葉に応えて、路地を突風が駆け抜ける。
それは、人ならざるそいつらを、あっという間になぎ倒す。
俺はその隙に、ケンケンしながら連中に近づいていく。
まあ、片足でもこの狭い路地ならなんとかなるだろう。
抜いたバルゴーンを、こういった空間で戦うための形……刺突剣に変化させる。
捻った足に体重をかけぬよう、柔らかく俺は構えた。
これから俺は、上半身の動きだけで連中に対応する。
バルゴーンが持つ切れ味というか、貫通力におんぶに抱っこの戦い方だ。良い子は真似をしてはいけない。
「ユーマさん、危ないっ」
アキムの声が響く。
気づいとるがな。
俺は頭上から降ってきた、人間ならざるそいつ目掛けてバルゴーンを突き出す。
狙うは顔面。
落下してくる相手の勢いを利用して一撃叩き込み、あちらの攻撃は体を捻ってやり過ごす。
そいつの着地に合わせてさらに攻撃を加えると、奴の頭が半ば以上無くなった。
確かサマラは狂戦士とか呼んでいたな。俺はまだ動くそいつの手足の腱を、念のために貫いておく。すると不死身の戦士も芋虫状態になるのである。恐るるに足らぬ。
次いで、すり足で進みつつ向かってくる狂戦士を迎え撃つ。
奴らはひたすら、俺目掛けて突っ込んでくるようだ。
リュカやサマラが狙われないのは良いことである。
敵の攻撃を半身になって回避しつつ、カウンターの一刺しで敵の脊椎をぶち抜く。
神経が集まる部分を壊してしまえば、イマイチ効果的な動きも出来なくなるものだ。
さらに次の相手には、真っ先に膝を撃ち抜いて動きを止めると、そこから右肩、首、左肩の三連打。
何せあちらさんが得物を振りかぶり、振り下ろす、あるいは振り回す挙動の間に、こちらは直線的に武器を突き込み引き戻すという小さい動作で攻撃ができる。
手数は増えるが、とにかく手が早いのが助かる。
こいつを教えた少年騎士は、俺がいない間に死んでいたなあ、などと戦いながら思い出した。
センチメンタルである。
「う、上の空の顔をしてるのに、聖戦士を寄せ付けない……!!」
アキムが驚きの声を漏らす。
聖戦士か。
こいつらが、この地方の執行者みたいな連中なんだろうか?
随分傾向が違う気がするが。
それに、単体であればそう強くはない。せいぜい、一人が辺境伯のところの騎士三人分くらいだ。聖戦士というよりは狂戦士だしな。
おっと、いきなり一体の動きが変わった。
俺を露骨に避けて、リュカたちに向かう。
「ひぃっ」
サマラの悲鳴が聞こえた。
対して、リュカは冷静だ。
サマラの手を握ってやりながら、
「シルフさん、お願い……!」
狂戦士を指差す。
そこに生まれたのは強烈な旋風だ。
そして、巻き上げられる狂戦士。
後は任せたとばかりに、彼女の視線がこちらに来た。
うむ、任された。
俺はケンケンでちょっと近づいて、刺突剣を引いて構える。
ちょうど落下してくる箇所に、七発。
頭部、頸部、胸部、脊椎、腰椎、両膝を撃ち抜いた。
狂戦士がばらばらになって飛び散る。
血の臭いを嫌ってか、シルフたちは散り散りになってしまった。
「ふう……ごめんね、シルフさん」
リュカが謝っている。
それを呆然と見つめるサマラである。精霊を扱うという技量では、リュカのほうが圧倒的に上のようだ。
なるほど、年上らしきサマラにリスペクトされるだけはある。
そしてどうやら、一通り狂戦士どもは片付けたらしい。
「リュカがいれば、後ろは心配しなくてもいいな」
「えー。ちゃんと私を守ってよユーマ」
軽口を叩きあえる程度には、付き合いが長くなっている俺たちである。
俺が引きこもっていた時期には考えられなかった事だな。
彼女はすぐさま駆け寄ってきて、俺の肩を支えるような姿勢になる。
「すまんのう」
「そういうこと言うんじゃないの。私とユーマの仲でしょ」
「あの……お二人はご結婚されているんですね」
サマラがおずおずといった様子で切り出した。
「えっ! そ、そ、そ、そうだけ、ど!」
リュカが大変動揺している。
俺は俺で、外部からそう見られるのは大変嬉しいのでニヤニヤする。
「そ、その。巫女の力は、子供が生まれれば子供へと受け継がれて、次第に弱くなっていくはずだって聞いたんですけど、もう子供はいるんですか?」
えっ、そうなの?
「いいいっ、いないよ!!」
そんな大きな声で否定しなくてもいいではないかリュカさん。
そんな俺達を微笑ましげに見ながら、アキムが先を促す。
「さあさあ、問題も片付いたみたいですし、先を急ぎましょう。しかし、その足で恐るべき技の切れですね……! 不完全な状態でなお、ユーマさんと立ち会って勝てる戦士など見当もつきません」
「そりゃどうも」
「ああ、つきました。この宿です。裏口なので、ちょっと私が先に行って話をつけてきますよ」
アキムが姿を消した。
うーむ。
怪しい。
「アキムさんっていい人だよね」
「えっ! そ、そうだね」
俺はスッと調子を合わせた。
「そうですかねえ……。アタシ、あの人が信じられないです。髭生やしてるし」
不思議な基準で疑いを口にするサマラ。
きっと彼女の村を襲った連中は、みんな髭面だったのだろう。
「サマラ、あんまり疑ったら駄目だよ。悪い人だったらとっくに、私たちに手下とかけしかけてるでしょ」
「うーん……既にけしかけられているような気がするんだけどなあ……」
サマラの思考はちょっと俺に近いかもしれない。俺は単純に人があまり信用できないだけなのだが。
リュカは天然なのだろう。
しかし、こうして見ているとサマラは実にけしからん娘なのが分かる。
足がすらりと長く、女性らしいプロポーションながら、全身から気の強そうな雰囲気を醸し出している。
くっころとかが似合いそうな娘である。
ちょっとやつれているのは、監禁生活のせいであろうか。
体力が回復したならば、彼女はきっと、健康美あふれる少女としての姿を見せてくれるに違いあるまい。
俺は難しい顔をしてうんうんと頷いた。
するとリュカが俺の尻をつねる。
「いたい!!」
「ユーマ、またエッチな事考えてたでしょ」
エスパーか……!?
俺は心中を一瞬で暴かれた驚愕に、ガクガク震えながら口をパクパク言わせている。
そこにアキムが顔を出した。
「部屋が取れました。一応、私が立て替えておきますから。ユーマさんの足が良くなるまで休んでいるといいですよ」
「ありがとうアキムさん!」
「髭のくせに気が回る奴……」
サマラ、この国の男の大多数は髭面だぞ。
「夫婦用の広めの部屋を取りましたから、三人で泊まられるとよろしい。では、私はこれで。所用を済ませてまた夕食にでも顔を出しますよ」
アキムはそれだけ言うと、去って行ってしまった。
おかしい……。
あの男、髭のイケメンで気が利いて、有能で気さくで俺をリスペクトしてくれる。
出来すぎている。
俺がそこまで評価されるはずがない。
怪しい。
「ほらほら、行くよユーマ! 三人で一緒の部屋なんだから、みんなで行かないと!」
「うむ、三人で一緒の……一緒!?」
再び、強烈な驚愕の余り転ぶところであった。
年頃の娘さん二人と、俺が同室!?
いや、リュカとはもう今さらなのだが。
未体験の状況に、少々テンションがおかしくなる俺である。
「ししししし、仕方ないな。いいいいい行こうじゃないか」
「ユーマ大丈夫!? なんだかすごく振動してるけど!!」
「あっ、あの、アタシは床でいいので! ベッドはお二人が!」
「サマラも落ち着いて! まだ部屋に行ってないから!」
リュカが俺たち二人をなだめる。
さすがはリュカ、しっかりしておられる。
アキムから鍵を受け取ったらしい彼女と共に、俺たちは宿の部屋へ向かう。
この宿は大きく、三階建であった。
その最上階、角部屋。
扉を開けた先に広がっていたのは……。
「ひええ」
「うおお」
「うええ」
天蓋付きのキングサイズベッド。
最上質のクッションが使われているであろう、向かい合うソファ。
部屋の中央でまるで主が如く鎮座する、虎の頭がついた敷物であった。
これは……どこの豪邸だ……?




