熟練度カンストの到着者
昼は廃墟や大きなサボテンの影でまったりし、夜は進むという動きをしながらの一昼夜。
スラッジが逃げ延びてくる程度の距離であるから、これだけ歩けば王都に辿りつくだろうと思ったら、ドンピシャだった。
「見えて、来ました……!」
スラッジが緊張した声で言う。
「うむ、見えてる。でかいなあ」
俺はしみじみと呟いた。
俺たち一行がアウシュニヤに到着した時、尖塔がある街にやってきた。
これだけでも、アルマース帝国にある海峡の都市、ディマスタンを超えるくらいのスケールがあると思っていたのだが、王都ともなるとこれはとんでもない。
かつて上空から見下ろした、ディアマンテ帝国の帝都よりも規模が大きいだろう、これ。
見渡す限りの城壁。
あちこちに開いた門と、都からあふれ出したテントの数々。
一体、どれだけ人間が住んでいるんだ。
「明らかに門の外にたくさん住んでるんだけど、あれっていいのか?」
「ああ……違法に住み着いている民たちです。王都は多くの仕事があって、毎日莫大な富が動いています。都の外にいても、その恩恵には与ますから」
「なるほどなあ。おこぼれをもらいに来ているわけだ」
……なら、刺客が来るとして、都の外の人間には配慮しないだろうな。
俺は周囲を見回す。
殺気は感じない。
別に、俺たちが取り囲まれているというわけでは無さそうだ。
次に、頭上を見上げる。
鳥がいる。
「なあ」
「何ですかユーマ?」
「アウシュニヤには、ああいう人間の頭をした鳥って多いのか?」
「ええっ!? そ、そんな生き物はいませんよ!!」
「そうかー」
頭上の鳥は、ハーピーとかそういう類の怪物であろう。
恐らく、召喚師が呼び出した存在だ。
ということは、敵は俺たちの居場所を察知しており、包囲するまでも無いと。
だが、俺はあえて気にせず、のこのこと王都前のテント群に入っていく。
スラッジはきょろきょろしながら後をついてくる。
俺が先行するようにしたのだ。
さて、いつ仕掛けてくるか……と思ったら。
「おほほほほほほほほ!!」
凄い笑い声がした。
目の前である。
往来のど真ん中に、なんかゴージャスな格好をした女が立っている。
「見つけましたわよ、スラッジ王子! ここがあなたの墓場ですわ!!」
「わっ、なんだあれ」
「あ、あれが異国から来た召喚師です!!」
「あいつが! なるほど、良く見ると日本人だ……」
黒い髪、なんか黄色い肌、平坦な顔立ち、あんまり長くない足。
日本人である。
ということは、こいつは異世界からやって来た俺の同類。
俺たちがアウシュニヤにやって来た目的である、倒すべき敵の一人であるということになる。
敵の名は、ギルド・デスブリンガー。
かつて俺が参加していたゲームにおいて、権勢を振るっていた大規模ギルドだ。
俺を召喚した精霊女王は、尖兵としてこいつらをこの世界に呼び出し、あろうことか全員に何らかの超常能力や強力無比な武器を与えた。
そして、こいつらはゲーム感覚で世界を踏み荒らし始めたのである。
「もっとサクッとやれるかと思ったのに……。なんかずっと生き残っててむかつきますわ! ねえ、なんで死んでないんですの? どうして? あなたが生き残っていると、私は王妃になれないんですのよ!?」
「よし、やっつけてくる」
俺はけたたましく騒ぐ召喚師の女に向かって、無造作に進んでいく。
「ええい、空気を読まない奴ですわね! アスラ!」
女が叫ぶと、奴の指が黄金に輝いた。そこには指輪がある。
あれが召喚魔法の媒体か。
輝きに応じて、女を守るように紫色の肌をした巨漢が出現する。
六本の腕を持つあいつだ。
突然出現した怪物に、テント中から悲鳴があがった。
「やっておしまい!!」
「ほいさー」
俺は気だるげに答えながら、登場した阿修羅目掛けて切り込んだ。
俺の剣を受け止めようとする奴の武器を、上段からぶち割る。
衝撃で、阿修羅の巨体がたたらを踏んだ。奴が目を見開いて俺を睨みつける。
俺は踏み込みながら、さらに一撃を浴びせる。
今度は、奴が翳した槍ごと腕を二本斬り飛ばした。
おお、こいつ、この間の阿修羅より随分と強い。多人数が一人にまとまってるからだろうか。
「なっ、なんですの!? 真っ向から阿修羅を押すとか、あなた何者ですの!? デスブリンガーでは見たことが無い顔ですけれども……!?」
「うむ、俺はお前らの敵だ」
強いとは言っても、所詮は阿修羅。
俺は奴が体勢を立て直す前に、剣を袈裟懸けに叩き込む。そしてすかさず逆袈裟に切り上げ。
名づけてVの字斬りである。
阿修羅は目を見開きながら、消滅して行った。
さて、さっさと片付けてしまおう。
そう思った俺の目の前で、召喚師の女が天に手を翳している。
「ええい全力で叩き潰してやりますわよ!! おいでませ、炎の支配者! 炎の魔神! アウシュニヤの伝説よここに!! ”イフリート”!!」
すっごい早口で言った。
状況判断が早い女だ。
一瞬遅ければ、俺が首を飛ばしていただろう。
振り上げたバルゴーンは、召喚師に向けられることなく、新たな作業を遂行する事になった。
それは、頭上から降り注いできた炎の雨を防ぐ事である。
「スラッジ! 俺の背中に走って来い! いや抱きつけ!!」
「!? は、はいっ!!」
俺と一昼夜旅をしたスラッジは、反射的に俺の指示に従えるようになっている。
何せ、それが一番安全だということを、身をもって知っている。
俺の背中にスラッジに重みがかかる。
……おんぶの体勢にならなくてもいいんだぞ。
だがまあ、これくらい何の妨げにもならない。
俺は降りかかる炎の雨を払い、切り落とす。
時折俺を狙って打ち出されてくる炎の砲弾を切断。
その目の前で、女が王都に駆け戻っていく。
今追いかければ斬れるな。
だが、頭上にこいつがいるなあ。
長い二本の角を伸ばし、牛の尻尾を持った半人半獣みたいな炎の巨人。
金色の瞳が、怒りに燃えて俺を見下ろす。
召喚師が呼び出した、所謂召喚獣だ。
イフリートかー。
炎の魔神だな。最近のゲームじゃ扱いがしょぼくなってきてるが、本物ならやっぱりこれだけ存在感があるんだよな。
「テントが……! 人々が……!」
スラッジが悲鳴じみた声をあげる。
彼の言葉どおり、王都前のテント村は盛大な炎上を始めていた。
降り注ぐ炎の雨が、俺だけを集中的に狙えるわけが無い。
テントばかりではなく、運が悪い人間は火達磨になって転げまわっている。
こりゃひどい。
無差別虐殺だな。
「ユーマ、あの人たちを……!」
「うーむ、なかなか難しいな。奴らは俺の切っ先の外にいる」
俺の力は別に万能と言うわけではない。
この剣が届く範囲にのみ、力が及ぶというだけだ。
イフリートは空に浮いたまま降りてこないから、このままではなかなか攻撃を届かせる事ができない。
攻撃できないということは、奴は浮いたまま炎の雨を降らせ続けるから、俺が駆け回って一人二人救ったところで焼け石に水だろう。
何より、スラッジの安全を保証できん。
ということで、
「まあ、まったり構えようや」
「そんな暢気な!?」
別に勝算が無いわけではない。
こうして周囲が燃えきれば、イフリートは炎の雨を降らせ続けず、俺たちにとどめを刺そうとするのではないか。
そうでないとしても、邪魔なものがなくなった周囲から燃え残った廃材でも足場にして、イフリートに飛び掛ることは可能だろう。
なんなら、このままじりじり王都まで攻撃を防ぎながら突っ込んでも良い。
「そ、それはダメです! 王都の民たちまで巻き込むわけには!」
「だよな。ということで現状、こうしているより他にない。だがな、まあ、これだけ派手な事をやらかすとだ。先日のメテオストライクもそうだが、あいつらが気付かないわけが無いんだよな」
「えっ……!? それって、どういう……」
イフリートは、俺たちが反撃不能と見て、さらに炎の雨の密度を濃くする。
見た目に似合わず、陰湿な奴だ。
だが、俺の耳は、近づいてくる地響きを感じ取っていた。
何か巨大なものが、こちらに向かって突っ走ってくる。
それは、なんだ。
「殴れーっ!! アータルーッ!!」
懐かしい声が聞こえた。
少女の叫び声に応えて、背後から現れた炎の巨人が、『ま”っ!』とか叫ぶ。
いや、なんでそんな叫びなんだ。
イフリートが、ハッとして前を向いた。
その顔面に、馬鹿でかい炎の拳が叩き込まれる。
角が一本へし折れて、イフリートの顔面が歪んだ。
一拍後、炎の魔神がぶっ飛ばされる。
そいつは王都の城壁まで飛ばされると、ぶち当たってずるずると下に滑り落ちた。
あ、なんか炎の血反吐を吐いている。
いやあ、やっぱり来たな。
「ああああああああああああああ!! ユーマ様! ユーマ様! ユーマ様あああああ!」
「うむ、俺です」
俺は頭上に向かって手を振る。
そこには、イフリートを筋骨隆々とするなら、筋肉ゴリゴリのゴリマッチョな炎の巨人が佇んでいる。さらに、その肩の辺り。
炎と同じ色をする、揺らめく髪の少女が、ぴょんぴょんと飛び跳ねているではないか。
「助かったぞ、サマラ!」
「はーい! 無事で、無事で良かったー!!」
城壁の辺りで、イフリートが立ち上がる気配がする。
炎が吹き上がり、折れた角が再生した。
何やら怒りに燃える目をしながら、低く身構えたな。
「来るぞ、サマラ」
「はいっ! じゃあ仕掛けます」
「よし、俺も一緒に仕掛けよう」
炎の巨人アータルが、右腕で力瘤を作り、底に左手を当ててぐるぐると回す。
その横で、俺はスラッジを背負ったまま、廃材になったテントの柱を駆け上る。
イフリートが怒りの絶叫を上げた。
奴の全身が炎に包まれる。
そして、疾走が始まる。
自らを砲弾にした突撃である。
「アータル、カウンター!!」
「スラッジ、しっかり掴まっていろよ。振り落とされたら死ぬぞ」
「は、はいぃっ!!」
王子がぎゅっと力を入れてしがみ付いてくる。
そんな俺たちの元へ、イフリートは叫びながら角を突き立てるように襲い掛かった。
これを待ち構えていたのがアータルだ。
体勢を低くしながら、下から上へ掬い上げるように、右腕の力こぶ辺りをイフリートの喉から顔面に叩き込む。ラリアットだ。
自分の勢いも合わせて、カウンターを叩き込まれた炎の魔神が絶叫を上げながら仰け反る。
そこへ、俺は跳んだ。
炎と炎のぶつかり合いで生じる、上昇気流。
俺はバルゴーンを大剣にして足場にし、これに乗る。
ちょうど良い高さで、大剣を蹴り上げて手に握り、
「そぉいっ!!」
一回転した。
仰け反りむき出しになっていたイフリートの首が、小気味良い音を立てて飛ぶ。
「すっ……すごいっ!!」
スラッジの声が聞こえた。
着地した背後で、イフリートの巨体が地面に崩れ落ち、ゆっくりと消えていった。
俺は、サマラがアータルを消すのを待ちながら、スラッジの肩を叩いて言う。
「それじゃあ、胸を張って凱旋と行こうじゃないか」




