熟練度カンストの滞空者
「ここは混沌の大地。混沌の精霊が存在して、わたしたちはこれを使って暮らしている」
現地人の話はこういうものだった。
例えば、火種が必要なら混沌の精霊を火に変える。
水が必要なら、混沌の精霊を水にする。
風を吹かす必要があれば、混沌の精霊が風となる。
少しでも混沌の精霊を扱える才能があれば、生活に困らない程度のことは何でもできるということだった。
だが、聞いていると明らかに精霊魔法としてのスケールが小さい。
「大したことなくない?」
「うむ。私は土の精霊が飛ばされたことがとても気になった」
「土、いつも足元にある」
地元の人の言うことももっともである。
彼らは、俺とローザが特に敵意を持っているわけでもないことを知ると、敵対的な反応をやめた。
俺が叩きのめした現地の男たちも、全く怪我をしておらず、魔法のような技であしらわれたというのが誰にも理解できたかららしい。
この土地の人間は、何か一つ秀でたものを持つ者を尊敬する傾向にある。
俺は尊敬された。
「たくさん太陽を逆に上り下りさせた頃に、空から輝く石が降ってきた。石は豹の部族と象の部族と鹿の部族の元に降りた。だが鹿の部族は降ってきた石ごと、赤い竜によって滅ぼされた」
「ワイルドファイアだな」
移民船団は三組、この暗黒大陸に降り立ったようだ。
そのうちの一つは部族ごとワイルドファイアに食われたと。
で、残る二組。
豹の部族というのが、ディアマンテへ攻めてきた連中だろう。
で、象の部族がアウシュニヤに攻撃を仕掛けたやつかな?
そこらは調べないと分からないな。
「ローザ、この情報から調べさせてもらえないか」
「シャドウジャックだな。既に動いている」
「流石最優の大精霊」
戦闘能力こそ低いが、シャドウジャックは凄まじく汎用性の高い大精霊なのだ。
意思の疎通ができて、流暢に言葉も話すし、家事、育児、諜報、索敵、まさになんでもござれ。
俺も大変に重宝している。
「象の部族は周囲の部族を支配下に置こうとしている。配下にならないと滅ぼされる。たくさんの部族が滅ぼされた」
「おほー。内部闘争も盛んなんだな。で、豹の部族はどうしてるの」
「象の部族と争っている」
争いついでに外に侵略まで仕掛けたわけか。
そのせいで、俺やアウシュニヤからの刺客を暗黒大陸に呼び寄せることになったのだからな。
外の世界を知らなかったのだろう。
無知は怖いのう。
「おたくらは大丈夫だったの?」
「魚をとって差し出した。それで許されてる」
「大変だなあ……」
「食べられる量、減っている。つらい……」
「分かる」
俺はうんうん頷いた。
「よし、お前らを脅してるのは誰だ? 象の部族? そうか。ではそいつらと戦うとしよう」
今後の行動方針を決定だ。
「象の部族、空から降りてきた石と手を結んだ。混沌の精霊の力、ずっとずっと強くなった。誰も勝てない。豹の部族でないと。でも豹の部族は奪うだけ。守らない」
「どうしようもない連中だな」
今の暗黒大陸は、二大部族のどちらかに恭順せねば生き残れないわけだ。
そして象の部族につけばブラック企業の社畜みたいな、奴隷以下の扱いを受ける。
豹の部族につけば、何もなくなるまで搾取されて潰される。
どっちも地獄なのでは?
以前の俺ならば他人に興味など無かった。
だが、今の俺は一応王様であるし、奥さんと子どももたくさんいるし、こういう共同体がひどい目に遭っていると、まあ多少はなんとかしてやろうかなという気持ちが浮かんでこないでもないでもない。
ということで。
「ひとまずこの辺りを散策しようと思うんだが……ゲイルがいるとありがたいな」
「ゲイルはあの茂みから出てくるのは難しいのではないか?」
ローザが難しい顔をした。
パスを通じて、灰王の森からゲイルを呼び寄せたいところだが……。
確かに、森が小さくて狭い。
ゲイルは最近、育ったからなあ……。
俺とローザで一旦、アリエルとデヴォラのところに行った。
おや?
額を銃弾で撃ち抜かれた男が死んでいる。
「わたくしたちに狼藉を働こうとしたので、即座に射殺しておきましたわ」
「デヴォラに襲いかかったのかあ。アホだなあこいつ」
ローザの魔法で砂の中に埋めておくことにした。
現地人だったらいざこざの元になるからな。
「パス繋がった?」
「はい。ユーマさんはあれですよね? ゲイルを連れ出しに来たのでは? 無理です」
「はやい!!」
さすがはアリエル。
俺の行動をしっかり理解している。
どうやら森としてはサイズが小さく、ゲイルの通過ができないらしい。やっぱりなあ。
では、空を飛べて行動の助けになるメンバーと言えば……。
「おや? ユーマ、どうしたっすか? 旅立ったのでは? はっ! あっしが恋しくなって戻ってきたっすね? はーっはっはっはっはっは! このあっしの母性を求めて戻ってくるとは可愛い奴めうりうり!」
「まろんちゃんにおっぱいあげながらめっちゃ面白いノリをしてくる辺り流石だなあ。そうじゃなくてな。亜由美ちゃんの力が必要なのだ」
「は? あっしの力が?」
おっぱいを飲み終わったまろんちゃんが、揺さぶられて、げぶーっと盛大なげっぷをした。
豪快である。
「うむ。空を飛ぶ力が必要でな」
「ほう?」
そして空。
「ぎょえー!! 暑い! 暑いィィィィーッ!! 育休中のくのいちをこんなところに連れ出すなんて、鬼っすか! あんた鬼っすねー!?」
「亜由美ちゃんのムササビの術は小回りが効いていいのう」
俺は、黄金色の風呂敷を広げた亜由美ちゃんに飛翔してもらいつつ、彼女にしがみついている状態である。
「うぬう、まさかあっしをこうしてこき使うために呼び出したとは……。しかし、おほー! 暗黒大陸とやらの大地は雄大っすなあ! なんか地球で言うサバンナっぽくないっすか?」
「ほんと? どれどれ……」
「ぐわー! 胸元で頭をぐりぐりさせるなー!? きちゃま、あっしのボディでムラムラっとしているのでは!」
「ムラムラどころか、その先のことを十回や二十回で効かぬほどした気が……。その結晶がまろんちゃんではないか」
「言われてみれば……!」
夫婦であった。
ということで、亜由美ちゃんが言うサバンナを眺める。
なーるほど、サバンナの大地だ。
赤茶色の土と、あちこちに点在する木々。
ゆったりと川が流れ、野生動物たちが食事をしている。
この世界の動物、基本的に地球と同じなんだよな。
ディアマンテとは気候も植生も全く違っていて楽しいなこれは。
しばらく、亜由美ちゃんとともに空の散歩を楽しんだのである。
「おや、ユーマ! なんかいるっすよ。ほら、悪漢に追われて必死に逃げるヒロインみたいなのが! あー、またハーレムメンバーが増えちゃうっすなー」
「やめろ、展開の先読みするような事言うな。亜由美ちゃんは俺とあまりにも感性が近いからな……!」
彼女が言う通り、大地を走る女の姿がある。
濃い褐色の肌をした娘で、布で頭や肩を覆っているのは、暗黒大陸の日差し対策か。
彼女の後を追うのは、明らかに普通ではないものたちだった。
具体的には、バギーに乗っている。
バギーに乗ってクロスボウを構え、なんかヒャッハー!!とか言いながら追い立てているのだ。
「なんというあからさまな悪漢!! ではあそこに投下してくれ」
「ほいほい。じゃああっしは一旦戻るっすよー。任せたー」
亜由美ちゃんが俺をパージする。
俺はヒューッと落下し、腰から抜いたテュポーンで周囲の空気を切り裂いた。
風の流れを意図的にコントロールし、足場に乱流を生み出す。
これが俺の落下する勢いを相殺し……。
逃げる女の目の前に俺を着地させてくれる。
「なっ……!?」
女は目を見開いた。
だが、すぐに決意をしたのか、どこからか骨で作られたダガーを抜いた。
「お前も象の部族の者か!!」
「いや、俺は象の部族をぶっ倒しに来た」
「なにっ!?」
「お前を追ってる連中に用があるんだ」
彼女の横を通り過ぎる俺。
バギーが一直線に向かってくる。
逃げる女を追うためにトロトロ走ってたのが、俺を視認した瞬間に速度を上げやがった。
「てめえぇぇぇぇ!! 俺たちのハントの邪魔してるんじゃねえよぉぉぉぉぉ!!」
「殺せ! 轢き殺せぇぇぇぇ!!」
「男はいらねえんだよぉぉぉぉぉ!!」
て……典型的三下!!
俺は感動してしまった。
クロスボウがヒュンヒュン放たれるが、奴らの狙いが信じられないほど甘く、凄く遠いところを矢が飛んでいくばかりである。
これは反射できん……。
恐ろしきは下手くそなり。
「ほい、テュポーン長剣モード!」
テュポーンが変形し、赤い装甲に覆われる。
人呼んで赤のテュポーン。
「そんな剣一本で俺たちのエレファントマシーンの前に立ちふさがるなんてバカなやつだぜええええええ!!」
「死にさらせええええええ!! ヒャッハアアアアアア!!」
「ほいっ」
うるさいのが激突してくる瞬間、俺は一発振り切った。
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
バギーに乗ってたヒャッハーたちは、きょとんとしながら俺を通過している。
真正面から走ってきたのに、真ん前にいる俺を通り過ぎていることに、連中は一瞬疑問を感じたようだ。
だが安心して欲しい。
すぐに何も考える必要がなくなるのだ……。
スパーンッとバギーが真っ二つになり、左右に割れて走っていった。
乗っていたヒャッハーたちも縦に両断され、「ギャピーッ!」とか叫んでいた。
一振りでこのくらいの数は両断できるな。
これはちょっと工夫していけば、剣戟の省エネ化が可能になることだろう。
研究していこう。
「す……すごい……。これは一体……何が起こったのだ……?」
逃げていた女が立ち止まり、呆然としている。
「うむ。俺は見ての通り強くてな。象の部族がこの大陸の外に攻撃を仕掛けているので、反撃にやって来たのだ。あんたは象の部族と敵対する者だな?」
「象の部族と戦ってくれるのか……!? 確かに、私は奴らに復讐を誓う者だ」
彼女は被っていた布を脱ぎ捨てる。
濃い褐色の肌に、ややピンクがかった銀色の髪をした女だ。
まつげも銀色だぞ。
「私は鹿の部族の巫女、バララ。異国の戦士よ、お前の手を貸して欲しい。私が差し出せるものなら、なんでも差し出そう。名を聞かせてもらえまいか」
「おう。別に何も差し出さなくていいけどな」
俺は応じる。
「俺の名は、灰王ユーマだ」




