熟練度カンストの臨戦者2
「おたく、氷魔さんでしょ。用件だけ言うが、とりあえず町を解放してほしいんだけど」
『抜かせ! たかが戦士が、強き精霊の力を受けた私の前に立つなど!!』
氷魔のお姉さんは、白銀の眉をぎりぎりと吊り上げると、その口から俺に向けて吹雪を吐きかけてきた。
「ほっ」
俺はそいつを真っ向から切り裂く。
風が切断されて、俺の両脇を走った。
『風を剣で断った……!?』
「今更驚くことでもあるまい。風として存在しているのだから、斬れぬ道理がない」
『吹雪を裂くなど、人の業では無いぞ!! ならばこれでどうだ!』
氷魔が床に手を触れると、そこから氷の塊が盛り上がってきた。
そいつが俺に向かって、槍のように尖った氷を次々に吐き出してくる。
俺はその一本目を切り裂きながら払い、二本目は伸びかけを切断し、三本目が生まれたところで大本の塊を破壊する。
既に、俺の目の前に氷魔の姿がある。
『…………!!』
彼女は目を白黒させた。
実力としては、まあ順当なところだろう。
並の人間では戦うことすらできない強さだろうが、俺が戦ってきた中では中の下と言ったレベルだ。
『こ、これなら!!』
氷魔の足下から、螺旋を描くようにして氷の触手が生まれる。
それが俺に向けて襲い掛かってくるが、動きがあからさますぎる。
動きに合わせて、俺は剣を奔らせる。
細く細く触手を削いで、その全てを氷の飛沫に変える。
名付けて、お手製ダイヤモンドダスト。
「おたく、能力に頼りすぎなんだよ。能力を破るのはそう難しくない。きちんと基礎体力を磨いておかないとな」
『まっ、魔導騎士ですら破れなかった変幻自在の氷の技を……』
「相性だろうな。おたくの攻撃は見たところ、範囲を制圧して攻撃するスタイルだ。で、俺が見た魔導騎士の攻撃は点の攻撃。面を完全に制圧してしまえば、彼らが踏み込むのは難しいだろうな」
『貴様はどうして入ってこれる!?』
怒声と共に、氷魔が床一面に氷の蜘蛛の巣を作り出す。
そこから生まれるのは、無数の氷の矢だ。
「そりゃあ簡単だ。面になる前に斬ればどうってことはない。“ディメンジョン”」
俺の刃がかき消えた。
次の瞬間、床の上を撫でるように剣風が通り過ぎる。
全ての氷は床から引き剥がされ、飛び散った。
「タネは知れたぞ。俺は今、四度、おたくを見逃した。つまり、その気になれば四回おたくを殺してる」
この辺りで、プレッシャーをかけることにする。
俺の目配せに合わせて、リュカがもりもりとこっちにやって来た。
「なーに」
「いや、なーにじゃなくて。ここで圧倒的戦力を以て、交渉をするのだリュカ」
「おおー」
リュカがのんびりしている。
俺に色々任せてくれているから、緊張していないのだろう。
一方、氷魔は全く余裕がない雰囲気で、精霊なんだか人間なんだか分からないが、冷や汗を浮かべながら状況を見守っている。
『何だ、何なのだ貴様ら……!!』
「何なのだと問われればだな。俺は正直な話、おたくには用はない。用があるのは魔王ヴィエーディマに、だな。氷の精霊王と言い換えても良い」
『きき、貴様っ、どこでそれを!? い、いや、世迷い言を! そのような事実などない!!』
「あのね、それどころじゃないんだよ。ヴィエーディマはそっちで、色々思うところはあるんだろうけど、俺からはそっちに現場の空気を伝えたい」
『現場の……空気……?』
俺は氷魔の目の前で、わざとらしく剣を収める。
『剣を収めたのはいいが……気のせいか、近寄りがたい雰囲気が増したように思うのだが』
「得意技は抜刀術です。いや、それはいいから。ヴィエーディマは時間が無いってことで、無理やりグラナートを一つにまとめようとしたんじゃないのか? まず、俺の話を聞けと言いたい。ってことで、魔王に取り次ぐんだ。今日は見逃す」
『む、むむ……むむむぅ』
俺はじりっと近づき、プレッシャーをかける。
氷魔は一歩下がる。
俺は二歩近づいた。
氷魔が三歩下がる。
『くっ、お……覚えていろ!!』
彼女は捨て台詞を吐くと、窓に向かって走った。
氷魔の背中に、氷の翼が生える。
そして、何だか涙目でこっちを睨むと、羽ばたきながら行ってしまった。
「さて、この町はこれで解放されるか? 俺としては、魔王側からの接触を待つばかりだな」
「ユーマは氷の精霊王様をやっつけるんじゃないのね」
「そうだなあ。グラナート側から見れば奴は悪だが、実際、何を目的としてやっているのか確認はしたいところだしな」
領主の館の窓から身を乗り出すと、町の動きが少しずつ変わっていくのが分かる。
機械的に行き来していた人々が立ち止まり、ハッとして、周囲を見回す。
そして、自分の体に自由が戻ったことを確認し、驚きの声をあげるのだ。
逆に、兵士たちは動きを止めていた。
彼らは元々死体となったものが動かされていたのだ。
しばらく領主の館で待っていると、町の外からすごい勢いでヴァレーリアが走ってくる。
彼女は扉からではなく、壁面を駆け上がると、窓からショートカットしてきた。
「ユーマ! 君は一体何をやっているのだ!? どうして氷魔を逃した! あれでは、第二第三のコロスが生まれてしまうことになる!」
「魔王を呼び出すための伝書鳩にしたのだ」
「はあ……!? ユーマ、私は君に魔王の討伐を依頼したはずなのだが……」
戸惑い顔のヴァレーリアだ。
彼女としては、故郷グラナート帝国が危機的状況にあり、それを救う手段として俺を頼ったのに、俺が魔王の部下を倒さずにいるのだから不可解であろう。
「説明をする。いいか、魔王などまだ小物だぞ。というかあいつは説明が下手で方法が悪かっただけで、心情的にはこちらの味方とも言える。多分な」
「……? どういうこと?」
「宇宙からな、来るんだ。あ、宇宙ってわかる?」
「宇宙……?」
「俺が空から降りてきたろう。俺は空よりももっと高い場所で戦ってきたのだ。で、空より高い場所から、奴らは来る。それぞれが魔王に匹敵するような連中がこぞって、この世界を奪いにやって来るぞ」
「そのような世迷い言を……」
まあ、信用はできまい。
この辺りがさっくり伝わっていれば、グラナート帝国と魔王ヴィエーディマの確執は起こらなかったはずだ。
それと、魔王も大変口下手っぽいな。
俺も口下手で、割りと力づくで押し通ってきたから言えるが、もっと上手いことやれば国の協力をとりつけられたのではないか?
ああ、いや無理だな。
ポッと出の魔王の言葉など誰が信用するというのか。
「まあ、俺がここに残って魔王を待つ。で、奴と話してみようってわけだ」
「話が違う! ユーマ、君は正気か!? どのような志を持っていようと、魔王は我が国最大の脅威! これを倒さぬという選択肢はない! 君がどうしてもと言うなら……私は、この場で君を殺すしか無い」
ヴァレーリアが魔導剣を抜いた。
剣に嵌め込まれた石が、多彩な輝きを放つ。
「お、やる気か」
「ユーマ、喧嘩はだめよ」
リュカが心配そうに俺の服の裾を引く。
俺は彼女の肩に手をおいた。
「何、一瞬で終わる。手加減はする」
俺の言葉に激高したのは、ヴァレーリアだった。
「魔導騎士を愚弄するか!! 雷鳴よ、轟け!」
ヴァレーリアの輪郭に、電撃が走る。
轟音が響き渡り、空気を焦がす臭いがし、彼女が消えた。
俺は既に、剣を構えている。
すると、構えた先に魔導剣が叩き付けられた。
放たれる雷撃。
これを俺は、魔導剣ごと振り払い、床に落とした。
「ああああっ!!」
咆哮と共に、再びヴァレーリアの姿が消える。
気配が丸見えである。
俺は次に彼女が現れる場所に向けて、剣の腹を叩き付けた。
「ぐうっ!?」
出現したヴァレーリアが、脇腹を打ち据えられて吹き飛ばされる。
「稲妻の速さを得る魔導剣を、なぜ見切る!」
「インドラより遅いからな」
俺は体制を崩したヴァレーリアに歩み寄る。
「くうっ、石礫よ、打ち据えろ!」
ヴァレーリアの背後の壁が砕け散り、破片が弾丸となって俺に降り注ぐ。
うむ、弾丸とは笑わせる。
俺はこれらを見切り、受け流し反射する。
一部を弾き飛ばせは、それは他の弾丸を弾く。弾かれた弾がまた弾丸を弾き、石礫は霧散してしまった。
「ば、ば、馬鹿な……!」
「ヴァレーリア、器用なのはいいことだが、中途半端だな。まあ、でも戦闘力では俺がやりあった人間の中では十指に入る。弱くないぞ」
「ならば、この奥義で……!! 属性乱舞……!!」
魔導剣に埋め込まれた全ての石が輝いた。
炎が放たれ、氷が空を覆い、礫が放たれ、雷鳴が轟く。
「全部載せとは豪華だが……一つ一つを潰せば」
俺は炎を切り裂く。
氷を切り払い、礫を弾き返し、雷鳴を受け流した。
「な? こうして簡単に破れる」
「化物……!」
「ヴァレーリア。あんたは少々気が動転しているようだ。ちょっと眠っていてくれ」
俺はバルゴーンを、軽くスイングした。
魔導騎士の体が衝撃に揺れる。
彼女はゆっくりと崩れ落ちた。
「大丈夫?」
「うむ、気絶させただけ。多分、それほどしないうちに魔王が来るだろ。で、彼女も同席させよう。ヴァレーリアには悪いが、一国の命運だなんだとわいわいやってる余裕は無いんだ」
宇宙から、蓬莱帝第一総督の船みたいなものが大量にやってくる。
こいつを俺はどうにかせねばならんのだ。
俺はどっかりとその場に座り込んだ。
「まあ、のんびり待とうや」
「うん。じゃあ私、何か食べ物買ってくるね? あんまり美味しそうなの無かったけど」
リュカが外に駆け出していった。
さて……魔王が聞く耳を持っているといいが。




