第7話 船頭多くして船即ち敵国に突っ込む
金河を下っていくと、瑪瑙の領土を抜けることになる。
この央原には、金河の他に永江という大河も流れており、その二つが最も接近する辺りが、新興国家翡翠の領土である。
永江側に行けば、大国である紅玉へ至る。
「河賊だーっ!!」
船に乗り込んだ者たちが、備え付けられた銅鑼を激しく打ち鳴らす。
翡翠近隣の金河には、国家の承認を受けた公的な海賊、私掠船が横行している。
対岸が見えないくらいの河幅を誇る金河だから、感覚的には海賊と変わらない。
彼らは賊と言うものの、ひとたび戦が起これば正規の軍人として参戦する。そのため、装備もそこらの賊とは比べ物にならない品質と量を誇るのだ。
「この野郎、うちの荷は翡翠行きなんだぞ!? てめえの国の荷物を奪ってどうしようってんだ!」
毒づきながら、船長は船員たちを指揮する。
彼はそれなりに経験豊富で、若い頃には従軍もしている。
荒事には慣れていたから、今回のような事態も容易にくぐり抜けられるものだと、誰もが思っていた所だったのである。
事態は突然に訪れた。
飛来して来た一本の矢が、船長の胸に深々と突き刺さったのである。
彼は物も言わず崩れ落ちた。
慌てて駆け寄る船員たちだが、既に船長に息はない。
「なんということだ……! こんな一大事に、船長が!」
頭を抱えるのは操舵手である。
「こりゃあ、誰かが頭を張らなきゃどうしようもないぞ」
呟いたのは、船員を統括する労務の長。
「ならば決まっているな。私が指揮を取ろう」
宣言したのは、荷物管理を担当する倉庫の長。
「中で荷物番ばかりしてる奴が何を言っていやがる! 船長代理は上での経験が長い俺だ!」
「荷物がなければ船を動かす金も出来んのだぞ!? お前こそ、船長の言うことを聞くばかりで自分の頭で考えたことが無いだろう!」
「では私が……」
「操舵手に何が出来る!」
「私以外に舵を取れる人間がいるのか!? なんだその態度は!」
ぎゃあぎゃあと三人の男が、顔を突き合わせて喚き始める。
この船は、船長によって統率されていたのだ。
今、その重しが取り払われ、船という巨人を構成する各部位が、別々の方向を向きつつある。
「ひいーっ! 賊が乗り込んで来ます! どうすればーっ!」
「上から樽を投げつけてやれ!」
「やめろ! その樽に詰まった油でどれだけの金が動くか知っているのか! おい、樽には手をつけるな!」
「私が舵を動かして奴らを振り切り……」
「誰の許可を得て勝手な事をしようとしてるんだ!」
自縄自縛である。
船は何の判断もつかぬまま、金河において諸国間が交易に用いると決めた領域から外れつつある。
ゆっくり、その舳先は翡翠の領地に向けられ、進行していく。
船のヘリには何本もカギ付きのロープが引っ掛けられ、それを伝って河賊が乗り込んでくる。
さらに、船の先からは翡翠国側の軍船と見られる船が何隻も。
「見ろ! 翡翠に入ってしまった! お前のせいだ! もうおしまいだ!」
「お前が邪魔をしたからじゃないか! 私の言うことを聞いていれば良かったんだ!」
「ああ、荷物が! 荷物が持って行かれてしまう! お前たちのせいで、金が……!!」
この状況に至っても、罵り合い、今度は責任を押し付け合う三人の長。
船員たちは、乗り込んできた河賊は怖いし、長たちは役に立たないしで泣きたい気分であった。
そこへ。
耳をつんざく銃声が響き渡る。
「銃声だと……!?」
倉庫の長が目を剥いた。
銃は、紅玉の国に来た異国の民、エルドの民が持ってきたという、火と鉄の玉を吐き出す魔法の筒である。
それが鉄の玉を吐く時に、このような音を立てるのだと聞いていた。
それを持ったものがここにいるというのだろうか。
河賊たちも、大きな音に驚いたらしい。
誰もが、音の下方向を振り返る。
「……話は聞かせてもらった……!」
その男は、黒い革の衣を風に翻らせながら、一際高いところにある船長室の上に立っていた。
銃を天に向け、左手は腰のあたりに構えられ、両足は肩幅ほどに開いている。
なんだか、似た格好をした童女が横で同じポーズをしていた。
「な、なんだお前!?」
「俺か? 俺の名は……そう、黒き狩猟者、クラウド!!」
黒衣の男は、体の前で両腕を交差させると、左手を脇腹にかざし、右手を顔にかざしてビシィッと決めた。
いつの間にか銃が消えた。
横で童女がそれを見て、真似をしようとしてこんがらがっている。
「ジョカ様、こう、こう……!」
「おお、こうか! わらわの名は、ジョカ!」
なんだかマヌケな光景が繰り広げられている。
一瞬、誰もが呆然とした。
倉庫の長がハッと気づく。
「そう言えば……金を払うと言うから、変わった客を乗せたんだったな……」
確かにとても変わっている。
クラウドはジョカを抱えて、船長室から降りてきた。
そこへ、空気が読めない賊が突っかかってくる。
「お、おいお前、金目のものを差しだ……」
「破ぁっ!!」
言い切らぬ内に、クラウドが掌底を賊の顔面に叩きつけた。
賊は鼻血を吹きながら倒れる。
「今は俺の相棒たちを使えないから後でな……! ほんっと、空気読んでくれよ全く……」
クラウドご立腹である。
だが、こんなことをしたならば、賊だって立腹するであろう。
「てめえ! 何をしやがる!」
「殺せ! ぶっ殺せ!」
「連れてるガキは売っ払え!」
「なにっ!! 貴様ら、今言ってはならぬことを言ったな!!」
売り言葉に買い言葉、ついでに逆鱗に触れる言葉。
クラウド、怒髪天である。
「おおお!! 俺は全ての封印を解くぞぉぉぉっ!! ”吼えろケルベロス”!! ”猛れオルトロス”!! あっ、ジョカ様背中にくっついてて下さい」
「うむ」
ぴょいんっとジョカがクラウドの背中に飛びついた。
おんぶの態勢になる。
この時のために、ジョカの衣装にはクラウドの衣装と接続できるおんぶ紐がついているのである。
「こぉのっ!」
「うらああ!」
襲い掛かってきた賊の銛を、二丁の銃で受け止める。
そして両脇に受け流し、前進しながら振り返ること無く、双方を射撃。
銃撃音とともに、二人が頭の半分を失って倒れた。
「一斉にかかれ!」
「うおおお!!」
飛びかかる賊の群れ。
この只中に、クラウドは自ら突っ込んでいく。
「なんと洗練されていない技の数々!!」
二丁拳銃で攻撃を次々にいなしながら、片手が空けば手近な賊を撃ち倒す。
「その程度の技で、この最強の武術、ガン・カタとやり合おうなどとは!!」
銃把で一人を殴り倒し、崩れていくその男を懸架を肘の支えにしながら、向こうにいる賊を撃つ。
ここでクラウド、足を大文字に広げた。
背後からは賊の親玉らしき男が迫る。
「こ、この野郎ーっ!!」
ジョカは自らおんぶ紐をパージ。
クラウドの股の間をくぐって前の方に抜ける。
クラウドの背中がフリーになった。
「十年早いんだよっ!! 暗黒破鎧衝!!」
「ウボアーッ!!」
必殺の鉄山靠を喰らい、賊の親玉は船べりから水面に叩き落された。
あまりの強さに、賊たちは色めき立ち、慌てて元の船に戻っていく。
何よりも親玉がやられたのだ、士気は崩壊している。
クラウドは息を整えると、今まで争っていた、船の三人の長の方を向いた。
「……という事で、以降は俺がこの船の指揮を執る」
「ど……どういう事だ?」
「さあ諸君、船員諸君! 仕事だ! 取舵いっぱい! 金河の流れを遡ってこの流域を脱出するぞ! 重い荷は捨てろ! 油ならば火を放って流せ! 今すぐにだ!」
「や、やめろおー!」
「か、勝手に命令を……」
倉庫の長と労務の長が慌ててすがろうとするが、互いに争って船を危機に陥らせた彼らよりも、今、その圧倒的な強さで賊を退治してみせた黒衣の男の言葉は重い。
「よし、どこの誰だかしらないが、確かにそれは効果的っぽいぜ!」
「やるぞ! 絶対に生きて帰ってやる!」
船員たちが動き始めた。
荷物であった油は、火を放たれて金河に落ち、水面を燃え上がらせる。
これには翡翠の軍船も驚いたようだ。
追跡しようという動きが鈍くなる。
「まあ、俺が操舵できるならいいんだよ、まあな……」
操舵手も既に、彼に従っている。
船は、黒衣の男クラウドの意思のもと、船員たちが有機的に機能し、翡翠の領内を抜け出していった。
「しかし……不審な点がある」
操舵手は呟く。
「今までならば、私掠船が襲ってくるなんてことは無かったはずなのに、一体どうして……。船を襲えば瑪瑙と翡翠の仲は悪くなるぞ。下手をすれば戦争だ」
「戦うつもりなのだろうな」
何かを知っているように、クラウドは応えた。
傍らにジョカの姿はない。
ジョカは船員たちと一緒に、楽しく油に火を放ち、川面に落としているところである。
大損害だあああ、と倉庫の長の嘆く声が響いていた。
「瑪瑙の奥には、逆さ山がある。ひょっとすると、奴らも山に秘められた神秘を狙っているのかもしれない……」
「知っているのか、クラウド……!?」
「今はまだ、語るべき時ではない」
訳知り顔のクラウドに、操舵手は緊張の面持ちでつばを飲んだ。
その後ろでは、船員たちとハイタッチしているジョカの姿。
「くっ……一体、何が起ころうとしているんだ……! 翡翠は一体何を狙っているんだ……!」
「クラウドー、わらわはお腹がへったぞよ!」
「それじゃあご飯にしましょうかジョカ様」
「わーい!」
すぐ目の前に、その原因がいるとは、神ならぬ身に気付けるものではなかった。




